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プロローグ~赤眼の少女~②

 少年の姿が見えないところまで来ると、私は足を止める。

「ふう。気まずくなってついつい走ってしまいましたが、これからどうしましょう」

 私は右手に持っていた買い物かごを見る。

 すでに買っておかないといけない物は、すべて買ってあり、正直やることが無い。

「……まあ、長居してヘタに魔眼保持者であることを気取けどられてもあれですし、そろそろ帰りますかね」

 私は念のためにフードを深く被り直し――――たところで、レベッカとの会話を思い出す。

「あっ!! そういえばマルグリットさんが私を呼んでいたんでしたっけ。ここからは比較的近いし、行ってみますか」

 私は買い物かごを握り直すと、マルグリットさんの経営しているお店『古人(こじん)の書庫』に向けて歩みを進める。

 マルグリットさんのお店は先ほどの公園から近くの坂道を上がり、50メートルほど進んだところにある、小さな書店だ。

主に昔人気だった本から古文書、いわく付きの本まで色々と揃っている。――――が、昔と今ではだいぶ書き方や人気のジャンルが変わってきたため、今では週に20人くらい来れば多い方らしい。

「はあ……はあ……いつになっても……この急な坂には慣れませんね」

 公園から出た私は、異様に長く急な坂道を上っていく。道こそ整備されているものの、その急な坂は、100メートルくらいの長さがあり、山の様に急な傾斜は、上る者の体力を確実に奪っていく魔の坂道と言えるだろう。

 私は滴り落ちる汗をぬぐいながら、じわじわと、しかし確実に上って行く。

 息を切らしながら坂道を上り切ると、そこにはたくさんの木造建築の建物が広がっていた。

『古人の書庫』のあるこのリノール地区は、レンガや石造りの他の地区と違い、木造建築の古い建物が建っていることで有名な地区だ。

 私はさらに歩みを進め、一軒のお店の前に立つ。『古人の書庫』とかすれた字で書かれた看板の飾ってあるドアを開けると中に入る。

 店内に入って最初に目に入るのは視界を埋め尽くすほどの大量の本だった。

 天井に付くほどの大きな本棚に隙間も無いほどぎっしりと本が置かれている。

「おやおや。イアちゃんいらっしゃい」

 周りを見回していると、不意に声が掛かる。

 私は声の方に振り返ると、椅子に座っている老人にあいさつをする。

「お久しぶりです。マルグリットさん。レベッカから私に用があると聞いてきました」

 私が言うと白髪まじりの老人、マルグリットさんは頷く。

「ああ。イアちゃんに渡したいものがあってね」

「渡したい物?」

 私がおうむ返しに聞くと、マルグリットさんは頷き、近くの引き出しから1冊の本を取り出し、机の上に置く。

 いかにも使用感のある藍色の本を見て私は驚く。

「こっ、これは……『クレメンス物語』の最終巻!?」

「そうだ。今日はイアちゃんの誕生日だろう? 確かキミの家にはこの本の最終巻だけが揃ってないと過去に言っていたし、イアちゃんも続きが気になっていただろう?」

「はい、確かにそうですが……でも、このクレメンス物語はかなりの人気作品で今では手に入れる事すら困難だったはず、どうやって手に入れたんですか?」

「ははは。なに、わたしの友人に偶然・・2冊持っている人がいてね。1冊買い取らせてもらったんだよ」

 マルグリットさんは懐から葉巻を取り出すと、口にくわえ、火を付けて煙を吹かした。

「マルグリットさん……ありがとうございます!! 私……一生大切にします」

 私はクレメンス物語を手に取ると、ギュッと抱きしめながら言う。

彼の友達に本好きの友達はいない。過去にその話をレベッカから聞いていた私は、彼がこの本を苦労して手に入れてくれたことが容易に想像することができた。

 こんな私のためにまず手に入らないとまで言われたクレメンス物語を手に入れてくれたのだ。私は胸の中に何か温かいモノが広がっていくのを感じながら、買い物かごの中に大切に置いた。

「ははは。そう言ってくれると嬉しいよ。どれ、イアちゃん。ひとつこのじじいの願いを聞いてはくれんか?」

「はい。なんでしょう? 私にできる事なら何でもしますよ」

「そんな大層なもんじゃないよ。ひとつフードを脱いでお前さんの顔を見せてくれんかな?」

マルグリットさんは葉巻の煙を見ながら言う。

「ああ、そんなのお安いご用ですよ」

 それに対して私はフードを取ると、改めてマルグリットさんの方に顔を向ける。

 マルグリットさんは、まじまじと私の顔を見る。よくよく考えてみえれば、マルグリットさんに素顔を見せるのも久しぶりかもしれない。純粋に会う回数が少ないのもあるが、よく街中で合う事が多かったので、自然とフードを付けての対面が多くなってしまったのだ。

 私がそんな事を考えていると、マルグリットさんがぽつりと呟く。

「綺麗になったねイアちゃん。キミのお母さんにそっくりだ」

「えっ!?」

 綺麗と言われてうれしくもあったが、それ以上にマルグリットさんの言葉に驚く。

 私の知る限りでは、母とマルグリットさんが、面識があったと言う話を聞いたことが無かったからだ。

「ん? ああ、そういえばイアちゃんはわたしがキミのお母さんと面識があることを知らないんだったね」

「はい。初めて知りました。いつ頃知り合ったんですか?」

「わたしが30くらいの時だよ。……今思えば、あの時キミのお母さん。リア・ハートレットさんに会わなければ、魔眼保持者の人間と話そうなんて思いもしなかっただろうな」

 マルグリットさんは懐かしそうに言う。

「そうだったんですか。なんというか、意外ですね。マルグリットさんもそういう風に考えていた時期があったんですね」

 私が正直な感想を述べると、マルグリットさんは申し訳なさそうな顔をする。

「ま、まあね。あの時はちょうど石化眼事件が起きて間もない時期だったし、私の友人に魔眼保持者の友達がいなかったというのもあってね。魔眼保持者は強力な力を持った危ない奴というイメージがあったんだよ。ただ、彼女と会って、彼らもまた、我々と同じ人間なんだと気付かされたよ」

 マルグリットさんは懐かしそうにそう言うと、いきなりクスクスと笑いだす。

「なんせ、彼女ほど人畜無害っぷりを発揮させている人間もそうそういなかったからね」

「あははは! 確かに母にはちょっと抜けてるところがありましたからね。なんとなく何があったか想像できます」

 私も釣られて笑うと、マルグリットさんもにこりと微笑み、席を立つと私の頭を撫でた。

「まあ、イアちゃん。これからも色々と辛いことがあるかもしれんが、頑張って生きていくんだぞ。わたしやレベッカはキミの味方だ。辛い事があったらいつでも相談に来なさい」

 マルグリットさんは途中から早口で言うと、素早く私にフードを被せた。

「わっ!? いきなりどうしたんですか?」

 私はマルグリットさんのいきなりの行動に驚き、再び狭まった視界の中で彼の顔を見る。

 先ほどの温かい、優しげな表情とは対象に、今はものすごく冷たく、険しい顔をしていた。

「衛兵だ。大丈夫だと思うが、念のために裏口から店を出なさい」

「えっ!?」

 マルグリットさんに言われ、窓の方を見ると、確かにこの街の衛兵の制服の色である青色が遠くの方に見えた。

 あちらはまだこちらに気付いていないらしく、歩きながら服装を整えている。

「本当だ……。確かにすぐに逃げなくちゃ、それではマルグリットさん。今日は本当にありがとうございました。また会いましょう」

 私は動悸の激しい心臓に手を当てながら頭を下げると、素早く裏口にまわり、外にでた。


 衛兵がマルグリットさんのお店に入るのを見送ると、私は急いで大通りに出る。

 他に衛兵がいないことを確認すると、私は速足で、もと来た道を歩く。

 正直、今回の買い物は色々ありすぎた。普段、人と関わらないのに対してロキールさんやエリカちゃんと出会い。変わった服装の少年にも会った。

 さらに、今までに無かったマルグリットさんのお店への来訪。特に衛兵は勤務中に店に入るのは禁じられていたはずなので、いくら人望のあるマルグリットさんとはいえ、勤務中の衛兵が来るのはおかしい。

 もしかして、別の事件に関しての情報収集をしているだけで、私が神経質になっている可能性も否めないが、急いで家に帰るには十分な理由だろう。

 私はあの物凄く急な坂道を降りていると、下の方から声が聞こえる。

「あ~!! イアおねーちゃんだぁ!!」

「エ、エリアちゃん!?」

 私は声の主であるエリカちゃんを見て驚く。ここにいるということ自体が驚きではあるが、それよりも、エリカちゃんの姿しか見当たらず、ロキールさんの姿が見当たらなかったからだ。

 このリノール地区はルービル地区からは、少し離れたところにある。なのになんでエリカちゃんが1人でここにいるのか……私はボールを持って立っているエリカちゃん近づくと目線をそろえ、声を掛ける。

「どうしたの? エリカちゃん。ロキールさんは?」

「ん? おとーさん? おかーさんに会いに行ってるの。エリカはその間公園で遊んでいる様にって……おねーちゃんはお買い物?」

「はい。――――といっても、今さっき終えて帰るところです」

「ほんとぉ!? それじゃ、エリカと遊ぼうよ。転がったボールを取りに行ったら、公園がどこにあるかわからなくなってて困ってたの!!」

 ――――そういうことですか!! 

 私はどうしてここにいたのか納得すると、申し訳なさそうな顔をつくる。

 エリカちゃんには悪いが、衛兵が何らかの用事で動いている以上、警戒するに越したことはない。私は急いで家に帰るためにエリカちゃんに謝罪をする。

「すみませんエリアちゃん。私、急いで帰らないといけない用事が出来てしまったんです。公園には案内しますから、また今度遊びましょうね」

「え~、そうなのぉ? う~」

 エリカちゃんは不服そうに頬を膨らませる。

「……ごめんなさい。ホントに急がないと不味いんです」

 私が手を合わせて謝ると、エリカちゃんは渋々といった感じで頷く。

「わかった……それじゃあ行こう。イアおねーちゃん」

 エリカちゃんは左手にボールを持ちながら右手を差し出した。

「はい。それでは行きましょうか」

 私も左手を差し出すと、手をつなぎ歩き出した。

「…………」

 特に会話という会話が無いまま歩くこと数分。ちょうど坂道の真ん中あたりに着いた時、突如それは起きた。

「あ、危ない!! みんなどいてくれ!!」

「えっ!?」

 エリカちゃんと歩いていると、私たちの背後、坂道の上の方から声が聞こえる。

 切羽詰まった、焦りと動揺の入り混じったその声は、ただ事では無いことを伝えている。

 さらに、背後からゴロゴロという音が聞こえてきたため、振り返るとものすごい勢いで荷車が転がってくるところだった。

「おい、そこのあんた! 頼むからどいてくれ!! 速すぎてこいつを止める事が出来ないんだ!!」 

 声のする方を見ると、荷車の上に先ほど会った変わった服の少年がいた。

 彼は振り落とされない様に荷物にしがみつきながら、ものすごい勢いで坂道を下っている荷車のことを忠告している。

「エリカちゃん逃げますよ!!」

「え?」

 私は荷車がこちらに向かって来ていることを確信すると、急いでエリカちゃんの手を引っ張り、避けようと横に走り出す―――――が、頭の中では1つの答えが出ていた。

『避けきれない』それが頭の中で導き出された答えだった。 

 まず、場所が悪かった。ここの坂道は、この街で一番急な坂道だ。さらに少年の乗っている荷車。この荷車に重そうな荷物が積んであったのもあり、走っている今も徐々にスピードが上がってきている。そして何よりも致命的だったのがエリカちゃんがいたことだ。

 まだ幼く、体の小さいエリカちゃんでは歩幅が小さく、進む距離が少ない。抱き上げて逃げる事も考えたが、そんなことをしているうちに轢かれるのが関の山だ。

 私だけならなんとか避けきれるが、このままではエリカちゃんだけが間に合わず、轢かれてしまう。


―――――なんとかしないと……。


 私は迫り来る列車を見ながら考える。――――といっても、別に無いわけではないのだ。そう、自分の忌々しい瞳。魔眼を使えば……。

 ただ、どうしても迷ってしまう自分がいた。

 ここで使えばエリカちゃんを救うことは可能だろう。しかし、それと同時にここにいる住民たちに、自分が魔眼保持者であることを教えてしまうことになる。

 ただでさえフードを四六時中付けていて怪しまれている身だ。 

 そういう意味でみんなに憶えられているのも知っているし、それ以外に誤魔化す方法が思いつかなかったからこそ、危険を承知でこの恰好をしていた。つまり、ここで魔眼を使うことは、今の段階では街に食料を買いに行く手段を失うことを意味する。

「っ……どうすればいいんですか……」

「……イアおねーちゃん?」

 良い案が浮かばず、焦燥が私を襲う。

 エリカちゃんもこのままでは逃げ切れないことに気付いているのか、握る手から震えが伝わってくる。

「エリカ、このまま死んじゃうの?」

 エリカちゃんは涙目になりながら、震える声で聞いてくる。

 迫り来る荷車は私たちの視界を完全に埋め尽くし、死が近いことを教えている。


――――今エリカちゃんの手を離せばギリギリ生き延びる事ができる。


 迫り来る死の中で、頭の中にそんな甘い考えが浮かんでくる。

 確かに今、手を離して逃げ出せば、なんとか逃げ出せるかもしれない。

 逆に今逃げなければ、私はエリカちゃんと一緒に死ぬか魔眼を使うかの2択になってしまう。

 仮に、魔眼を使えばエリカちゃんも(荷車に乗っている少年は大けがをするかもしれないが)助かるが、同時に私が魔眼保持者であることも知れ渡り、この街に買い物をしに行くことが出来なくなる。

 食料が買えない以上、待っているのは『死』だけだ。


――――そうだ。見捨てて何が悪いというのだろう。別に私が罠にハメてこの状況を作り出したわけでもない。こちらはむしろ被害者だ。逃げたって責められることは無いだろう。さあ、急いで手を離して脱出を……。


「――――って、そんなことできる訳ないじゃないですか!!」

 私は勝手に1人歩きをしていた思考を止めるために大声を出す。

「イアおねーちゃん!?」

 それに対してエリカちゃんがびくりと震えるが、今はそれを無視する。

 今、私がすべきことはエリカちゃんを助ける事だ。


――――自分の身が危ない? 関係ありません! 助ける事の出来る力を持ちながら、それを使わずに逃げることは、それこそゲスのやることです。ここでこんな小さな女の子を救うことすら出来ないのなら、イア・ハートレットは死ねばいい!!


 私は覚悟を決めると、逃げるのを止め、エリカちゃんに背を向ける形で前に立つ。

 前方からは荷車がものすごい勢いで向かってくる。

「イアおねーちゃん……」

 エリカちゃんが震える声で聞いてくる。

 名前しか呼ばれなかったが、何を言いたいのかは、予想ができた。――――やっぱりここで死ぬのかと……。

「死なせませんよ。エリカちゃんは私が守ります!!」

 私はそれだけを言うと、少しでも効果を上げるために目を見開き、魔眼を発動させる。

「私は否定します。荷車の『衝突』を!!」

 次の瞬間、ものすごい勢いで走っていた荷車は何もないところでぶつかる。

 耳をつんざくほどの轟音が鼓膜を支配し、頭上を何かが飛んでいくのを感じた。

「っ………」

 荷車がぶつかった時の衝撃でフードが取れる。

 先ほどまで狭かった視野は格段に広がり、隠れていた後ろ髪がフードという檻をぬけてたなびく。

「!? イアおねーちゃん。荷車が勝手に止まったよ!!」

 後ろで隠れていたエリカちゃんは、まだ私が魔眼保持者であることに気付いていないため、奇跡が起きたと言わんばかりに喜んでいる。

 また坂道を走り出すと危ないので、荷車に積んであったロープを使って、動かないように縛りつける。

「ふう、これで安心です。エリカちゃん、けがは無いですか?」

 荷車が動かないことを確認した私は、魔眼の発動を止め、エリカちゃんに振り返る。

「!! お、おねーちゃん。その目……」

 私の顔を見たエリカちゃんは、その場で固まる。

 ……なんとなく覚悟はしていたが、やっぱりエリカちゃんも駄目なタイプのようだ。

 それにさっきまで集中していて気が付かなかったが、荷車の衝撃音を聞いて人が集まってきている。

 当然フードを付けていないため、野次馬たちがひそひそと何か話し合っている。

 彼らの話している内容が気になるが、とりあえずエリカちゃんに謝っておく。

「あの、ごめんなさい。今まで黙ってましたが私、魔眼保持者なんです。騙すつもりは無かったんですが……怖がらせてごめんなさい」

 手を合わせて謝るが、エリカちゃんは何も言わず、俯いている。

「エ、エリカちゃん……?」

 私は不安になってエリカちゃんの顔を覗き込もうと身をかがめた。

「き………」

「き?」

「きれーーーーい!!」

「おぶっ!?」

 急におなかの辺りに飛び込んできたエリカちゃんに対応できず、私は尻餅をつく。

「イアおねーちゃん。すっごく美人~! どうしてフードなんて付けてたの?」

 エリカちゃんは抱きついたまま聞いてくる。

「えっ? それは……私が魔眼保持者だからで………」

「まがんほじしゃ? なにそれ」

「えっと、特殊な力を使える眼を持った人のことです」

 首を傾げるエリアちゃんに説明をする。

 てっきり魔眼保持者のことを知っていると呆気に取られてしまう。

「そうなの!? じゃあ、おねーちゃんはどんな力を持ってるの?」

「ち、力? 一応、視界に入った対象を『否定』することができるっていうのが、私の眼の能力です」

「へーそうなんだ!! よくわからないけどすごいんだね!」

「は、はぁ………」


――――いけない。エリカちゃんに呑まれています!!


 途中ではっとなった私は、顔をパンパンと叩いて気を取り直すと、エリカちゃんに気になっていることを聞く。

「あの……エリカちゃん」

「ん?」

「改めて聞きますけど……私が怖くないんですか?」

 私の質問にエリカちゃんはニコッと笑うと――――

「別に怖くないよ? イアおねーちゃん優しいし、その赤い眼も宝石みたいできれいだよ」

「き、きれい? ホントですか!?」

 まさか私の瞳をきれいと言ってくれる人がいるとは思わなかったので、私は相手が年端もいかない少女だとわかっていながらも、ついつい喜んでしまう。

「うん! エリカもおねーちゃんみたいな眼がよかったなぁ」

エリカちゃんがぽつりと呟くと、声が聞こえる。

「エリカーーーーーーーーっ!!」

「おとーさん!!」

 声のする方を見ると、ロキールさんが血相を変えて走ってくるところだった。

 反射的に顔を背ける私に対して、エリカちゃんは私から離れ、走り出す。

「妻に会いに行ってたら2階からエリカがこの辺りを歩いてるのが見えたんだ。探している最中にものすごい音が聞こえたから駆けつけてみたが、怪我は無いか?」

 ロキールさんは、エリカちゃんを抱きしめると、心配そうに言う。

「うん。大丈夫だよ! イアおねーちゃんが助けてくれたもん!!」

「そうか……よかった……」

 ロキールさんはエリカちゃんの無事を確かめると、無事な事を感謝するように強く抱きしめている。

 私はその間、尻餅をついた状態から立ち上がる。

 正直、この微笑ましい光景を見ていたいところだが、先ほどから、人だかりの中にちらほらと衛兵の姿が見え隠れしているので、私は危険を感じ、気配を消して人混みに紛れようと歩き出す。

「ところでエリカ、イアさんはどこにいるんだい? 是非ともお礼をしたいんだが、どこにいるかわかるかい?」

「えっ!?」

 ロキールさんの発言に私は固まる。幸い、人混みに入った直後だったので、驚きの声は聞こえなかったみたいだが、エリカちゃんがきょろきょろと探しだしたので、動くことが出来なくなった。

 私の経験からして、止まっている人混みの中では、その場に立っている人より、動いている人の方が、目につきやすいものだ。

「あれ~? さっきまでいたのに、イアおねーちゃんがいないよ~」

 エリカちゃんは、周りを見渡しながら、じわじわと私の方に歩いてくる。

 この間も衛兵の人数は増え続けている。

「っ…………!!」

 私はその光景に耐えきれず、歩き出してしまう。

「ん~……あ~!! イアおねーちゃんみぃつけた!!」

 その直後、エリカちゃんに見つかってしまう。

 エリカちゃんはこちらに走り寄ってくると、手を掴み、ロキールさんの方に私を引っ張っていく。

「ど、どうしたんですか?」

 逃げ出そうとした手前、気付かなかったふりをする。

「おとーさんがね。イアおねーちゃんにお礼がしたいんだって!」

「そ、そうなんですか。あの、私……そろそろ帰らないと本格的にやばくなってきたのですが……」

 私は周りを見ながら言う。

 集まってきた衛兵はあからさまにこちらを見ており、その手には矢をつがえた弓を持っている。

 問題を起こしたら殺すという意味か……はたまた私を殺すタイミングを狙っているのか……できれば前者であってほしいが、警戒するに越したことはない。

 私はいつでも魔眼を発動できるよう、意識を集中しながら移動する。

「おとーさん! イアおねーちゃんを連れてきたよ」

 この事に気付いていないエリカちゃんは私を探し出したという功績を自慢するようにロキールさんに話しかけた。

「ん? イアさんが見つかったのかい?」

 ロキールさんも探していたらしく、エリカちゃんに声を掛けられ振り返った。

 落ち着いているあたり、衛兵がいることに気付いていないのだろうか、私がそんなことを考えていると、私を見たロキールさんの顔が険しくなる。

「エリカ。イアさんはどこにいるんだ?」

「…………」

 ロキールさんの言い方で、私は確信する。

 彼は魔眼保持者をよく思っていない人間だと……。

 エリカちゃんは魔眼保持者が大丈夫だったので、もしかしてロキールさんもと思ったが、やっぱり甘かったようだ。恐らくエリカちゃんは幼いが故に物事がわかっていないだけで、魔眼保持者がどういうものか知っているロキールさんにとっては、魔眼保持者である私は危険な存在に映るらしい。

「え? なにを言ってるの? おとーさん。この人がイアおねーちゃんだよ?」

 このことに気付いていないエリカちゃんは、ロキールさんの発言に首を傾げている。

「そうか………エリカ。こちらに来なさい」

「え? なんで?」

「いいからこっちに来なさい!!」

「ひっ!?」

 ロキールさんの声にエリカちゃんはびくりと体を震わすと、私の顔を心配そうに見ながら離れる。

 エリカちゃんがロキールさんの方に来るのを確認すると、彼はこちらを睨み、口を開く。

「この魔眼保持者の化け物め。うちの娘に何をする気だった!!」

 ロキールさんは私の胸倉を掴むと、絞め殺さんとばかりの勢いで聞いてくる。

「な、なにって……何もする気はありません!! ただ買い物を済ました帰り道にエリカちゃんがここにいて……」

「そんなわけあるか!! エリカにはすこし離れた公園で遊ばせていたんだ。こんな場所に来るわけないだろう!! さてはお前、娘をさらう気だったな!?」

 ロキールさんはヒステリックにそう叫ぶと、掴んでいた胸倉をさらに締め上げる。

 私はその息苦しさと剣幕に必死に耐えながら弁解する。

「エリカちゃんは転がったボールを取りに行ったら迷子になったと言ってました。私はそれをたまたま見つけて公園に送ろうとしただけです。第一、エリカちゃんをさらって、私になんの得があると言うんですか?」

「ぐっ……」

 私のセリフにロキールさんは歯軋りをする。――――きっと内心では薄々気付いているのだろう。

 私がエリカちゃんをさらったって、メリットなんか無いし、怯えるエリカちゃんの手には、今もボールが握られている。

 物わかりの良さそうなロキールさんなら、これだけで十分にわかってもらえるはずだ。

 私はそう信じてなだめる様にロキールさんに話しかける。

「ロキールさん。私は偶然エリカちゃんに会っただけで、荷車の衝突だって事故だったんです。お願いですからその手を離してください」

 私はロキールさんの腕に手を重ね、懇願する。

「…………ふざけるなよ。この化け物が…………」

「えっ?」

「そんなことを言って、公園に案内するふりをしてエリカをさらおうとしたんだろう!!」

「あうっ!!」

 ロキールさんは私を近くの壁に叩きつけ、まるで噛み殺さんとする勢いでまくしたてる。

 その衝撃で持っていた買い物かごが吹っ飛び、同時に息が詰まって咳き込む。

「げほっ………だ、だから、私がエリカちゃんをさらったってメリットなんか無いって言ってるじゃないですか!!」

 私が声を荒げて言うと、ロキールさんは冷ややかな目つきのまま――――――

「メリットが無い? あるだろう。大方エリカを人買いに売りつけようとしていたんだろ!? 魔眼保持者も人買いも、同じくらい嫌われているんだからな。手を組んだっておかしくは無いだろう?」

―――――と、吐き捨てる様に言う。

「なっ………」

 そんなロキールさんの言葉に、私は言葉を失う。

 まさかロキールさんがここまで言ってくるとは思わなかったのだ。―――――私が魔眼保持者だと知るまでのロキールさんは、心優しく、分別のわかる人だと思っていた。

 しかし、目の前にいる今の彼は優しかった時の面影は一切なく、ただただ私という魔眼保持者に対して怒りをあらわにしている。

 優しい人でさえこの様にさせてしまう。

 魔眼保持者とは、ここまで人を変えさせてしまう存在なのだろうか。生きていてはいけない存在なのだろうか。

 私は悲しくなり、泣きそうになり―――――しかし堪える。

 今ここで泣いたってなにも変わらないし、ロキールさんに少しでも魔眼保持者のことをわかってもらわなければいけない。

 魔眼保持者にも良い人間はいるんだと―――――私はそう覚悟を決めると、深呼吸を数回したと、口を開く。

「ロキールさん。聞いてください。私は別に悪事に手を染めるようなことはしていません。見ての通り、私は魔眼保持者です。魔眼保持者がどのように扱われているかは知ってますよね? 私たちは市場のモノを基本的には売ってくれません。だから、なにも買えないのに、お金なんてたくさん持ってたって意味なんか無いんですよ」

「ぐっ………だが、貴様らならやりかねんだろう。石化眼事件が良い例だ。魔眼保持者にまともな奴などいるものか!!」

 ロキールさんは苦し紛れに言う。

 私はそんな彼の姿を見て、どこか哀れだと思い、同時に彼の今の心境もわかってしまう。

 きっと、ロキールさんは引くに引けなくなっているのではないだろうか? 頭の中ではもう私に対する疑いは晴れているが、ここまで事態を大きくしてしまっただけに、収拾がつかなくなっているのではないか?

 そう予想した私はこの無益な言い争いを終わらすためのピリオドを打つ。

「………ロキールさん。これ以上言い合いをしても意味はありません。だから、1つだけ言わせてください。確かに石化眼事件はひどい事件でした。でも、全員が全員ひどい魔眼保持者というわけではありません。人間にも悪い人間がいる様に、魔眼保持者にも悪い魔眼保持者がいるんです! 私のことは嫌いになってくれて結構ですが、魔眼保持者を嫌いにならないでください………それでは………」

 ロキールさんが何かを言おうとしていたが、私はすばやく話を切り上げ、強引に終わらせる。

「イアおねーちゃん………」

 だいぶ落ち着いたのか、先ほどまで怯えていたエリカちゃんは心配そうに私を見ている。

 返事をすると、またロキールさんに何か言われそうだったので、私はエリカちゃんに微笑むと、地面に転がっていた買い物かごを拾い、家に帰ろう―――――とした直後、目の前をひとすじの線がよこぎる。

 それは私が縛り付けておいた荷車にドスッという鈍い音をたてて突き刺さった。

「………えっ?」

 私はその音に対し、背筋が凍るような感覚を味わう。のどが渇き、額から嫌な汗が額をつたい。本能がここから逃げろと警報を鳴らしている。

正直な話、ロキールさんとの会話で気が抜けていた。衛兵が攻撃をしてくる可能性があったにも関わらず、心のどこかできっと脅しだけで済ましてくれるという甘い考えが脳裏にうかんでいた。

 そんなはず無いのに。彼らが私を人と思ってくれてるワケないのに―――――――。

「あ…………」

 ―――――それでも私は信じられず、間違いであってほしいと願いながら、それを見る。

「……こ………れは……矢……?」

 私はそれだけを絞り出すように呟く。

 今でも本能は逃げろと警告しているが、肝心の頭が混乱してその警告を受け取れずにいた。

 

 これが矢で、私の目の前に飛んできて………私はフードを付けてなくて、みんなに魔眼保持者ということがばれてて……それで―――――


「イアおねーちゃん逃げて!!」

「っ………!」

 混乱していた頭は、エリカちゃんの叫び声によって再び動き出し、改めて今の現状を再認識する。

「っ………こんな人だかりの中で私を狙うなんて………正気ですか!?」

 私は腰を落とし、周りに気を付けながら走り出す。

ドスッ ドスッ ドスッ

 先ほどいた場所に矢が3本刺さる。エリカちゃんの声が無かったら、今頃私は矢の餌食になっていただろう。

 私は心の中でお礼を言うと、バルグリーフを出るために走り出す。

「うわああああ!! こっちにくるなぁ!!」

 出口方面にいた野次馬は、私が来ると蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 私は魔眼で飛来する矢を防ぎながら、逃げる人混みの中に紛れる。――――これで弓による攻撃は無くなる筈だ。

 私は後ろへの警戒を解き、逃げることに専念した。


 最初は人混みに紛れ、うまく衛兵の眼を誤魔化せたが、時間が経つにつれてどんどん人がいなくなり、最終的には見つかってしまう。

「いたぞっ!! 魔眼保持者だ。逃がすなぁ!!」

 私を追っている3人の衛兵のうち、一番偉そうにしている衛兵が言う。私は他2人の弓による遠距離攻撃を防ぎながら、ひたすら走る。

「はぁ……はぁ……」

――――――と、いっても、かれこれ10分近く走り続けていた私の肺は悲鳴をあげ、徐々にスピードが落ちてきていることに、少なからず焦りを覚えていた。

「はっ……はっ……こんな事なら、家でも少しは運動をしとくべきでした………」

 私は時々後ろに物を投げたり倒したりしながら距離を稼ぎ、捕まらないように踏ん張る。

 そんなことを繰り返していると、出口でもある石橋が見えてくる。

「あ、あと少し。街から出れば、あとは森の中に入って衛兵をまける!!」

 私は最後の気力を振り絞って走る速度を上げる。

「ぬっ!? やつがスピードを上げたぞ! 矢のストックも残り少ない。接近戦にて奴を仕留めろ!」

 偉そうな衛兵はそう指示をすると、それぞれの獲物を出し、スピードを上げてくる。

「うう……ついに私の魔眼が攻撃するタイプの魔眼ではないことを悟られてましたか。メイスにレイピア、ロングソード。どれもくらいたくない武器です」

 私は再び前を向くと、出口に向かって走る。

「はぁはぁはぁ………」

 苦しい。肺はもう限界だと痛みが私を襲い。走る足にはもう感覚がない。度のすぎた運動に脳も限界が来たのか、意識すら朦朧としている。

「きゃあ!!」

 ―――――朦朧とした意識は体の動きを狂わせる。私は足が引っ掛かり転んでしまう。

「あ………」

 私は転んだ時に一緒に転がったかごを見ながら、これ以上ないほどの焦燥に駆られる。

「か……体が動かない……!?」

 私は焦って立ち上がろうと足掻くが、他人の体の様に動かず、ただ吐き気と例えようのない程の頭痛が私を襲っている。

「はははっ! やっと観念したか。この化け物め!! 安心しろ……大人しくしていれば、この剣でらくに殺してやる」

 衛兵は動けなくなった私を見て勝ち誇った様に笑うと走るのをやめ、ゆっくりと……この瞬間を味わうかのように歩み寄り、剣を引き抜く。

「はあ………あ……わ、私が何をしたって言うんですか? 私はただ買い物をしに来ただけ………なのに……」

 私は焦りながらも、少しでも体を回復させるために話しかける。

「ふん。なにをしたか? そんなモノはどうでもいいのだよ魔眼保持者。お前たちは犯罪者予備軍で、犯罪を起こさないなんて保証はない………だから早めに危険な芽を摘んでおく。それだけのことなんだからな!!」

 がははははと愉快そうに衛兵が笑う。

 体を動かしてみるが、まだまだ体を満足に動かせるほど回復していない。なんとかしてもっと時間を稼がなければ―――――

「そんな!? 普通の人間にも犯罪を犯す人はいるでしょう!なぜ、私たちだけ………」

「お前たちだけ? お前たちだからだよ。魔眼保持者に人権は無いからな。そこらのこそ泥捕まえて事情を聴く必要もないから、ぶっ殺すだけで話が終わる。ラクなもんだろ?」

「…………」

 衛兵の言葉に私は少なからずショックを受ける。いくら魔眼保持者が相手とは言っても……街を守護する衛兵だ。まともな理由があって私を襲って来てるのかと思ったのだ。――――最悪捕まっても、まともな理由ならしょうがないと納得しようと考えていたのだが、こんな『めんどいから殺す』なんて理由を言われるとは思ってもみなかった。

「さて、そろそろ職務を全うするとしようか。――――抵抗するなよ? お前の汚い血で鎧を汚したくないからな」

 衛兵はコキコキと首を鳴らしながらさらに近づいてくる。

 ――――まだとても満足な状態とは言えないが、気付かれないようにしながら逃げる準備をする。彼が今すぐ私を殺さんとする以上、おちおちと休んでいるわけにもいかない。私は急いで次なる逃走経路を考える―――といっても、動ける距離もたかが知れてるので、賭けではあるが石橋から下の川に飛び込むというのが私に思いついた逃走経路だったりする。

「…………」

 剣を握りながら近づいてくる傭兵に注意を向けていると、一つの声が聞こえる。

「待ってください!!」

「えっ!?」

「あん……?」

 その声に釣られ、私と衛兵は同時に声のする方を見る。――――実際、逃げるのにこんな好機を逃す手はないのだが、なぜかその声に聞き覚えがあり、自然と首が声のする方に向いていた。

「その()を殺すのをやめてください!」

「レ、レベッカ!?」

 声の主は案の定レベッカだった。彼女は私の前に立つと、庇う様にしながら衛兵と対峙する。

「おいおい、突然現れて何を言い出すんだ? 果物屋。この魔眼保持者は我らが王、オセフ・グラントの許可も無く街に入り、街の者たちを混乱させた。この罪は死を持って償うしかないのだよ」

 衛兵は私の時と違い、まともな意見を言って反論する。………なんで私の時はその理由を言わなかったのか、それで逃げるのをやめるわけではないが、なんとも釈然としない気持ちになる。

「死を持って償う? はっ! 笑わせないちょうだい。どうせこの娘が王様に頼んだところで拒否られるのが関の山だわ!!」

 レベッカが声を荒げると衛兵は一つも動じない冷静な顔で――――

「そういう事だ。つまり、魔眼保持者は街に来るなと言うことだ」

―――――と言い放つ。

「だとしても……この娘は毎回数週間分の食料を買いに来てるだけよ? 別に迷惑を掛けているわけじゃない!!」

「いること自体が迷惑なのだよ。街の者たちは石化眼事件を………魔眼保持者による事件を恐れている。街を守る我々からすれば………この女の様な存在がいる地点で迷惑で、見逃せない存在なのだよ。この様な危険な不確定要素は消さねばならんのだ」

「みんなが魔眼保持者を嫌い、恐れているのは知っています。もちろんそこの娘、イアもね。だから少しでも怖がらせない様、この娘は今までフードを付けて少しでも魔眼保持者であることを悟られないように過ごして来たんです。なのにあなた達はそんなイアの言葉に耳を貸さず、この娘を殺そうと襲った………わたしからしてみれば、市民の前では正義の味方を気取って、魔眼保持者たちの前では本性をあらわすあんたたちの方が、よっぽど危険よ!!」

 レベッカのその一言で、場の空気が固まる。

 まるで、言ってはいけないことを言ったかのような、そんな空気が漂っていた。

「………レベッカ・マーストン。物事には限度と言うものがある。これ以上我々の邪魔をする様なら……公務執行妨害でキミを捕まえることになるぞ。いや………今の話からすると、その魔眼保持者とは親しく、かなり前からこの街にその化け物が来ていたことを知っていたようだな。これは我が王への……この街への反逆行為となるぞ。そうなればもちろん出店の権利を失い、同じくその化け物を匿った共犯者を一生牢屋にぶち込む事になるぞ。―――――確か、キミの父親は今(やまい)で寝たきりになっていたな。もし彼も共犯者なら彼は残りの一生を牢屋で過ごすことになるぞ。まあ、果たして薬も無しにあんな不衛生な場所で生きていければの話だがね?」

 衛兵は吐き出すようにそう言うとレベッカを見下すように笑う。これで何も言えまいと、その目は言っていた。

「そ、そんな!? 父は関係ない!! 父を巻き込むな!!」

 レベッカの顔から血の気が引く。当然だ。たったさっきの一言でここまで罪が重くなったのだ。狼狽えない方がおかしい。

 衛兵の1人はさらに追い打ちをかける様に呟く。

「いやぁ~、実に残念だ。俺もたまにあそこで果物を買うことがあったが、これで見納めか~。たかだか1匹の魔眼保持者のために職も人生も家族も捨てるとはなぁ………見上げた根性だぜ」

「だ、だから………父は関係無いと言ってるでしょ!?」

 レベッカが取り乱し、叫ぶ。衛兵はそんな姿すらおもしろいモノを見るような目付きでニヤニヤと眺めている。すると今まで黙っていた衛兵の一人が悪魔じみた笑みを浮かべながら口を開く。

「なに、マーストン。冗談さ冗談。少なくとも今のうちはな。もしお前が今すぐその場から離れ、我々の邪魔をしないのなら無かったことにしてやろう。だが………相も変わらず逆らうのなら、年齢も性別も関係なく共犯者は一生を牢屋で過ごしてもらう。どちらを選べばいいか………賢い貴女ならお分かりのはずだ」

「…………」

 レベッカは黙り込み、俯く。

 彼女に寝込んでいる父親がいることは知っている。小さいころに2,3三年レベッカの家にわけあって住んでいたが、その時にはまるで自分の娘の様に可愛がってくれた。

 彼女の母は事故で死んでおり、彼が男手1つでレベッカを育ててきたという話を聞いた時は、尊敬すらしたほどだ。

 しかし、その苦労にも限界が来たのか、数か月前………ついに倒れてしまった。

 もとは果物屋『トロピカル』も彼が経営していたものだが、倒れた父親に代わり、今はレベッカが経営することで生計を立てている。

 しかし彼女の選択次第によってはその店の権利が奪われ、私と関わってきたすべての人の一生を台無しにしてしまう。

 私を可能性が少ないとはいえ助けるか、それとも私を見捨てるか。――――選ぶなら後者の方を選んでほしい。そう思っている私がいた。

 自分が傷付く分にはいい。でも、自分のせいで誰かが傷付くのは耐えられない。仮にレベッカに助けられたとして、そのせいでみんなが捕まってしまったら………私は正気を保っていられる自信がない。

「――――レベッカ」

 私はレベッカにアイコンタクトでこの場から離れる様に促す。

「イア………」

 レベッカにもそれが伝わったのか、申し訳なさそうな顔をし、なぜだかわからないが次の瞬間には覚悟を決めたような顔をする。

「安心して。イアは絶対に守る………」

「はっ!?」

 私にしか聞こえない声でそう呟くレベッカに私はマヌケな声が出る。

 彼女はホントにわかっているのだろうか!? ここで私を助けることは破滅以外の何者でもないのに………。

「お? 退く気になったか?」

私に小声で話すためにしゃがんでいたレベッカが立ち上がったのを見て、衛兵がニヤニヤと聞いてくる。

「―――――ええ。決まったわ。私は―――――むぐっ!?」

「そこまでです」

 さっきのセリフと言い、レベッカはきっと衛兵に反抗する。

 そう確信した私は、買い物かごから新品の包丁を取り出し、レベッカの口を押えながら突きつける。

「なっ!?」

 その行為に衛兵たちも目を剥く。

「はあ~。期待はずれですよレベッカ。あなたなら最後まで私の味方でいてくれると信じてたんですが、結局他の人みたいに私を見捨てるんですね。………まあ、役に立たないのならこの様に強引に使わせてもらうだけですけどね」

 私は過去に読んだ本のセリフを頼りに、悪役っぽい台詞を吐く。

「んんっ!?」

 口を抑えられたレベッカは『どうして!?』という顔をする。

 まるで裏切られたという様な顔に、私は胸が締め付けられるような錯覚を覚えるが、衛兵にばれないよう、先ほどの衛兵のニヤニヤ笑いを真似て誤魔化す。

「くっ、ずる賢い化け物だ。仮にもお前を助けようとした人間を平気で盾にするとは、魔眼保持者ってのはとことん性根が腐ってやがるぜ!!」

 衛兵は悔しそうに歯軋りをすると、他の衛兵二人に向かって手をあげる。

「はっ!!」

 何かの合図だったのだろう。衛兵二人は大きく頷くと、街の方に走って行った。――――援軍を呼ぶ気なのか。

 私は後ろ………石橋にレベッカを人質にした状態で後退する。

 衛兵もついてくるが、私を刺激しないようにと一定の距離を保っている。

 私はそのことを確認すると、小さな声でレベッカに話しかける。

「レベッカ。そのままの状態で聞いてください。今衛兵二人が仲間を呼びに行ってくれたお陰でここには一人しかいなくなりました。私はこの隙をついて逃げようと考えています。そこでわざとあなたを橋から突き落とします。レベッカには悪いですが………溺れないようにがんばってください。きっとそこの衛兵が助けてくれるはずです」

 私が言うと手が緩んでいたのか、レベッカは衛兵にばれない程度に私の手から口を離し、泣きそうな顔で―――――

「なんであんなことをしたの!? 私はイアを助けようと………」

――――と言いよどむ。

 私はその言葉にクスリと笑ってしまう。

 ホントにこの人は、どうしようもないくらいお人好しだ。わざわざ無視すればいい私を助け、その上すべての責任を被ってまで私を守ろうとしてくれるなんて………。


『イア、私たちは貴女の味方だからね』


 少し前に彼女に言われた言葉が今は胸に染みて伝わってくる。

 最高の友達を持てたんだと、そう実感できる。―――――だからこそ、こんなところで友達を危険にさらしちゃいけないと思う。私の数少ない大切な友達を………守ってもらうばかりじゃなく、自分も守りたいと強く思う。

 だからこそ、自分も覚悟を決めなきゃいけない。これからは命を狙われるだろう。だけど、その恐怖にも打ち勝つ強い覚悟を持たなくては………。

「――――知ってますよ。何年一緒に暮らしたと思ってるんですか? 目を見れば、なんとなくわかります」

「え?」

 レベッカが驚いた様にこちらを見る。こんなに驚くとは………よっぽどさっきの演技は迫真に迫っていたのかな?

「だったらなんで………なんでこんなことをこれじゃあイアは命を………」

 ―――――狙われる。

 わかってる。それももう覚悟の上だ。あとは最後の『覚悟』をきめるだけ。

 今までのイア・ハートレットの支えを、断ち切るだけ………

「―――――ダメですよ。レベッカ」

そっと、包み込むように再び口を押える。

「私のためにたった一人の家族を、たった一度の人生を危険にさらすなんて。―――――私はこの数年、レベッカやレベッカのお父さん。マルグリットさんにたくさんのモノをもらってきました。………私はもう十分ですから、今度はレベッカが親孝行に、人生に全力を注いでください」

「んんっ………!?」

 私の言ってる内容に不安になったのか、レベッカは『何をする気!?』と、アイコンタクトを送ってくる。

 ――――――心配性だな。

 私は苦笑いを浮かべながら。

「心配ありませんよ。別に死ぬつもりはありませんから。………ただ、このままみんなといると迷惑を掛けちゃうと思うんです。だから―――――さよならです。これからはホントの意味で、自分一人の力で生きて行こうと思います。今までありがとうございました。レベッカのお父さんやマルグリットさんによろしく言っといてください」

「んんっ!? んんっ………んっん………ん!!」

 レベッカが『何言ってんの!? あんたが一人で生きていける訳ないでしょ!!』と、激昂する。

 確かに自分でもそう思うがしょうがないのだ。もう『覚悟』してしまったことなんだから。

「おい。魔眼保持者! もうじき援軍が来る。無駄な抵抗をせず、大人しく人質を放せ!!」

 衛兵がドスのきいた声で言う。

 確かにそろそろ逃げないと危ないかもしれない。橋もちょうど中心。このかなり大きい川もちょうど中心というわけだ。落とすにはちょうどいい。

 こっそりとレベッカを突き落す準備をすると、最後に。

「それじゃあレベッカ、そろそろ逃げますね。助けられたらなにを言われても脅されたと言ってくださいよ? それじゃあ………さよならお姉ちゃん。もう二度と会わないよ」

ドンっ!! 勢いよく橋からレベッカを突き落す。これが最後の『覚悟』。大切な友人と二度と会わない。会わなけらば傷付かない。会わなければ傷付けない。最初はきついかも知れないが私が変わるためにもきっとこれは必要な事なんだ。

「きゃああああああぁぁああぁ!!」

 レベッカは叫び声を上げながら川に着水する。上がった飛沫の高さからいって、改めてかなりの高さから落ちたことが伺えた。

―――――――なんかすみません。レベッカ………


 私はさっきとはまた別の罪悪感に苛まれながら衛兵に声を掛ける。

「衛兵さん。あの人泳げないから、はやく助けないと死にますよ?」

 泳げないのは嘘だが、混乱状態の人とはまともに泳げないものだ。しっかり見ると辛うじて泳いでいるが、傍から見れば溺れてるようにしか見えないだろう。

「それじゃあ救助頑張ってくださいね!!」

 衛兵に背を向けると、近くの森に向かって走り出す。

 幸いにも、橋には私と衛兵しかいなかったので、だれの邪魔も受けずに逃げることが出来た。

「あっ、待て!! …………くそっ!!」

 衛兵はしばし固まっていたが、私とレベッカを交互に見たのち、弓や剣をその場に投げ捨てて川に飛び込んだ。

「よかった………突き落しておいてなんですが、ちゃんと助けてくれたみたいですね」

 近くの森に逃げ込んだ私は、木々の隙間からレベッカが助けられるところを見届け、胸を撫で下ろす。

 これでレベッカは魔眼保持者を匿った犯罪者から魔眼保持者に騙された被害者になるはずだ。私を庇ってくれるのは嬉しいが、それでレベッカが捕まったんじゃあ後味が悪い。

 まあ、結果的にレベッカを利用して逃げる感じになってしまったが、そこは許してくれるとありがたい。いや、結果オーライということで許してもらおう!!

「あ~……全国の魔眼保持者の皆さん!! 友達を助けるためとはいえ………また魔眼保持者の評判を落としてしまいました。ほんっとうに申し訳ありません!!」

 友達を助けるためとはいえ、さらに魔眼保持者が住みにくい世の中にしてしまったことを、誰ともなしに謝罪する。

「――――――と、援軍も来たみたいですし、早く逃げますか」

 そんなことをしていると、石橋から数人の衛兵が駆けつけてくるのを見て、私は森のさらに奥へと歩みを進めた。

 この辺りの森は、小さいころによく遊び場として活用していたので、どこにどう行けば家に着くのか熟知している。私は小走りで森の中を走り抜け、唯一の安全地帯の我が家を目指した。


「はぁ~疲れたぁ…………」

 森の中を走ること三十分、そこから家まで十五分かけて走り、やっとのことで愛しの我が家にたどり着く。この家はバルグリーフから徒歩で約一時間異常掛かる上に、途中には森が広がっているので普通の人ではまずたどり着けない安全地帯だ。正確に言えば一回だけ衛兵とレベッカが来たことがあるが、噂によるとその衛兵は別の街に飛ばされたらしいので実質一人しか知らないことになる。私は、重い足を引きずりながらベットに倒れこむ。

 安物のベットなだけに硬くて心地のいいものではないが、疲れた体を休めるには十分な役目を果たしてくれそうだ。

「ああぅ。眠い………けど、まずは残りの食料を再確認しなくちゃ………」

 重い体に鞭を打って食料庫に向かう。正体がばれてしまった以上、もう今までみたいにフードを付けて街に行ってもばれてしまうだろう。

 市場で食料を買うことが出来ない以上、これからは自力で食料を調達する自給自足の生活をしなければならない。そのためにも、残り何日分の食料が残っており、どう節約していくかを考えて行かなくてはいけない。

「え~っと………大体一週間くらいというところでしょうか。はあ、こんな事なら何が何でも買い物かごを死守しとけばよかったです。それに、あの中にはマルグリットさんがくれたクレメンス物語も入っていたのに………」

 私はマルグリットさんに対して申し訳ない気持ちのなってしまう。

「はあ~、仕方ありません。とりあえず、食べられる雑草の種類でも調べますか」

 私は家を出ると、隣に建っている家(物置き)に向かう。

 この家は、もともとお母さんが住んでた家で、当時は木造建築が主流だったようで、リノール地区と同じ造りをしている。なお、今の家はお父さんと結婚した時に建てた家らしく、全体的に綺麗だ。

「よっと………」

 私は建てつけの悪いドアを開け、中に入る。

 ドアを開けて最初に目に入ったのは山積みになった本だった。右を向いても本。左を向いても本。上を向いても本。ものすごい量の本が私を出迎えてくれた。

「ホント、いつ見てもものすごい量の本ですね。まあ、こんなに買っちゃうくらい本が好きだったから、マルグリットさんとも仲良くなったのでしょうが………」

 私は奥に進むと、もとリビングだった場所に着く。ここは入った直後にあった山積みの本とは違い、本棚にちゃんと種類別に並べられている。

 ちなみに、一部の山積みになっている本以外はすべて母が買ったものだ。

「え~っと。植物学系の本を読めばわかるのかな? というか、お母さん。こんな学者が読むような本まで持ってるとか………マニアックすぎでしょ」 

 私は植物関連の棚から数冊本を引っこ抜くと、物置から出て家に戻る。

「うう………重い、5冊しか持ってないのに、一冊一冊が重すぎでしょ!?」

 軽い愚痴を飛ばしながらも丁重に机の上におろす。

「さて、それじゃあまずこの『アミュレスタンド地方の植物』から読んでみますか!!」

 私は眠気覚まし兼、気合を入れる意味で頬をパンパンと叩き、ページを開いた。


「………せ………ん………」

「ん………」

 何かがドンドンと叩く音が聞こえる。………うるさいなぁ。静かにしてくださいよ。

「すみませーん!!」

「はっ!?」

 一際大きく叩かれたドアの音と声に、私は飛び起きる。―――――どうやらいつの間にか寝てしまったようだ。

 私は垂れていたよだれを拭き、キッチンから包丁を取り出す。

 街であんなことが起きた後だ。まず無いとは思うが、衛兵がいるかもしれない。

 私は包丁を背中に隠し、ゆっくりとドアノブに手を掛ける。

 鉄のひんやりとした感触が、寝ぼけた脳を叩き起こす。

「……もし、私の命を狙ってるのでしたら、申し訳ないですが―――――すこし怪我を負ってもらいます………」

 私は自分に言い聞かせるために声に出して言う。―――――いや、声に出して言わないと、この緊張に耐えられる自信が無かったのだ。 

 私はいつでも魔眼を発動できるようにしながらドアノブを捻り、ドアを開けた―――――――。


 




 

 

 




 

長いプロローグにお付き合いしてくださりありがとうございました。

少しでもこの作品に興味(あるわけないかw)を持った方はよろしくお願いします。

大体一つの話に1,2か月くらい掛かって、ものすごくスローなペースで進むのでご了承ください。

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