第十二話「義手」
私の誓った黙秘権が、エリアの言葉によって撤回する事になろうとは、予想だにしなかった。彼女の発言は、まるで落雷が頭上に落ちてきたような衝撃を与えてくる。
エリアが紅茶の代わりに冷えた麦茶を用意してくれて、丸型ダイニングテーブルを挟んで向き合うように、互いに椅子へ腰掛けた時だ。
「話が変わるんだけど、しろさんと執事って似てるよね。執事の妹とか?」
「……どの辺りが似てると思ったのよ」
麦茶が入った容器を取ろうとした私の手が、無意識に止まってしまう。それには気付かなかったようで、エリアの視線は真っ直ぐ私を、まじまじと見ている。私の顔が執事に似ているのだろうか?
「うん、目が似てる。あと雰囲気も」
「目が似てると言われても、私にはわからないわ。雰囲気とか、一緒に行動してたからじゃない?」
「そういうもんなのかなぁ。あ、そうそう。義手の事でちょっと話があるんだけど」
胡散臭い笑みが印象的な男に似てると言われても、全く嬉しくない。そんな事よりも、義手の話が気になってしまう。一口だけ麦茶を飲んで喉の渇きを癒やして、エリアに続きを促す。咳払いした彼女は、収納棚から紙とペンを取って来て戻ってきた。
「うちの工房で作る義手は他と違うんだけど、執事から何か聞いてるかい?」
「いいえ、腕利きの鍛冶屋がいるって事しか知らないわ」
「まともな説明もしてないじゃないか……。ざっくり言うと、戦闘能力を追加。戦いでも充分耐えうる性能を約束するよ」
エリアは椅子に腰掛け、テーブルに置いた紙に何かを書く。それを私に見せると、いくつかの単語が綺麗に書かれている。恐らく武装できる武器の種類だろうか。私は彼女に視線を戻す。
「それがうちで扱ってる、義手に付けれる武装のジャンルだよ」
「色々あるのね。武器収納、武器、特殊……? この特殊というのは何かしら」
「外国にある蒸気ってわかるかな?」
「嫌ってほど知っているわ」
「それなら話が早い。外国は蒸気機関が発達していてね、小型でも優秀な物があるんだ。外付けだけど強化部品として提供出来るよ」
「へぇ……」
「素材だけなら友人のツテで入手した物が二つあるのさ。しろさんは運がいいねぇ」
義手に掛かる負担が大きくて、小型だから使っても二十四時間で三回が限度だ、と付け足してくるエリア。それでも、三回は使えるのだ。
旅人のユルトが使っていた機械仕掛けの長剣に及ぶかは解らないが、それに近い力が得られる。強さを求める私が、選ばないわけがない。
「その特殊な外付けと、武器収納は併用できるの?」
「出来るけど、それ相応のブツが必要だね。素材に使えそうなのがあると助かるよ」
身を乗り出して私に顔を近づけるエリア。私は何かあったかと思い出そうとすると、平屋の扉が開かれる。私達がそちらへと視線を移せば、工房にいたエリアの親父と執事の二人組だった。
「エリア。お客さんに失礼な事してないだろうな」
「してないよー。ただ、義手について話してただけさ。全く、親父は美人に弱いんだから」
「勝手に言ってろ。……どっこいしょ」
「じじ臭いなぁ、もう」
「はいはい。それじゃ、本題に移ろうか」
エリアの親父と執事が余っている椅子に座る。じじ臭い発言をする親父に悪態を吐くエリアだが、軽くあしらわれてしまう。歯軋りする娘を無視したエリアの親父が、私に軽く挨拶をする。
「俺はセイラン。この工房『鉄紺』の主人で、エリアの父親だ。執事から話は聞いたが、義手が欲しいんだって?」
「私は白狼と呼ばれているわ。ええ、流石に片手じゃ不便なの」
「作る分には構わんが、それなりの対価がいるぞ」
その発言に介入してくるのは執事。紅茶を一口飲んでから、背中から剣を取り出してセイランに手渡す。それは草原の夜に対峙した月猪の首を取ってみせた、原形からかけ離れてしまった機械仕掛けの長剣。セイランは凝視するように受け取った剣から目を離さず、歯軋りしていたエリアも真剣な表情でじろじろと見る。
「この剣を素材にして構いませんので。義手を作ってくれませんか?」
「剣の状態を見た限りじゃ色々あったみたいだが……。俺たち鍛冶屋には御馳走そのものだ! 素材だけならまだしも、外国の武器なんて滅多に拝めるもんじゃないからな。勉強させてもらうぜ」
「それでは、作って頂けるんでしょうか?」
「いや、こいつの状態が不安だな。こっちでも用意はするが、質のいい鉄がもう少しあれば」
困った様子のセイランに、私は鞘に収めたままのブッシュナイフをテーブルに置いた。それを鞘から少し抜いて確かめるエリア。唇が徐々に弧を描いていく辺り、満足のいく代物だったのだろう。
あとは任せろと言わんばかりに、剣を抱えた二人が平屋から飛び出す。それを見送った私に、執事が声をかけてきた。
「よかったのですか? 大事な物だと言っていた記憶があるのですが」
「いいのよ。時には犠牲も必要だから。それより、工房で何を話していたの?」
「いえ、ただの昔話ですよ」
執事に問いかければ笑って躱されてしまう。自前の紅茶を一口飲む姿に、私はどうしても気になる。紅茶に何を仕込んでいるのか。我慢しきれない私はつい問いかけてしまった。
「ふーん。その紅茶には何が入っているのかしら」
「……一つだけ嘘をついてました」
「なによ」
「オフシェ宅でハーブティーに入れ替えました」
悪戯がばれてしまった子供の様に言い出す執事に、殴り飛ばしたくなるけれど我慢する。今の私ではきっと受け流されるだろうし、やるなら義手をつけてからでも遅くはないはずだ。何気ない事を考えていると、エリアが大慌てで戻ってきた。
「聞き忘れたけど、接続部品どうするんだい。今のうちにつけとく?」
「接続部品って何かしら」
私の問いに待ってましたと言わんばかりに、エリアが不敵に笑う。それにどこか嫌な予感がしてしまうのは私だけなのだろうか。執事が視線を逸らして紅茶を飲むのに専念している気がする。
「そのまま付けてもいいんだけど、やっぱり戦闘を考慮するなら安定してる方がいい気がしてね。そういう部品を追加して向上させようかと」
「そうね。可能なら安定してる方が助かるわ」
「よし、決定! それじゃ先に接続部品だけ付けようか!」
にっこりと笑みを浮かべる彼女は、いつの間にか私の横に立ち回る。私がそちらに顔を動かすよりも速く、頭部に衝撃が走った。
意識が飛ぶ前に気合でエリアを睨むと、申し訳なさそうな顔をしながら彼女の口が動く。死ぬほど痛いから少し眠ってくれ、と。