第十四話「食の戦」
セイランとエリアが平屋に戻ってきて、私を見るなり駆け寄ってきた。エリアは何を思ったのか、工具片手に執事の名を呼びながら、出て行ってしまった。セイランは困った表情を見せ、ポケットから花柄のハンカチを私に差し出す。
「泣いてた理由は聞かないが、たまにはゆっくりしとけ」
「……どうも」
私はハンカチを鋼鉄の左腕で受け取ると、何故かセイランが義手を凝視するではないか。私は首を傾げ、理由を問う。すると彼は、表情を変える事なく口を開く。
「普通だったら慣れるまで時間がかかるもんだからな……。ちょっと驚いただけだ」
「ふーん。なら私は相性がよかったのかしら」
「そう思っていいだろう。だが、オフシェの弓の整備と強化部品が完成するまでは滞在してくれよ?」
ここにはエリアとセイランしかいないから、配達は業務外らしい。娘に対して喧嘩腰でも、やはり親としては心配で大事といったところか。こちらがそれを指摘すれば、声を大にしまはなしてそんなんじゃないと反論されてしまった。
どうやらその声は室外まで届いていたらしい。平屋の扉が勢いよく開き、そちらを見れば飛び出したはずのエリアが鬼の形相でセイランを睨んでいたのだ。ただ、茶色い作業服の上に水色のエプロンを身につけ、工具の代わりにお玉を持っているのは、中々ある。
「親父! うるさい!」
「ああ? そんな大きい声だしてないだろ。急に飛び出してどうしたってんだ」
「外にいても騒がしかったんだけど。ま、別にいいや。夕飯の準備手伝ってよ」
セイランが平屋に取り付けられている窓へと視線へ動かす。私もそれにつられて窓を見れば、日没が近づいているのがわかる。
「もう日没か……眠り姫も起きたし、美味いもん食わんとだな」
「格好良く言うのはいいけど、作るのはあたしと執事なんだけど?」
凛々しい表情のセイランに対して容赦なく指摘するエリア。どうやら調理面の主役はエリアと執事のようだ。セイランは両手をあげて降参のポーズを取って、素直に悪かったと謝罪する。名匠と呼ばれる男でも腹の虫には敵わないらしい。
「あ、しろさんは待ってて。親父だけ」
「はいはい。いってらっしゃい」
エリアはセイランの作業服の襟を掴み、片腕一本で平屋から引っ張りだしていった。大男が、私と同年代の女性に片手で連れてかれる様は滑稽で、口元がにやけてしまって苦労してしまう。
数分後、ようやく落ち着いた私はベッドからテーブルへと足を運ぶ。椅子に腰掛けようとするタイミングで、三人が食事を持って戻ってくる。執事はエプロンを燕尾服の上からつけており、どう見ても似合わない。
「執事、それ……」
「知ってます。言わなくて結構です」
「わ、わかったわ」
テーブルに置かれたのは、野菜のサラダにオニオンスープ。そして、皿に盛られた白米に茶色い液体がかけられた料理。どうやら液体には人参や玉ねぎ、じゃがいも。そして何かの肉。どれも食べやすい大きさにカットされており、液体からは食欲がそそられるような匂いが私の鼻へと届く。
「おや、カレーは始めてかい? 匂いで分かると思うけれども、美味しいよ」
「カレーっていうのね……」
「あたしも詳しくは知らないけど、元々は旅の商人が作っていた料理なんだってさ」
エリアの軽い説明に私は納得した。外国の料理とは無縁の暮らしをしていたのだから、知ってるはずがない。全員が食卓に囲い、各自食事を取り始めた。どうやら『カレー』という料理は、スプーンを使って食べるらしい。
私もそれに見習ってスプーンを手にして『カレー』へと挑む。茶色い液体はとろみがかっていて、まるでシチューのようだ。空きっ腹には強烈な、香ばしい匂いに我慢できなかった私は、一口分ぱくりと口に運ぶ。
その時、私の口の中で革命が起きた。一口食べて感じたのは、辛さ。私が苦手な味なのだけれど、何故かこの『カレー』が相手だとそんな事も忘れてしまう。辛さ以上に、今まで食べた時のない味が口の中を支配したのだ。
いつの間に仕込んだのだろうかと聞きたくなるくらい、野菜はしっかりと煮こまれていて味が染み込んでいる。肉は薄く切られてはいるが、脂身が少なくて食べやすい。
香ばしい香りが後押ししているのもあるのか、スプーンを持つ手が止まる事をしらない。空きっ腹が原因だとしても、これは異常だ。
「美味しい」
「一応、多めには作っておきましたので。おかわりしても大丈夫ですよ」
「……やるじゃない」
今回だけは、執事の備えを褒めるしかない。私は綺麗に食べ終えて、おかわりを執事に頼むと同時に、エリアとセイランもカレーのおかわりをする。どうやらこの食卓には、強敵が二人いるようだ。
「食ったもん勝ちなのは、解ってるよな?」
「もちろん」
セイランの売り文句に、私は即答する。空腹というスパイスを持つ私は、負ける気がしない。