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第三話「ゼンマイ」

 日が昇れば雨も上がり、それだけの時間があれば色々な話も聞くことが出来た。一番の驚きといえば、ファントムが一般的な人間なのにも関わらず、機人族(きじんぞく)獣人族(じゅうじんぞく)という二つの種族と繋がりがあるということ。

 この国には、人間とは違う種族が二つ存在している。どこかしら機械の体を持つ機人族と、動物の遺伝子と特徴を持つ獣人族だ。一部の者を除いて、人間は他種族から嫌われ者とされる国となってしまっている。恐らく彼は例外の一人であり、なおかつ上手く立ちまわっているのだろう。

「よし、いい天気だ。俺は別行動するから、あんた達はチロについて行ってくれ」

「わかったわ。他にする事は?」

「チロがお座りした所にある、変な物を壊してほしい。それが終わったら、現地解散だ。チロも勝手に帰るからな」

「変な物……?」

 猫で壊せない物などあげたらキリがないのだが、気にしても仕方のないことだろう。ファントムは、あっという間にナッツを連れて飛び出してしまった。

 残された私達は、ゆっくりと歩き出したチロの後ろ姿を追いながら、先へと進むとしよう。チロは迷うことなく、北へと進む。老朽化した建物を通りぬけ、瓦礫の山を越えて。時にはコンクリートの隙間を無理やり通り抜けようとして、体が挟まったチロを助け出しながら。

 今は餌に飢えた野犬を追い払いながら進み続けている。気付けば朽ちたマンションに囲まれた、中規模の公園へと辿り着いた。チロは仕事が終わったとばかりにお座りを始めるので、どうやらここが目的地なのだろう。

「こんな場所に変な物なんて……?」

「ありますね。場違いの物が一つ」

「執事、確かにあれは私も場違いだとは思うわ。けれど、あれを私達で壊すの?」

「そういう事になるかと」

「ファントムは、私達で機人族の一人を壊せというのね」

 背中にゼンマイが付いている人型が、滑り台の上に直立不動している。あまりに目立ちすぎているそれは、視界に嫌でも入った。

見た目は私と同じくらいに設定されているようだ。可愛らしいメイド服で身を包み、肩まで伸ばされた金髪が風に揺れる。機械音を響かせながら、両腕を背中のゼンマイを掴んで自力で回し始めた。ゼンマイではなく、ソーラーパネルでも良いのではと私は思うのだが、実際どうなのだろう。そんなくだらない事を考えていると、執事に小突かれてしまった。そんなに顔に出ていたのか?

 ゼンマイを巻き終わったのか、滑り台から滑り降り、私達と視線が重なった。金髪を揺らしながら、嬉しそうに高音の声で喋り出す。

「オニーサン、オネーサン。遊ぼう?」

 可愛らしい笑顔とは裏腹に、両手で持つのは大きい裁ち鋏だ。私の身丈と同じくらいあると錯覚してしまうほどの大きさ。気付けばハサミが私の首元を狙っているではないか。咄嗟に後ろへと跳ねて距離を取るけど、何本かの髪が切断されてしまい、宙を舞った。

 ブッシュナイフを抜刀する私の前に、執事が現れる。背を向けたままの彼は、しばしお待ちくださいと言って走りだす。

「オニーサン、遊んでくれるの?」

「ええ、私がお相手して差し上げますよ。機械人形(オートマタ)風情が……。覚悟は出来てますね?」

「はやく、遊ぼう!」

 執事の怒気を含んだ声は、チロが私の傍に来て背に隠れてしまうほどだ。視線を戻せば、執事は左足の前蹴りでゼンマイ娘の頭部を狙う。それより速く、ゼンマイ娘は裁ち鋏を盾にして防ぐ。ギチギチと金属同士が軋み合う音が響き渡り、執事が再び左足の横蹴りを打ち込んだのは、鋏の(ネジ)の部分。

「おやおや? ちゃんと整備しないと駄目になってしまいますよ」

「オニーサン、駄目になるの?」

「いいえ、貴女が駄目になります」

 要が吹き飛び、静刃(せいば)動刃(どうば)が分離した。ゼンマイ娘は、その衝撃で静刃を手放してしまい、彼女の手元に動刃だけ残る。手放してしまった片割れの静刃は、勢い良く公園の外へと飛んで行ってしまった。手元に残った動刃を、ゼンマイ娘は不思議そうに眺める。執事は左足を下ろして、ティーポットから紅茶をカップに注いで一口飲む。

「どうしますか? お気に入りの鋏は駄目になってしまいましたよ」

「駄目なの? 服、切れないの?」

「ええ、切れません」

「やだ。切れないの、やだ!!」

 駄々をこねる様に叫ぶゼンマイ娘は、残された動刃を両手で握り、執事に斬りかかってくる。その速さは静刃がなくなった分、加速力が増していた。それでも執事は落ち着いて、最低限の動きで動刃の袈裟斬りを避けながら、反撃の一手へと繋げる。その場で左足を軸にして、後ろ回し蹴りを後頭部目掛けて打ち込む。その一撃が余りに強すぎたのか、ゼンマイ娘の頭が胴体から外れて大地に埋もれ、体の動きが止まる。

 執事はゼンマイを蹴って粉砕し、残された動刃も取り上げる辺り、徹底的な性格なのかもしれない。私としては、執事の足がどうなっているのか気になって仕方ないのだけれど、きっと答えてくれないだろう。

「終わったの?」

「いえ、まだ解りません。とりあえず頭を粉砕すれば確実かもしれません」

「そう」

 咄嗟の事とはいえ、私はゼンマイ娘の速度に追いつけないのに、執事が追いつけるという現実に悔しさを覚える。そんな私の事など露知らずに、執事は右足で埋まった頭を掘り出した。とてもゆっくりではあるが、ゼンマイ娘は口を動かす。

「……もう、無理に切らなくて、いいの?」

「誰も切っていませんよ」

「夢、だったの……?」

「ええ、そうです。だからお眠りなさい」

「おやすみなさい……」

 どこか嬉しそうな表情のまま、口を閉ざしたゼンマイ娘を確認して、頭だけを執事は公園に埋めた。私は踏み潰してやればいいのにと思う。けれど執事は決してそんな事はせず、黙祷を捧げていた。彼がどうしたいのか、私には全くわからない。

 気付けば私の背に隠れていたチロもいなくなっていた。こんな結果でも、活動停止したなら破壊扱いになるという事だろうか。

「で、どうするの?」

「このまま北へ行きましょう。偶然にも向かう場所は北の区域にあるので」

「わかったわ。こんな薄気味悪い場所に居続けても、気が滅入るだけだもの」

 北の方角にあるのは、廃墟と化したマンション街。身を隠すには最適ではあるけれど、どこから狙われるか解らないという恐怖も、ついてまわる。私は首無しゼンマイ娘に見向きもせずに、目の前の新天地へ意識を傾け、マンション街へと踏み込んだ。

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