揺れる短冊 - shota -
「まーた見てる」
友紀奈の声がはっと、俺の意識を連れ戻す。
「見て…ねぇよ」
歯切れの悪いことを口にしつつも、顔の向きを真逆に変えた。指摘されるまで気づきもしなかったが、どうやら俺はまた彼女のことを見ていたらしい。バックに詰め込むものをぶつぶつとつぶやきながら、少し火照った顔を誤魔化すようにうつむく。だが、教科書類はほとんどロッカーに詰め込んでいるため、たいした量もなく、俺は早々と席を立った。
指摘した本人は、興味なさげに相槌を打ちながら窓から身を乗り出している。
「落ちんぞ」
「落ちない」
「落とすぞ」
「……る」
何て言ったんだ?
歩み寄りながらその小さな肩へと手を伸ばすと、友紀奈はくるりと振り返り
「祥太、帰ろう」
そう、いつもの無表情な顔で言った。
俺と友紀奈は幼馴染みだ。
高校に入学してから、変な詮索をしてくるやつにそう何度も言ってきた。騒がれるような容姿をしているあいつのことだから、予想していなくはなかったが、何度も聞かれると流石に鬱陶しい。だいたい、幼馴染みだから発展があるのか期待してるかは知らないが、いったらただの腐れ縁。そんな関係になるのは、もうあり得ないと断言できる。食べ物で例えるなら賞味期限切れだ。
でも学校はずっと一緒なんだろう?
と言い返してきたやつは少なくない。が、そんなもの返答するに容易い。親同士仲が良く、家が隣同士のため、小・中は当然ながら一緒。面倒臭がりな俺らが、家から徒歩十分で着くこの高校を選択することは、ある意味必然的。そう、そこにドラマチックなことは何も存在しないのだ。もちろん、なんの相談もしなくとも、お互いそんなのもお見通しだ。
まぁそれだけ長い間いるだけあって、いくら無表情でも、友紀奈のことは手に取るようにわかる。馴染んだ空気感は、偽ることなく俺の目に写る。それは多分、友紀奈も同じで…。あいつは俺よりも先に気づいた。
初めて知る、なんとも歯がゆい感覚。世間一般でいうかなり遅めの初恋を、俺は高校に入学して二ヶ月ほどたったころに、自覚することになる。
友紀奈は、馬鹿にすることもからかうこともせず、頑張れ。ただそう言ってくれた。友紀奈みたいなやつが幼馴染みにいる俺は、きっと恵まれてるんだろう。…なんて、本人には絶対にいってやらないが。
「あ、そういえば」
友紀奈が突然、立ち止まった。目線の先には、商店街の入り口に折り紙の飾りをたくさんつけた笹が揺れている。
「明日…七夕だもんね」
ふらっと方向を変えて、歩く友紀奈を追う。笹の前にある机には、短冊がたくさん入った箱に、七色のペンが置かれていた。
「祥太、書こうよ」
友紀奈が短冊を一枚、俺の前へと突き出してきた。受け取った薄水色の紙は、思ったよりしっかりとしている。
「小沢さんと結ばれますようにー、とかさ」
「馬鹿、恥ずかしくて書けるか」
二人並んで書くのはいつ以来だろうか。ふと横をみると、さらりと落ちる黒髪をそっと耳にかける友紀奈の横顔が近くにあった。なんとなくじっと見つめていると、気づいた友紀奈からデコピンをお見舞いされた。
「何見惚れてんの」
「冗談」
「なんならもういっちょいく?」
構えられたデコピンに、慌てて手のひらで拒否反応を示す。しばらく無言の睨みあいが続いたが、ふっとその右手を降ろすと、再びこぼれる髪を耳に掛け直して友紀奈は短冊に目を移した。
そういえば…俺は何を書こうか。改めて考えてみると、何も思いつかない。横目で友紀奈の短冊をみると、綺麗な字で『七月七日が晴れますように』と書かれている。
「そういうのってさ、自分の願い事書くもんじゃねぇの」
「見たな、変態」
「変態言うな。別に見たっていいだろ。どうせ飾るんだから」
「…祥太はなんて書いたの?」
「まだなんも」
「…あっそ」
握ったペンの先で、コンコンと机を小突く。
意外…だったな。友紀奈のことだからどうせ、良い事がありますように。とか、一年間元気で過ごせますように。とか、そんな無難なものを書くんだろうと思っていた。なのに、実際は全然違くて…。予想がはずれただけだというのに、なんだかすごく寂しいような…泣きたくなるような…。なんとも言えないものが、喉の奥に突き上げた。
「祥太、これ上の方につけてよ」
無言で受け取ったそれを注文通り上の方へ結びつけたあと、自分のもその隣に結んだ。
『このままでいたい』
走り書きで書いた文字が、風に合わせて回る短冊に見え隠れする。俺は、何を願いたかったんだろう。一年に一度しか会えぬ織姫と彦星は、こんな中途半端な願い事をみて怒るだろうか。
帰るよ、と歩く友紀奈の後をまたも追いかけながら、俺はそんなことを、ひとりでぐるぐると考えていた。