私は中の名家
番外3の3。
彼は。
彼の存在は。
彼は中と呼ばれる場所に、歴として存在する名家である。
彼の一族は、己が領域内に於いてはほぼ無敵であり、籠城戦をせんと思わば、相手の勝ち目はほぼない程の手練れであり力の持ち主だ。
其の、頭首。
彼は、そんな存在だ。
力満ちる彼の存在は、迎え入れた同朋の嫁すら名家の出で。
此の世界の最有力者に因り娶せられたにしては、病的な迄に其の美しい嫁御前を慈しみ慕い尽した。
彼は、有力者らしく力に満ち。
彼は、名家頭首らしく教養に溢れていた。
本来冷静な性質であり、元来淡白な性質である彼が狂うのは、大切な嫁御前が関わった時だけだ。
使用人…………そう、彼等は、人、と呼ばれる無力な存在を使役して居住区を形成維持している部分もあった。勿論、人が居なくても其の領域が瓦解する事は無いが、彼等は其れを使役する事を好んだ。
「だから」
彼は云う。
「森の竜女は良い種族に巡り合えたものだよね」
怜悧な顔立ちに感情は無い。だがそれ故に、其の言葉に偽りはなかった。
中と呼ばれる領域は、此の世界のほぼ中央に位置し、支配の象徴である天子の住いに程近い場所だ。故に、最高の存在が有形無形関わらず集まり溢れる。反面、其れ故に、血の興亡も、激しい。
或る意味、激戦区なのだ。
そんな関係で、彼は大切な嫁御前と離れ離れになる羽目になった訳だが……。
「其れがあったからこそ、森の竜女との縁も生まれた訳だしね」
心底嫌そうに……だが、冷静に。黒髪の偉丈夫は嘆息して呟く。
「きっとあれは、気が付きはしないのだろうけれどね」
言葉が指すのは、異界からやって来た女。
何の力も無い、無能な女。
だが、しかし。
恐れを知りながら怖気づかない女。
助けを欲しながらも縋る事をしない女。
怖い怖いと泣きながら、決して顔を俯けない女。
其れ等の性質を、己の一族は酷く好むのだからと、彼は忌々しげに舌打ちする。
「家を与えた。道を作った。関わりを持った。――――――此れで富を望もうならば」
不穏に揺れる、黒い髪。
「迷い無く、息の根止めてやれるのに」
ああ、忌々しい。
彼は呟いて、色鮮やかな木立へ視線を投げたのだった。
「な、なんか物凄く寒いんですが」
ぞくぞくとした悪寒に苛まれた春香へ、美しい花の顔がひっそりと微笑む。
「大丈夫」
一言、そう云って。
【隠里】
己が領域にのみ生きる存在。
一族として、界渡りの経験が豊富。山中で迷った人を自分の里に誘う事も多いが、約束を守らなければ即断ぜられる。懐に入れば過保護な程に優しいが一歩でも超えてはいけない線を超えると一気に存在を無かった事にされる程に扱いが変わるので、一度くらいなら……と思っているなら認識を改める事。改められないならば、其れは貴方の死を意味するだろう。