雨中の告白 - yukina -
「おやすみ」
低い、優しい声が、一晩中胸を締め付けた。
帰りのHR中、私は先生の話しを聞かずにずっと窓の外を眺めていた。今日はもう、止まないだろう。天気予報では半分の確立だったが、確信にも似た思いが私の胸を支配していた。号令に合わせて立ち上がり、浅く礼をする。みんな、さようならの挨拶もそこそこに、思い思いの部活へと向かいはじた。騒がしさから一変、気づいたときにはクラスに女子は私だけ。いつもとは違う場所のように思えるほど、教室は静まり返り、窓を打つ雨の音のみが静かに広がっている。
翔太のクラスへいこうかな。
どうせ翔太は準備もしてないだろうから、急ぐこともないんだけど。言い訳するように、心の中でそうつぶやきながらドアの方へと歩くと。
そこには、これから会いにいこうとしていた人物がいた。
なんでそこにいるの。
なんでそんな顔をしているの。
なんで黙っているの。
瞬時に頭を駆け巡る言葉は、いくらでもあった。でも、こんな空気だけでも翔太のことなら分かってしまう。少し痛む胸の内に気づかぬふりをして、
「翔太、帰ろう」
そう言って少し笑った。
翔太は歩き出す私の隣に黙って肩を並べ、ゆっくりと歩きはじめた。表情は依然として変わらず。怒っているようにも、泣いているようにも見える。違う人なら気まずいことこの上ない状況だが、二人で並んでいるのはやっぱり心地良かった。
しばらく、お互い空気のようにして歩いていると、翔太がぴたりと足を止めた。少し距離を開けてから私も歩みを止める。
「少し、話さないか」
雨の音に負けじと、いつもよりすこし大きな声でそう言って、隣にある砂場とベンチしかない小さな公園を指差した。否定も肯定もせずに黙って公園の方へと歩き出すと、翔太もまた、それに習って歩きはじめた。
雨の公園は、驚くほど静かだった。ベンチには水たまりができていて座れそうにもなかったが、翔太は大きなタオルを二枚、ベンチにたたんで敷くと、先に座って私の方をすこし見上げた。
「ありがとう」
すぐ隣に腰を下ろそうとすると、黙って私の傘をとって、すこし持ってて、と自分の傘を渡した。薄い緑の傘を閉じてベンチに立てかけると、ありがとう、と言って紺の傘を受け取り、二人の間に持ち替えた。
やっぱりずるい。これ以上惚れさせて、どうするつもり?
傘にあたる雨粒の心地よい音に耳をすませながら、またも訪れる沈黙に目をつぶった。
公園……なんて、いつ以来だろうか。小さい頃、翔太の隣で揺れる方向を合わせようと、懸命にブランコ漕いでいた自分をふと思いだした。あの頃の必死さを、恥ずかしくも眩しくも思う。
私は、いつから必死で漕ぐことをやめてしまったんだろう。あの頃は、ただただ毎日が楽しくて。私は、翔太以外何も瞳に映っていなかった。好き。これ以外の、何も持ち合わせてはいなかったのに。
「ごめん」
沈黙の中に、優しい雨粒がゆっくりと落ちた。
「友紀奈のこと…全部わかってるつもりだった。あの日から、ちゃんと守ってやろうって決めたのに……それなのに、俺」
うつむく翔太の顔は、覗き込まないとわからない。でもきっと、私が好きな笑顔はない。
傘を持つ手にそっと重ねると、その手はいつかのように温かかった。
謝らないで、翔太。
声に出さずに、そっとつぶやく。小雨より優しく、翔太の心の中へしみていくように。
中学二年の夏。ドアを閉める一瞬の隙をつかれて、後ろから口を塞ぐようにして玄関に押入れられ、私はあわや男に襲われかけた。幸い、そのあとすぐに隣の家の人が回覧板を回しに来たため何事もなかったのだが、その日のことはあっという間に学校でも広がった。
それから、なんとなく人間関係がうまくいかなくなり、私はだんだんと孤立していった。もともと愛想のよくない私は、女子からも嫌われることが多く、翔太と並んでいるところを指さされては、男好きと笑われた。
一人でいることを辛いと感じたことはなかったが、修学旅行などのグループ決めはいつも窮屈な思いをしていた。学校なんていきたくない。毎日そう思いながら登校していた。
それでも、翔太が隣にいたから。私は弱音を吐くことも、無様に泣き崩れることもせず、こうして平然としていられた。翔太がいたから、私はーー
「好きだよ、翔太」