コーラ味の幻想
コンビニで買った缶ビールとコーラとパスタを二つ、それから安物のコンドームを入れたビニール袋を提げながら古びたアパートの階段を一段一段踏み締める。
手すりのない階段。冬に雪が降って太陽の僅かな光で溶け、その水が夜の空気に触れて凍ったら滑ってしまいそうだ。
合鍵を使ってドアを開けると頭を濡らした妹がベッドに腰掛けていた。俺を見て「こんばんはー」とへらりと笑う。
上半身は裸で首にタオルを掛けている事から風呂に入っていたと推測出来た。ぽたぽた金髪から垂れた水がカーペットの床に落下して黒い痕を残す。きっとこのまま寝るつもりだったのだろう。
俺はビニール袋をテーブルの上に置いて、首に掛かった少ししか濡れていないタオルを奪った。
「風邪を引くぞ」
「い、痛い! 痛いよ馬鹿兄貴!」
いい大人が自己管理を怠ろうとした罰だと言わんばかりに、乱暴な手付きでタオルで髪を乾かす俺に妹の悲鳴を上げる。本気で痛そうだった。
「夕飯は食べたのか」
「いてて……まだ。今日帰ってくるの遅くて飯作る気もしなかったからカップ麺でもいいかなぁって」
「カップ麺よりはマシだろう」
「あっ、ミートソース!」
まだお子様味覚が抜け切っていない妹にはシンプルなミートソースでちょうどいい。何とか肉と何とかスープのパスタなんて限定商品はあまり好まないようで、俺の分を見て変な顔をしていた。
それでほんの少しだけ食べたくなって一口もらって変な味だとけらけら笑って、またミートソースにがっつくのだ。食べ終わってバラエティー番組を見ながらコーラを飲む妹の口角にはソースが付いていた。
「おい」
「んー?」
「付いているぞ」
「あ、ああ……ありがと」
指の腹でソースを拭ってペロリと舐める。トマトと肉とコーラの味がした。最後の一つは余計だったが、悪くない。突然の事に驚いている妹の唇はコーラの甘みしかしないだろう。
「あ、あのさパスタと飲み物以外買って来なかったの?」
「ああ、それだけだ」
「ポテチ……」
「太るぞ」
然り気無く飲食物に紛れていた避妊具。今は俺の財布の中に入っていた。この後、街で女性を引っ掻けて寝るためのものではない。どうして買ったのか自分でも覚えていない。妹と寝たかったのだろう、きっと。
倫理観だとかそういうくだらないものを全て、何もかも壊して目の前にいる俺だけを見てくれるようにしたかったのだ。そうして俺を血の繋がった兄ではなく、一人の女に欲情する男として。
何度も何度もこの部屋を訪れる度にコンドームを買って使わずに持ち帰る。それをどれだけ俺は繰り返したのだろう。自室の机の上で山のようになっている避妊具の量を思い出して吐き気がした。
あらすじの部分は妹の心。
そういうこと。