第三十五話「最後の殺戮」
兄さんは私に興味を向けず、言葉を続ける。ふらりふらりと立ち、狙いを彼の頭部に向けた。それでも、戯言の様に過去を振り返るのを止めない。
「……兄さん」
「そうだな。俺はもう、君をどうこうしようとするつもりもない。それに、この傷じゃ長生きも難しいだろう。だから、ちょっとした助言をしてあげよう」
「助言?」
その言葉に首を傾げてしまう。取り戻したかった日々の話をした影響なのか、優しい頃の兄さんになったように感じる。けれども、先ほどの声真似のように騙される可能性も充分有り得る話だ。パイルバンカーの狙いをそのままに、彼の言葉を待つ。
「なんで俺が君に拘っていたか、オールから聞いたか?」
「何も。兄さんが言うように、容姿がそっくりだからじゃないの?」
「もちろんそれもあるんだが……。君を作り出してから数年後に、クローンが作れなくなったんだ」
それは私の目的が既に達成されていた事を意味する。なんだか拍子抜けしてしまうが、どこか納得した。兄さんはこちらを見るために首を動かし、武器を向けられているにも関わらず微笑んだ。
「やるなら一思いにやってくれ。君が気を病む必要はない」
「そうですか」
どこからともなく聞こえた馴染みのある声と共に、銃声が響く。続けざまに数回の銃弾が放たれ、兄さんは血を吐きながら倒れこんで動かなくなった。
声の方へと視線を動かせば、また顔色が悪くなっている執事がファントムを背に担ぎ、彼の拳銃を持って兄さんに向けていた。
「よっ、無事で何よりだ。……にしても、前よりも腕がごつくなったな」
担がれながらも軽口を叩くファントムは、兄さんに向けていた視線を動かし、まじまじとパイルバンカーを眺めた。が、それ以上の事を追求して来ない。
「……そうね。私はもうやる事はないわ」
「ああ、そうかい。執事さんの方はどうだい?」
口を閉ざす執事に問いかければ、彼は事切れた兄さんをただ見つめ続けている。その目は濁っているようにも見えた。返事をしない彼を心配してか、先ほどよりも声を大きくする。
「執事さんよ。あんたはどうする?」
「……ええ、私もないです」
「じゃ、出口を探すとしますかねぇ。悪いが、しばらくは足になってくれよ。まだ体が言うことを聞かないんでね」
「外へ出たら診てもらいましょう」
執事は踵を返して、別の道を探し始める。私は二人の遺体に黙祷を捧げてから彼の後を追う。
虱潰しに道を進み、漸く地下から出られそうな階段を見つけた。その近くに、仰向けで倒れた死体がある。その者の表情はどこか誇らしげだ。黄金の髪の一部は血で汚れていた。私は新しい左腕を付けてくれた彼の瞼を閉ざしてから、階段を上る。
「彼もダメでしたか……」
「執事さんの知り合いかい? なんとなく似てる気がするが」
「まあ、そんなところです」
ファントムの問いに、執事は愛想笑いを浮かべる。執事の反応で何かを察したようで、彼はそれ以上追求しなかった。
一段一段ゆっくりと進みながら、私は二人に尋ねる。
「二人はこれからどうするのかしら」
ファントムは回復次第、ちゆりと共にユルトの捜索を続けると言った。なんでも「しばらく他に仕事がなくて暇なんでね」という事らしい。彼自身、ユルトの手掛りもなく終わらせる気は毛頭ないように見える。
執事はしばし考え込んだ末に「北の区域で療養しようかと考えています」と語った。あの地で世話になった三人を思い出し、顔を出しに行くか悩む。
「白狼はどうするんだ。何か決まってるのかい?」
「私は……」
質問を返されると思ってなかった私は言葉が詰まる。ファントムとちゆりの手伝いでユルト捜索に参加も出来るし、執事と共に北の区域でしばらく休む事も選べる。
考える暇をなくし、体に鞭打ってやろうかとも思った。けれども、私で彼等の手助け出来る事があるのか? 直ぐに頷けず、答えは一つだけとなる。
「私もしばらく休むわ。ユルトを探す手助けが出来るかも解らないし」
「そうかい。ちゆりには俺から伝えとくさ」
「どうも」
長かった階段も遂に終わりを告げ、無機質な扉が姿を現す。それを二人の代わりに私が開け、外へ出た。そこは駐屯地の端のようで、施設と門が遠くに見える。
朝焼けが眩しく、耐えられなかった私は左腕をかざして光を遮った。それと同時に金属音が辺りに響き、左腕に外部から加わる重圧を感じる。違和感を拭うように左腕で薙げば、ブライの指示で逃げたはずの軍人が尻餅をつく。周囲には軍人達以外にも、ゼンマイが付いた機人族が複数見えた。
「参りましたね」
「私が囮になるわ。執事はその隙に離脱して」
「しかし……」
顔が少し見えるようにして、笑って見せた。不安は他者に伝染すると、幼い頃に兄さんから教わったのだ。それが私の記憶かデータとして受け継がれたものかは解らないが。
「わかりました。すぐに戻ります」
「戻ってくる前に全部掃除してあげる」
パイルバンカーを地面に叩きつけて、引き金を引く。たったそれだけで大地は亀裂が走り、地割れを起こす。ざわめく軍人を足元をすくわれ、多少の時間なら放っておいても問題はない。その隙に執事は担いだファントムと共に離脱する。
問題は動き出した機人族だ。それらは私を狙うべく、空を飛べる者は飛び、機敏な者は跳ねた。
「私の名前はベラ! 目の前の敵が消えるまで止まらないわ! 死にたくないなら戦え!」
声に同調するように、新しい腕は機械音を鳴らす。長い休暇に入る前に、ひと仕事しようじゃないか。
空飛ぶ機人族に狙いを済まし、再度パイルバンカーを起動させる。轟音はどちらかが息絶えるまで鳴り響いた。
ご愛読ありがとうございました。次回作にご期待下さい。




