静かな雨上がり - shota-
雨音に支配された社会準備室の中で、和人から聞いた話しには俺の知らない友紀奈がいた。
「ごめんな、翔太。俺、本当はずっと前から知ってたんだ。…種田がクラスで浮いてるってこと」
和人は始めにそう言うと、深く息を吸ってから続けた。
友紀奈がクラスでいつも独りだったこと。
女子からは陰口を言われていること。
振られた男達は、手のひらを返したように冷たくあたっていたこと。
声をかけた和人に、絶対に俺には言わないようにとお願いしたこと。
何で言ってくれなかったんだよ。
何で気づかなかったんだよ。
話しを聞いている間、孤独な友紀奈の姿を思い浮かべながら、心の中でそう叫んだ。息が詰まるほど悲しくて、握った拳が震えるほどムカついた。
放課後、一番に友紀奈に会いに行こう。そして、ちゃんと話しをしよう。
ーーそう思っていたのに。俺はただ、謝ることしかできなかった。
こみ上げてくるものを必死でこらえる。辛いのは俺じゃない。そう何度も強く言い聞かせながらも、情けない自分に眉を寄せた。こんな俺を、友紀奈はどう思っているんだろう。そう考えると、怖かった。この世界に、俺の味方がひとりもいなくなったような気がした。こらえきれぬ熱いものが溢れ出そうとした瞬間、傘を持つ右手にひんやりとした感触がした。
「好きだよ、翔太」
つぶやくように、しかしはっきりと。
俺の耳に響く。
友紀奈の顔を見ると、声にならなかったものに応えるように、ゆっくりと首を縦に振った。
「陰口なんて、ちっとも辛いと思わなかった。周りの人にどれだけ冷たくされたって…私には翔太がいたから。だから、翔太がいなくなるのが怖かった。幼馴染みとしてしか隣にいられないのに…。そう、分かってたのに」
凛とした声が、だんだんとか細くなっていく。いつも綺麗に澄んでいるその瞳には、大粒の涙が溢れていた。
「ずっと、ずっと言わないって決めてたのに。ごめんね。ごめんね、翔太」
ーー俺は、なんて馬鹿なんだろう。
守りたいものもちゃんと守れず、こんなに傷つけて、苦しめて。気づかなかったなんて言い訳して。
本当はずっと自分の気持ちにも、友紀奈の気持ちにも、気づかないふりしていただけだった。友紀奈の優しさに甘えてたんだ。
泣きじゃくる小さな肩を、強く、強く抱き寄せた。傘が地面へと転がり、二人の頭上を冷たい雨が降りかかる。
「ありがとう、友紀奈。ずっと隣にいてくれて。ずっと…ずっと、想っててくれて」
いまだ震える肩は、あまりにも脆くて、壊れそうで。俺はそっと力を弱めながら、友紀奈が雨に濡れないように包み込むようにして抱きしめる。
いつからか、ずっと胸の中にあった小さなくすぐったい、温かいものが、破裂しそうなほど大きくなっているのがわかる。
いまさら言ったって嘘くさいかもしれない。信じられないかもしれない。だけど、やっと分かった。自分の、本当の気持ちが。
「好きだ」
腕の中で震えるように泣いている友紀奈に、ちゃんと聞こえるよう、耳元ではっきりとそう言った。言葉にした瞬間、それは確かに形となって俺の胸のど真ん中に居座った。
「う…そ」
「本当に」
「…本当に?」
「本当に」
「…小沢さんは?」
「友紀奈が好きだ」
俺の腕の中で、友紀奈が弱々しく笑った気がする。
「馬鹿」
次に二人が目を合わせたときには、いつの間にか雨は上がっていた。