第十七話「最終調整」
庭に着いた私と、待っていたセイランの視線がぶつかる。備え付けられたベンチに向かう執事とエリアに見送られ、近づく。彼は私が一歩踏み出したのを確認すると、手にしていた直斧刃の斧槍を肩に担ぐ。
「相手がおっさんで悪いが、手加減しなくていいぞ。全力で使わないと意味ないからな」
対峙するセイランの服装は革鎧で、斧槍を何度か振り回している。どうやら動きの阻害などの確認をしているようだ。斧槍の刃が陽光で輝き、スパイクと呼ばれる槍の部分を私に向けた。
「本来は多数対多数で使う武器なんだが、生憎これしかなくてな」
「ええ、問題ないわ」
斧槍など、扱いの難しさから精鋭しか使えないと言われる程の代物だ。それの使い手と、形はどうであれ戦える事に胸が踊る。セイランが斧槍を振り上げたのが目に入った。私は左腕の起動スイッチを一つ押しながら、後ろに跳ねる。
「義手の重さについては問題なし、と」
先ほどまでいた場所に、斧槍のフルークと言われる鉤爪が大地へとめり込んでいた。それを持ち上げる前に、私は距離を詰めてナイフで腹部を刺突する。けれども既の事で横に避けられてしまい、お返しとばかりにセイランの右足で腹部を蹴られてよろめく。
「うぐっ」
「ほら、次行くぞ」
そう言ったセイランは大地にめり込んだ斧槍を振り上げて、斧刃が私を襲う。蒸気機関を作動させていた左腕を盾にして受け止める。ほんのりと赤く染まった鋼鉄の左腕は切断されていなかった。
「ほぉ、耐久性についても問題はないか。実際試さないとやっぱり不安になるからな」
「いいもの作ってくれてありがと。御礼に一発ぶん殴らせてもらうわ!」
押したスイッチはまだ赤い。それはまだ一発目の蒸気機関が作動している証だ。左腕で斧刃を跳ね除けて、大きく振りかぶり左ストレートを浴びせた。
「腕に搭載されている分、動きが単調になるのがネックではあるか」
「……それって何で出来ているのかしら」
けれども、私の左ストレートを受け止めたのは斧槍の柄だった。それは熱で融解されることも、折れることもないとは。セイランは問いかけに、少しだけ笑みを浮かべる。
「これは大事な借り物でな。俺も詳しい材質までは解らん」
「鍛冶屋でも解らない事ってあるのね」
「なんでも知ってる人間のが怖いさ」
彼の言葉に耳を傾けながら、ちらりと一つ目のスイッチへと視線を向けると、既に鋼色に戻ってしまっていた。ほんのりと赤く染まった義手も熱を失い始めており、徐々に元の色へと戻りつつある。
そうなる前にと、私は二つ目の起動スイッチを押した。すると義手の肘辺りから蒸気が勢いよく吹き出て、左腕を前へと押し出そうとする。その勢いのまま、斧槍ごとセイランを吹き飛ばす。けれどもセイランは庭から追い出される前に、斧槍を大地に刺して勢いを殺した。
「……なるほど、耐熱グローブを用意しといた方がいいか」
「そうしてくれると助かるわ!」
彼は顎に手を当てながら、そう評価する。熱が篭った事が原因でスイッチを押せないのは確かに困る。同調した私は、義手に収納し忘れていたサバイバルナイフを鞘から引き抜いた。
溢れ出ていた蒸気も既に収まっており、二つ目の起動スイッチの色は鋼色に戻っている。
「火力としても小型なら充分だろう。調整としては問題なさそうだな」
「それなら、あとは耐熱グローブだけね」
斧槍を肩に担いだセイランが終わりを告げた。彼の戦う意志が収束していくのを確認した私は、鞘から抜いたサバイバルナイフを義手の収納スペースにしまう。
「そうだな。今使っているような指ぬきグローブじゃ駄目だ」
「鍛冶屋で作れるイメージがないのだけれど、そこはどうなのかしら?」
「簡単なことだ、オフシェに頼めばいい。あいつは俺達より手先が器用だぞ」
革鎧もオフシェの手製だと、セイランは自慢する。そばに寄って見れば、縫い目がとても細かい。帰ったらやる事が増えてしまった。蹴られた腹部への痛みが落ち着いたら、行かなければ。私がベンチへと視線を移すと、執事と目が合う。いつの間に準備したのだろうか、彼はオフシェの化合弓と荷物を見えるように体を動かす。
「おや、もう行くのかい?」
「調整は無事終わったようですし、彼女が望んでいる事ですので」
「やれやれ。そういうところは相変わらずだね。ま、気をつけるんだよ」
執事の動きに気付いたエリアが、苦虫を噛み潰したような表情に変化させながら彼に問う。彼はそれに苦笑いを浮かべながらも、気持ちは変わらないようで私に合わせてくれるようだ。堅い意志に対して、エリアは虫を追い払うように手を払いはじめた。
「そういや、しばらくはオフシェの家に長居するのか?」
セイランの言葉に視線を戻すと、彼は真剣な表情で私を見下ろしている。それに私は否定の言葉で返す。立ち止まっていたら、会える人にも会えなくなってしまうから。
「やる事を終えたら直ぐに発つわ。国を一周したら都心部に向かうつもりよ」
「そうか、俺は別に止めはしない。だが、今ある平穏を投げ捨ててでも、危険に飛び込むの理由があるのか?」
この北の区域は野生の獣を除けば、とても平穏な土地であるには違いないだろう。短い間であったが、それだけは私も太鼓判を押せる。けれども、私が生きる理由は平穏ではない。
「探したい人がいるの。だから私は、ぬるま湯に溺れ続ける訳にはいかない」
「ほぉ……。人探しが終わったら、また来てくれ」
「いつになるか解らないけど、約束するわ」
「おう、気をつけてな」
セイランが右手で握り拳を作って突き出す。私もそれを真似て、拳同士を軽くぶつける。この国に古くから伝わる、友との約束を叶える為にする『おまじない』みたいな物だ。
「またね。行くわよ、執事」
「格好良く去るのはいいですが、忘れ物とかはしてませんか?」
「してないわ。第一、持ち物なんて最低限の物しかないわ」
「それもそうですね」
こちらに近付いてきた執事と言葉を交わしながら、鍛冶屋に背を向けた。後ろから見送る親子に軽く手を振って、来た道を戻る。道は戻れど、往くべき道は前へ進んでいると確信して。