プロローグ~赤眼の少女~①
フェイトステイナイトみたいなプロローグの書き方をしたら、全体的に長くなってしまった。
初投稿なので、色々アドバイスをくださると助かります。
あと、タイトルの『インフィティ』は意図的に書いたのであしからず。
香ばしい香りが部屋を満たす。
時刻は午前7時。私は鳥のさえずりを聞きながら、机の上に並べられた食材をパンに挟み、サンドイッチを作っていた。
「う~ん、大分食料が少なくなってきましたし、そろそろ街に買いに行かなくてはいけませんね」
私はスカスカに空いた食料庫を横目にぽつりと呟く。
この家には買ってきた食料を長期に渡り維持できるほどの設備がないため、自然と腐らない様に買う量が少なくなってしまう。その上、街から遠く離れているため、正直買いに行くのもめんどくさい。
「はあ~、せめて冷却石が格安で売っていれば、喜んで買うところなんですが……そんなおいしい話があるわけありませんよね」
独り言が部屋に虚しく響く。ちなみに冷却石とは、冷気を放つ石で。よく食料を長期に渡って保存したい時に使われるものだが、基本的に値段が高いため、貧乏な私は買えなかったりする。
「ふう……」
サンドイッチを作り終えた私は、食材を乗せていたお皿を重ねると、近くに置いておいたかごの中に、割らないように慎重に置く。
「まあ。悩んでいても仕方ありません。ごはんを食べて、一通り家の掃除をしたら,街にお買い物に行きますか!!」
うんうんと私は頷きながらエプロンを外し、椅子に座る。
目の前には先ほど作った3枚のサンドイッチが置かれており、私は紅茶を淹れるとこぼさないようにしながら隣に置く。
「今日の朝食はサンドイッチに紅茶と……まあ、たまにはこういうのも悪くありませんね」
私は「いただきます」と、手を合わせると、サンドイッチを一つとり、頬張る。
マヨネーズの濃い味にレタスや卵の味が混ざり、なんとも言えない味をかもしだしている。
「うん、美味しい。我ながら上手にできました!」
サンドイッチに上手いも下手も無いが、私は手にしていたサンドイッチを食べ終えると、紅茶を飲む、砂糖の入っていない紅茶の苦みが癖のあるマヨネーズの味を中和する。
私は紅茶を机の上に戻すと、次のサンドイッチに手を伸ばした。
「ご馳走様でした」
朝食を食べ終えた私は、手を合わせると、食器を先ほどのかごに入れ、それを片手に家を出る。
「ん……」
太陽の光に目を細めながら、私は近くの川に向かう。
そこでいつもの様にお皿を洗うと、今度は箒を片手に家の中に入る。
昨日裁縫をしていた時に落ちた糸くずなどが所々目立ち、その場所を基準にして箒で掃き始める。
「う~ん、結構ゴミが溜まってますね。最近掃除をさぼってやらなかったのがいけなかったのかな」
私は掃き掃除を終えると、雑巾を取り出し、水で濡らして床を拭く。
最初はゴタゴタした掃除のしにくい場所から始めたため、ものすごくやりにくかったが、後半になると広々とした空間しか残っていないため、素早く残りのゴミを掃き取る。
「ふぅ、やっと終わりました。それじゃあ、街に行きますか!」
掃除を終えると、私は道具をしまい、外行き用の服をクローゼットから取り出し、外出の準備をする。
「ーーーーーっと」
服も着終え、買い物専用のかごを用意したところで私はある『物』の前でピタッと、止まる。
目の前にあるのは、なんの変哲もない縦約2メートルの鏡。私はそこで鏡を覗き込むようにしてあるものを見る。
見るべき場所はただ1つ。――――自分の瞳だ。
「……やっぱり赤いままですよね。当たり前ですけど」
私はわかっていながらも、ついつい肩を落としてしまう。
理由は簡単だ。この眼は普通の人と違うからだ。
本来、普通の人の瞳は茶色か黒、青色だ。
しかし、私の眼は他の人と違い、真っ赤な瞳だ。
なぜこうなるのか。理由はわからないが、私の様に瞳の色の違う人間には共通して同じものがついている。
それは超能力だ。過去に起こった事件で有名なものを上げれば、石化眼事件と言うものがある。
目が合った相手を石の塊に変えてしまうという能力を持った人間が起こした事件だ。
この事件で、その場所にいた人間30人が石像へと変わり、事態を収めようとした衛兵15人が前者と同じ末路を辿った。
この事件は最終的に遠くから弓で射殺することによって事態を終息に導いたらしいが、その代償として、この事件と同じ眼をした人間―――つまり、私の様な、瞳の色が一般人と異なっている人たちが、『魔眼保持者』と呼ばれ、忌み嫌われるようになった。ーーーーーさらにタイミングの悪いことに、世界各地で魔眼保持者による盗難•殺人事件が多発し殆ど存在の知られてなかった魔眼保持者は『危険な化け物』として世界中の人々に知れ渡った。
これによって、魔眼保持者たちは人権を失い、人里から遠く離れた場所に住むことを強要された。
中には拒否した者もいたらしいが、拒否した者は、問答無用で殺されたらしい。―――それもそうだろう。もし、ただ見つめられるだけで人を何人も殺せるような力を持つ人間が近くにいて、その人間に嫌われている人にとっては、魔眼保持者という存在は危険以外の何者でもないのだ。
故に彼らは殺す。少しでも不安要素を消し去るために、その上にどんなに死体を重ねようとも……。
「ん……」
私はフードを目元まで深く被り、改めて鏡を見る。
先ほどまで見えていた赤い瞳はフードに隠れ、ほとんど見えなくなっている。そのせいで視野が狭まるが、これくらいしないと、自分も殺されかねない。
なにせ今では、街に入るだけで石などを投げられる始末だ。それもまだいい方で、最悪の場合、衛兵などに殺されるという話だって実際にあるのだ。
「これでよし。それじゃあ行きますか」
私は買い物かごを片手に家を出る。
鍵を掛けようか迷ったが、別に盗られるような物も無く、ましてや魔眼保持者の家に盗みに来る人間もまずいないので、気にせずに街に向かって歩き始めた。
「んん~!! それにしても、今日はいい天気ですね……」
私は空を見上げる。雲一つない快晴の空がいっぱいに広がっており、そして今歩いている場所には森とその反対に綺麗な緑色をした草原が視界いっぱいに広がっている。遠くでは野生の馬が美味しそうに草を食べていた。
私はその光景を見ながら、ゆっくりと街に向けて歩いていった。
1時間くらい経っただろうか。
前方に大きな石橋が見えてくる。横幅約25メートルくらいのその大きな石橋は、首都『バルグリーフ』につながっており、そこへ向かおうとしている旅人や住民の姿が見える。
「おとーさん。バルグリーフって、どんな街なの?」
橋を歩いていると、隣を歩いている5歳くらいの女の子が(ものすごい量の荷物を乗せて)荷車を引いている男性に話しかける。ーーーーー親子なのだろうか?
「ん? この街はね。とても大きな街で、大きい建物や見たことの無い食べ物やお店がたくさんあるんだよ」
「そうなの!? すごーい!! たしか、この街に住むんだよね!?」
「ああ、そうだぞ。出稼ぎに行ってた母さんもここに住んでいるから、これからみんなで一緒に住むんだ」
『おとーさん』と呼ばれた男性は、娘さんの頭を撫でながら言う。
……なんというか、微笑ましいやり取りだな、と思う。
正直遠いし、魔眼保持者ということで、危険もあるので、極力街に行きたくないが、こういう微笑ましいモノをたまに見れたりするので、本音を言うと、街に来るのも嫌いじゃなかったりする。
「あの~、すみません」
「は、はい!?」
歩いていると、先ほどの男性が話しかけてくる。驚いて声がうわずったのは秘密だ。
「私たち、ここへ引っ越しに来たのですが、貴女はどのような御用で?」
ははは。と男性は笑いながら、こちらを見る。
「ちょっと買い物をしに、なにぶん、冷却石が無いのであまり食料を買い込むことができないんです……」
「ああ、そうなんですか。確かに冷却石が無いのはつらいですよね。すぐ腐ってしまいますし……あ、申し遅れました。私はロキールと言います。ほら、お前も自己紹介しなさい」
ロキールさんは娘さんの肩を叩き、あいさつするよう促している。
「え、えっと……エリカっていいます。よ、よろしくお願いします!」
エリカちゃんは、すこし怯えた様に見上げ、あいさつする。
それもそうだ。朝からこんな目のあたりまでフードを被っている様な人間に怯えない方がおかしい。
「はじめまして。イア・ハートレットっていいます。よろしくね。エリカちゃん」
私は極力怖がらせない様、ニコッと微笑みながら言う。
エリアちゃんは、それに少し安心したのか、『よろしく。イアおねーちゃん!!』とにぱっと可愛らしい笑みをしながら言う。
「イアさんて言うんですか。よろしくお願いします」
そう言いながら、ロキールさんは右手を差し出す。
「こちらこそよろしくお願いします」
私も右手を出して握手すると、ロキールさんはにこやかな笑みを返した。
「ところでロキールさんはバルグリーフのどこの地区にお引越しされるんですか?」
「ルービル地区という所です」
「ルービル地区……いいですね!! あそこは市場が近いから買い物も楽ですし」
私が褒めると、ロキールさんは困ったような顔をする。
「? どうかしたんですか?」
「いや、お恥ずかしい話なんですが、ルービル地区がどこにあるかわからないんですよ……。なにぶん、住んでいたとこが田舎だったもので、バルグリーフには来たことが無いんですよ……」
ロキールさんは困ったように笑いながら、恥ずかしそうに頭を掻く。
「大変ですね。バルグリーフは『迷宮』と呼ばれるほど広い街ですし、探すのは大変ですよね。よかったら私が案内しましょうか? 市場もルービル地区にあるのでちょうどいいですし」
私が言うとロキールさんは――――
「本当ですか!? それはありがたい。よろしくお願いします!!」
――――と、まるで神様にでも会ったかのような反応をする。
「イアおねーちゃんが新しいお家まで連れってってくれるの!? やったぁ!!」
エリカちゃんも嬉しそうに飛び跳ねる。
「こらエリカ。あんまりはしゃぐと周りの人に迷惑だから止めなさい」
それをロキールさんが注意する。
「うぅ〜」
エリカちゃんは頬を膨らませながらも、大人しくなる。
私は拗ねたエリカちゃんの機嫌を取るために話しかけた。―――――そんな事を繰り返すこと数分後。
「さて……バルグリーフに着きましたね。ルービル地区はこっちです」
私は橋を渡り終え、街の中に入ったことを確認すると、ロキールさんに声を掛けた。
「お陰さまで無事新居に着くことが出来ました。ありがとうございます」
あれから10分後、家を探すのに苦労しながらも、なんとか目的地に着くと、ロキールさんは感謝感激と言わんばかりに頭を下げる。
「イアおねーちゃん。ありがとぉ」
エリカちゃんもロキールさんにならってか、かわいくお辞儀をしている。
「どういたしまして。私も一緒に探していて楽しかったので、気にしないでください」
普段あまり人と関わらないようにしているだけに、お礼を言われると、気恥ずかしくなる。
私は顔が赤くなるのを感じながら、それを誤魔化そうと話を変えようとしてーーーー
「あ〜え、えっと、そ、それじゃあ。私は食料を買いに行きますので、このへんで……」
――――変えるどころか、終わらせてしまいました……。
「えー。おねーちゃん。もう行っちゃうの? エリカ、もうちょっとおねーちゃんと遊びたかったぁ……」
私が言うと、エリカちゃんが駄々をこねる。
「こらエリカ!! イアさんだって用事があるんだ。わがままを言うのは止めなさい」
「う~……」
ロキールさんが叱りつけると、エリカちゃんが頬を膨らます。
「ごめんなさい。私、家が遠いから早く用事を済ませて帰らないといけないんですよ」
「わかった……。じゃあ――――また遊びに来てくれる?」
「え……」
私はその質問に固まる。
私はあの橋からここまで、一度もフードを取っていない。つまり、この人たちは、まだ私が魔眼保持者であることを知らないのだ。
中には魔眼保持者を1人の人間として見てくれている人もいるのだが、ロキールさんたちがそうだという確証は無い。
「……ダメなの?」
エリカちゃんが悲しそうな顔をしながらこちらを見つめてくる。
それに対して私は――――
「う、ううん。今度ここに来た時はちゃんと遊びに来ますから、安心してください」
「ほんとぉ!?」
ぱあ。エリカちゃんが嬉しそうに聞いてくる。
「はい。約束です! 今度来た時には、エリカちゃんに会いに行きます」
……もちろん嘘だ。
エリカちゃんには悪いけど、あまりにも危険な要素が多すぎる。自分が魔眼保持者であることもさることながら、バルグリーフの衛兵が、四六時中フードを目深まで被って行動している私に警戒していることもある。
仮にロキールさんが私の眼のことを容認してくれたとしても、魔眼保持者と遊んだと知られれば、エリカちゃんは『化け物の仲間』というレッテルを張られ、他の子に苛められる可能性がある。
これはエリカちゃんのためだ。と、自分に言い聞かせながら、話を進める。
「それではこれで……エリカちゃん。また会いましょうね」
私が市場に向かおうと、背を向けると、ロキールさんに呼び止められる。
「あっ!! 待ってください。見ず知らずの私たちを助けてくださったんですから、御礼をさせてください!!」
そういうと、ロキールさんは、荷車から包を取り出し、私に渡した。
……なんだかヒヤヒヤと冷たいんですが、なんでしょう?
「あの……これは?」
「冷却石です。約1年分あります。――――たしか、イアさんは冷却石を持っていませんでしたよね? こんなモノしか渡せませんが、受け取ってください」
「そんな――――冷却石って、とても高価な物じゃないですか! そんな物を受け取るわけにはいきません!」
私はロキールさんに冷却石を返そうとすると、ロキールさんは首を横に振り――――
「だからこそです。バルグリーフは大きな街です。イアさんが協力してくれなかったら、こんなに早く家を見つけることはできなかったと思います。それに、人見知りの激しいエリカがイアさんにここまでなついているんです。是非とも友達になってあげてください。冷却石は、そのエリカの友達へのお裾分けと思ってくれれば結構です」
ロキールさんはエリカちゃんの頭を撫でながら言う。
エリカちゃんはくすぐったそうな顔をしながら、私に――――
「イアおねーちゃん。エリカのお友達になってくれるの?」
と、嬉しそうに聞いてくる。
遊んだりはできないが、友達になる分にはいいだろう。私はエリカちゃんの前に立つと、その場にしゃがみ込んで目線を合わせる。
きょとんとしているエリカちゃんに私は微笑みながら――――
「ええ、今日から私がエリカちゃんのお友達です。よろしくね!」
すっと手を出して握手する。
「よろしくね。イアおねーちゃん!!」
エリカちゃんも嬉しそうに微笑み返し、握手をする。
その健気な姿に自然と笑みがこぼれるのを感じながら、私は立ち上がり、ロキールさんの方を向く。
「それではロキールさん。私はこれで失礼します。冷却石、ありがとうございました。大切に使わせてもらいます」
「いえいえ。エリカの友達なら歓迎しますよ。いつでもいらしてください」
私はロキールさんと握手をすると、その場をあとにした。
あれから5分後、私はルービル地区の居住区をぬけて、大通りにある市場に向かっていた。
くねくねと入り組んだ道を抜けると、目的地でもある市場が見えてきた。
まだ市場についたわけでもないのに、商いをしている人の元気な声が聞こえる。
「はいはい!! 安いよ安いよ!! お、そこの奥さん。今日の昼食に採れたてのウルーフィッシュはどうだい? 新鮮でおいしいよぉ―!!」
「ノパル産ハチミツ酒。今ならたったの600レア、たったの600レアだよ!!」
市場に着くと、視界を埋め尽くすほどの人々が買い物をしていた。
「いつ来てもすごい人だかりですね。しかも、これで少ない方なんですから恐ろしい……」
私は人混みを縫う様にして移動すると、まず、果物屋に向かう。
「あら、イアじゃん。いらっしゃい」
果物屋『トロピカル』に着くと、緑色のテントの下で、たくさんの果物に囲まれながら座っている女性に話しかけられる。
彼女はレベッカ・マーストン。23歳で彼氏がいないのが最近の悩みだ。そして、私が魔眼保持者であることを知っている数少ない友達であり、姉の様な存在だ。
「こんにちは。レベッカ。いつもの果物を倍、ください」
私は指を2本立てて、2倍という事をアピールしながら言う。
「はいはい。いつものね。でも珍しいわね。いつもの倍なんて……なんかいいことでもあったの?」
レベッカは、私が渡した買い物かごに果物を入れながら、上目遣いに聞いてくる。
「それはですね……じゃじゃーん!! これです!!」
それに対し、私はにやけながら、先ほどロキールさんから貰った冷却石を見せびらかす。
「おお~! 冷却石じゃん。どうしたの? これ。あんたの稼ぎじゃ買えなかったはずじゃない?」
「ふっふっふ。ちょっと人助けをしただけですよ~。まあ、日頃の行いと言うやつですかね」
私が胸を張ると、レベッカは――――
「ちぇ~。なぁ~にが日頃の行いよ。あんた、基本的に家に引きこもって本読むしかやること無いんでしょう?」
「んな!? い、いくらレベッカでもそれは聞き捨てなりません!! 私だって家にいる時はいる時で、生計を立てるために売れそうなものを採りに、たまに森に出かけて行ったりします!」
私は両手をブンブン振りながら否定する。
確かに基本的に家で本とかを読んで暇を潰しているが、それだって最低限度の生活費を稼いでいるからで、別にレベッカの言うような引きこもり生活をしているわけではない。
「わかったわかった。イアがあんまりお金に興味が無いのは知ってるよ。だから、最低限度の生活費だけを稼いで暮らしてるんでしょ?」
レベッカは困った様に笑いながら、果物の入ったかごをこちらに渡した。
「その通りです。確かに本気で稼いでもそんなにお金になりませんが、魔眼保持者の私にとって街に来ること自体が危険な事ですからね。持ってるだけ無駄です」
私はずしりと重いかごを受け取ると、代金を払う。
「まいどあり。イア、あんまし魔眼保持者であることを気にしちゃダメよ? みんなはまだ魔眼保持者にもいい人がいるって事を知らないだけなんだから。きっと誰かがそれを証明してくれる時が来るって!」
代金を受け取ったレベッカは、財布にお金をしまうと、心配するように言う。
「大丈夫ですよ。私は別に気にしてないし、レベッカみたいなお姉さんがいるんですから。むしろ我が儘を言ったら罰が当たるというものです」
「それならいいけど……。あっ、そういえば、話は変わるけど、マルグリットさんが呼んでたわよ。なんか渡したいものがあるって……」
マルグリットさんとは書店を開いている人で、レベッカと同じで、私が魔眼保持者であることを知っている1人だ。
「マルグリットさんが? いつ呼んでました?」
「昨日。そろそろバルグリーフに来る頃だろうって……」
「昨日!? マルグリットさんは預言者かなんかですか!? なんでそんな事がわかるんですか?」
「う~ん。マルグリットさん曰く、イアの食料を買った日にちと、その内容。あとは腐り出すまでの日にちなど、その他もろもろを逆算すると、そろそろ来るという結論が出るらしい……よ?」
レベッカはこめかみに指をあて、思い出すように言う。
「へえぇ~。さすがマルグリットさん。私にはちんぷんかんぷんです」
「わたしも。あの人も頑張れば売れない書店の店主なんかじゃなくて、有名な学者の1人くらいにはなれたかもしれないのにね」
「あははは。間違いありません。……さて、それじゃあ、他にも買わないといけないものがあるので、そろそろ行きますね」
「あら、そうなの? それじゃあしょうがないわね。暇があればまた家に遊びに来なさいよ。お茶の1杯くらいは御馳走するわ」
私が言うと、レベッカは残念そうに言った。
「はい!! また遊びに行きます。それでは」
私はレベッカに手を振ると、次の食料を買いに人混みの中に入って行った。
「ふう、さすがに買い過ぎてしまいましたね」
あれから1時間後、すべての店を回って買いたい物を買い終えた私は、市場から少し離れたところにある公園のベンチで一息ついていた。
辺りを見回すと、子供たちが遊んでいる。砂場で遊ぶもの、ボールで遊ぶもの、木に登って遊ぶもの。遊んでいる内容こそ違うが、どの子も楽しそうに笑っていた。
「平和ですね~。空もきれいですし、これといって事件もないし。こんな日が毎日続けばいいのですが……」
心地のいい日の光に当たっていたのもあるのか、私は無情に背伸びをしたくなり、ベンチから立ち上がると、その場で背伸びをする。――――背伸びをした時の何とも言えない感覚を味わっていると、不意に何かがぶつかってきた。
「きゃあ!?」
「うおっ!?」
ドンと言う音とともに、勢いよく側面からぶつかってきたため、私はうまく対応できず、しりもちをついてしまう。
「いたたたた。な、なんなんですか?」
ぶつかってきた方を見ると、1人の少年が立っていた。年齢は16~7歳くらいのその少年は、ぶつかってきた時に倒れなかったらしく、驚いた様にこちらを見下ろしている。
「あ……」
私はその少年の服装を見ておどろく。
先に感想を言えば、シンプルで変わった服装だなと思った。
上の服はたぶん……麻の素材でできた白い半袖で左胸に1つだけポケットが付いている。ズボンは黒色のズボンで、腰にベルトを着けていた。
「…………」
――――こういうのを、『釘付けになる』というのだろうか?
私は、彼の変わった服装から目を離すことが出来ずにいた。
「すいません!! よそ見をしてました。大丈夫ですか?」
「あ……」
不意に少年に声を掛けられ、服から目を離すことに成功すると、私は少年の顔を見る。
真っ黒な髪と瞳に、比較的整った顔立ち。……なんというか、希望と絶望の入り混じったような言葉では表現の出来ない。複雑な光をその瞳は灯していた。
「あ、いえ。大丈夫です。私も少しぼーっとしていました。すいません」
私はなんとかそれだけを言うと、ゆっくりと立ち上がる。……正直に言うと、ぼーっとしていたというより、フードで視界が狭まっていたため、気付けなかったと言うのがホントのところだが、下手な事を言ってフードを付けていることを聞かれると厄介なので、私は怪しまれない程度の理由をつけてあやまる。
少年は私の無事を聞いて安心したのか、胸を撫で下ろすと、口を開いた。
「そうですか。よかった……っと、突然ですが1つ聞いてもよろしいですか?」
「はい? なんでしょう?」
私が首を傾げると、少年は数回目を泳がせた後――――
「……ここはどこですか?」
「…………はい?」
少年の質問に、私はついつい間抜けな声を出してしまう。
いったいこの少年は何を言っているのだろう? 確かにここらでは見ない服装をしているが、自分の住んでいる街の名前くらい憶えていない方がおかしい。
もしかして、ロキールさんみたく、どこからか引っ越して来た人か、旅人なのかもしれない。
または、この広すぎる街、バルグリーフ恒例の『迷子』で、自分が今、どこの地区にいるのか分からないだけかもしれない。
私は自分にそう解釈すると作り笑顔を浮かべる。
「あ、この街の名前ですか? この街はバルグリーフって言う街で、ここはルービル地区です」
……よし、完璧だ。我ながらシンプルかつ分かりやすい説明をしたはずだ。
私はお尻の砂を払いながら、今日はやけに人と接することが多いな。なんて、呑気なことを考えていると、少年が口を開く。
「……ば、ばるぐりーふ? るーびる地区? ……すいません。あの、この星の名前はわかりますか?」
「ふぇ!? え、えぇっと……ハーディス……です」
私は少年の質問に混乱してしまう。なぜだろう? 私の説明が悪かったのだろうか?
確かに人とたいして話さないから、全員が全員、私の言うことを理解できるなんて保証はない。もしかして、レベッカ達が物わかりの良い方なだけで、私の言い方がおかしいのかもしれない。
私は混乱のあまり頭を押さえてうずくまってしまうと、少年が驚いた様に口を開く。
「ええ!? ちょ……大丈夫ですか?」
「は、はい……あの……私の言い方っておかしかったりしますか?」
「えっ?」
うずくまっていたので、その態勢のまま上目遣いに聞くと、少年は困った様に聞いてくる。
「だから、私の言い方っておかしかったりしますか?」
「えっ? なに?」
困った様にまた聞き返してくる。声が小さくて聞こえないのだろうか? どれだけ混乱しているんだろう、私。
「私の言い方っておかしかったりしますか!?」
私が大きな声で言うと、少年はやっとわかったような顔をし、ぽりぽりとこめかみを掻きながら――――
「え、え~っと。……別に問題ないと思うけど? そんな変な風に感じるトコあった?」
「あ、いえ。私、あんまり人と話したことが無いので、もしかして話が伝わって無いのも、私の言い方がおかしかったのかなと……」
私は正しかったという安堵と同時に、知らない相手にマヌケな質問をしてしまった事に気付き、赤面する。
あまりの恥ずかしさに両方の人差し指をぐりぐりと押し付けていると、少年はこめかみに人差し指を当てながら―――「あ~、え~っと。自分で言うのもなんだけどさ。俺、記憶喪失っぽいんだよね。気が付いたら近くの変な建物の中で倒れてて、正直なんであんなトコに倒れていたのか、憶えてないんだ。だからさ、別にさっきのは気にしなくてもいいと思うぞ。俺もとりあえず、ここがどこかはわかったし」
「……そ、そうなんですか。でも、大丈夫なんですか? 記憶がないんですよね。よければ手伝いましょうか?」
私は胸に手を当て、少年を見る。
自分から記憶喪失だなんて、冷静に言っているところがどこか怪しいが、もしホントなら大事だ。私も幼い頃に、1人でバルグリーフに行こうとして迷子になった時があったが、あの時は、言葉では表せないほどの恐怖に駆られたものだ。
その経験もあるせいか、私はどうしても少年を放っておくことが出来ずにいた。
「い、いや。大丈夫だよ。そもそも他人に迷惑を掛けるわけにはいかないし、自分で色々がんばってみるよ」
少年は焦った様に手を振りながら、拒否してくる。
「そんな、別に迷惑じゃないですよ。むしろ、困った時はお互い様じゃないですか!!」
私はずいっと前に出ると、彼の顔を見上げる。
「いや……そう言われても……」
少年は、それでも困った顔をしながら口ごもっている。それを見た私は、はぁとため息をつく。
「……わかりました。あなたが大丈夫だと言うんだから大丈夫なんでしょう。お節介が過ぎました。それでは――――」
良心も過ぎればただの迷惑になる。
気にならないと言えば、嘘になるが、彼が大丈夫だと言っている以上、気に掛ける事も無いだろう。
それに、そろそろ出発しようとも考えていたので、私は軽く頭を下げ、少年に背を向けて歩き出す。
「……あの!!」
数歩歩いたところで少年から声が掛かる。
「――――はい?」
振り返ると、申し訳なさそうにしている少年が見えた。
「その、なんていうか……ごめん」
少年は深々と頭を下げながら言う。――――もともとあれは私が勝手に言い出したことで、少年は1つも悪くない。それなのに丁寧に謝る姿に私は自然と頬が緩むのを感じた。
「気にしないでください。それよりも、早く記憶が戻るといいですね!」
私はそう言い終えると、気恥ずかしくなり、小走りでその場をあとにした。