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第十一話「鍛冶屋」

 私達が鍛冶屋に辿り着く頃には、日が昇っていた。後ろを振り返れば、新手の獣達が追いかけて来る様子はない。

「んんー、なんだい? こんな朝早くから……」

 声をかけられ、そちらを見れば私と同年代くらいの女性が茶色い作業着で身を包んでおり、ひと目で従業員だと判断出来た。バケツに雑巾を持っている辺り、掃除の途中だったのだろう。私が口を開く前に、執事が横から化合弓を奪って笑みを浮かべる。

「オフシェの、化合弓のメンテナンスお願いできますか?」

「あんたは……」

「エリア、久しくて忘れてしまいましたか」

「相変わらず胡散臭い笑みを浮かべるね。執事は」

 執事の笑みに対して胡散臭いと評価する、エリアと呼ばれた少女が執事を鼻で笑う。どうやらそれなりに付き合いがあったらしく、顔なじみのようだ。そんな彼女の視線はオフシェの弓に注がれており、鋭い視線は真剣そのものである。

「あー、これ解体(バラ)してみないと駄目かも。数日預かってもいいかい?」

「直るのでしたら構いませんよ。それと、義手製造と接続の依頼をしたいのですが」

「そっちが本題ってわけかい。ああ、この子の?」

 私の方をちらりと見る。海のように深い青に染まった髪を、ハーフアップシニヨンでまとめており、作業着でも女性らしさを残していた。彼女はバケツと雑巾を置いて手を差し出してきた。

「あたしはエリア。名匠セイランの一人娘さ」

「名匠の、ねぇ。私は……周りから白狼と呼ばれているわ」

「じゃ、しろさんって呼ばせてもらうよ。話の続きは中でしようか」

 握り返した私に満足したのか、手放さずにそのまま引っ張り始める。執事は助ける素振りも見せずに、ついてくるだけであった。私の前に出ると言ったのは誰だったろうか、などと思いつつも口には出さない。それを言ってしまったら、何故か笑われる気がして。


 エリアに連れて来られた場所は工房。そこには、エリアと同じ作業着姿の大男がいた。作業着の袖をまくっており、肌を覗かせる腕は筋肉質で、日に焼けたであろう褐色の肌が汗で眩しい。サマーショートはくすんだ青色にそまっている。

こちらに振り返ることのない大男の背中は、邪魔するなと背中で語っているようにも感じる。

「親父」

「ああ? 工房じゃ親方って呼べと言ってるだろ! 何度言えば気が済むと思ってんだ、おい?」

「お客さん、連れてきたよ」

 客という単語を聞いた瞬間、体を強張らせた彼はゆっくりと振り返った。さっきの怒声はどこへ行ったのか、最大限の笑顔と言わんばかりの表情をした大男がいた。備品を掃除していたのか、真っ黒になった雑巾を持っている。一度だけ咳払いして、大男は会釈をした。

「これはこれは……若いお嬢さんが暑苦しい場所に来なくても、こちらから向かいましたのに。我が工房『鉄紺(てつこん)』へ、よく来なさった。本日は、どの様なご用件でしょうかい?」

 顔をあげた大男が、私の傍にいる人間が執事だと気付くと、目を見開いて声をあげる。まるで死んだ人間に再会したかのような。そんな表情が楽しくて仕方ないのか、私の手を未だに握っているエリアは、とうとう笑いを堪えきれずに吹き出す。

「お、おめぇ……執事じゃないか! にしてもなんだ、その髪は? 切りたくないと言って伸ばしてたのに、結局切ったんか。あいつに似すぎてびっくりしちまったぞ」

「ははは……ひぃー。親父、さっきの顔、最っ高に面白い!」

「うるせぇ! お客さんを工房に呼びやがって。白い平屋に通しとけ!」

「はいはーい、そうしますよ。人が気を聞かせて、執事に顔合わせてやったってのに。ほら、二人共いくよ」

 叱られて面白くなさそうにするエリアに続く私達。それにしても執事が髪を伸ばしていたなんて、中々見応えがありそうだ。勝手に想像して楽しんでいると、エリアの親父が急に呼び止める。

「おい、執事。ちょっと話があるから残れ。なぁに、大した事じゃないさ。そっちの二人は先に行ってくれ」

「私ですか? 解りました。……そういう訳ですので、また後程」

 執事は再会の言葉を口にして、工房の扉を閉めて私達を追い出す。もう少し優しく出来ないのだろうか彼は。やれやれと息を吐き、エリアに居間まで連れて行ってもらうことにしよう。

「それじゃ、先に行きましょ」

「しろさんは気にならないのかい?」

「気にしすぎてたら、髪抜けるわ」

「いやいやいや、しろさんが楽観的なんだと思うよ……。ああ、平屋はこっち」

 勝手に落胆する彼女に首を傾げながらも、役目は果たす辺りはしっかり者らしい。一度外に出て、ぐるりと周り込むと二軒の平屋があり、ペンキで白塗りされた平屋へと案内された。

 白い外装と同様で、中も白を基調とされており、どこか清潔感を感じる。

「こっちの白い平屋が、お客さんがお泊りする為の場所なんだ。狭いのは我慢しておくれ」

「へぇ、色々工夫してるのね」

「ははは、親父がそういうの気にしてるみたいでさ。あ、紅茶でも飲むかい?」

「見飽きてるから遠慮しとくわ……」

「違いない」

 原因を理解したのか、エリアは必死に吹き出さないようにする。ざっと平屋の中を見て歩いて気付いたのは、リビングダイニングキッチンに個室が一つ。今までの生活を思えば充分すぎるほどだ。

 今更ではあるのだが、執事と同じ屋根の下で寝たくないという感情が芽生える。今までは仕方なく妥協していたけれど、今回は勝手が違う……と思いたい。

 一人で頭を抱えていると、何故かエリアが気味の悪い笑みをうかべたまま、どうしたのとしつこく聞いてくる。男性陣が工房から平屋にやって来るまで、視線を合わせないまま、黙秘権を行使する事を誓った。

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