第四話「旅人」
マンション街へと踏み込んだ私達は、建物の影から影へと移るように身を潜めながら、北へと進む。何処に何がいるか解らないような場所だ。小さな音も逃すまいと、周囲を警戒する。この廃墟と化したマンション街を抜けた先に、北の区域と呼ばれる場所があるらしい。
「そういえば、さっきのゼンマイ。機人族だったけれど、なんで人間の執事が勝てたの?」
「あの機械人形は、元々戦闘向きではなかったのだと思います。メイド服着てましたし、恐らく接客などのサービス面の方が得意なのでしょう。武器については、整備が手抜きでしたので」
「ふーん。でも、私の反応より速く動いてたわ。それについては、どう説明するの?」
「直感ですが、ゼンマイのおかげだと思います。自力で回してましたし、後付の強化部品かと。実際は解りませんけどね」
先ほどの戦闘で浮かんだ私の疑問に、執事は目を合わせる事無く答える。私達が北へと向かうにつれて、荒れた大地は一変し、隙間という隙間から緑が生えてきて、マンション街を呑み込もうとしている。それでも、進めないほど酷く生い茂っている訳ではないのが、唯一の救いといったところか。
今度は路上に放置された大型トラックの影へと移動する前に、私がそっと建物の影から顔を出した時だ。何かが光ったと思い、咄嗟に体を戻すけれど、何かが頬を掠めていった。不思議に思って頬に手を触れると、手に血が付いていた。
「わお……」
私は久しく流さなかった自身の血に、思わず嬉しそうに感嘆をあげた。手に付いた血を、舌で舐めると不味い。自身に流れる血を見て、生きてる事を再確認でき、安堵する私がいる。傍にいた執事は私の安否を確かめてから、アスファルトに新しく出来た痕跡に近付く。何かがアスファルトを抉った周囲に、散らばった何かを拾い上げ、私に見せてきた。執事の手には、豆の殻の欠片みたいな物がある。
「なにそれ」
「実は私、一度だけ外国に行ったことあるのです。その時に、専門技術者にしか作れないという、銃と呼ばれる特殊な射撃武装を見せてもらったのですが、それの部品に似ている気がします」
「ふーん。なら、遠くから私達を狙う敵がいるというのは、間違いないという事ね?」
「そうなります」
「相手の居場所は解る?」
銃と呼ばれる武装の部品を差し出していた執事は、困った様に笑みを浮かべた。私が彼に居場所を聞くには、それなりの理由がある。
彼は、目に見えない特殊な物が見えるのだ。とある大陸では、それを気と呼ぶらしいのだけれど、私は全く理解出来ていない。執事が言うには、それを読み取って相手の動きや居場所、更には弱点部位を特定出来るらしい。
ただ、常に読み取るのは心身共に疲労するらしく、必要な時以外は意識しないように、シャットアウトしているとの事。
「それぐらいは造作もありません。ですが、相手は私達の様に二人組ですね」
「片方だけを誘い出す事はできる?」
「残りの片方を頼めるのでしたら、可能です」
「……銃の方は任せたわ」
「仰せのままに」
建物の影から飛び出して、互いに別方向へと走る。先に飛び出した執事に向かって、一撃が放たれるが当たることはなかった。その隙に私は、路上に放置された大型トラックの陰へ隠れた。遠くで一定間隔毎に響く音で、銃の方は上手く誘導出来ていると信じる。問題はもう片方なのだが、相手はこちらに気づいているだろうか?
そんな事を考えていると、どこからか足音が聞こえてくる。どうやら杞憂だったらしく、私は嬉しそうに笑みを浮かべた。頬に出来た掠り傷は、もう塞がっている。私が大型トラックの影から飛び出して、足音がした方向に視線を飛ばす。
そこには汚れた外套を羽織り、サングラスで視線を隠した、一人の青年が私を見つけた。外套からはみ出た真紅のマフラーと、クリーム色の髪が印象的だ。背は執事と同じくらいで、肩に担いだ機械仕掛けの風変わりな長剣を、両手で構えて切っ先を向けてくる。
「追っ手か?」
「私は誰かを追うような暇はないけれど、そちらから敵意を向けたのだから。覚悟はあるんでしょうね」
「なんだ、人違いか。穏便に済ませたいが、話し合いで解決は難しそうだな」
「そういう事!」
愛用のブッシュナイフを、抜剣と同時に踏み込んで斬りかかる。しかし、青年は後ろへと下がり掠る事すら叶わない。一歩引いた青年の腹部に向かって、右足の前蹴りで追い打ちを仕掛けるが、長剣の腹で防がれる。執事の真似事では役に立たないようで、特に決定打になりもしない。盾にした長剣で力任せに押し退けられて、私はたたらを踏んでしまう。どうやら、相手はそれを見逃す様な小物でもないようだ。
その隙に彼が、機械仕掛けの長剣に何かしたかと思うと、急に長剣の一部分から煙が吹き出す。数秒後には、熱を帯びたように刀身が赤くなる。私の本能が騒がしいほど警報を鳴らすが、そんな事は解りきっていた。受け止めれば、間違いなく人間は死ぬだろうと。
「手抜き出来るような、楽な相手じゃないな。悪く思うなよ」
「気持ちは嬉しいけれど、冗談きついわね!」
どういう仕掛けなのかは理解できないけれど、直撃を避けられれば好機はあるはず。生きるか死ぬかの駆け引きに息を呑む。青年が剣を振るより速く、サバイバルナイフを青年の右上腕目掛けて投げた。それと同時に、素早く後方へと下がるが間に合うだろうか。今では燃えるように赤くなった機械仕掛けの長剣が、私目掛けて振り下ろされた。