私は西の支配者
番外3の2。
西洲と呼ばれる、土地。
其は尚武の地。
此の国は、
一つの本州
三つの洲
――――――そして、
細々とした島々(さざれいし)
……そんな土地で構成されている。
其れ等全てを掌中に治める為の基点は、本州のほぼ中央。故に、彼が治める土地が在る其処――――西洲は、基点から遠く離れた地であるが故に覇権争いに参じ難い場所だ。
だが、しかし。
其れにも関わらず、本州・北洲に次いで大きな洲である其の地に在る存在達は皆武芸に励み闘争を好み……須く将兵なのだった。激戦区である中央に負けず劣らずの戦乱振りを見せる西洲をたゆらかにせよと命じたのは時の天子。命ぜられた族の長が、彼の先祖だ。
遥か昔の遺物の様な其の命は覆される事がないまま、今も猶生きており、彼が西洲の暫定支配者を堂々と各地に名乗る大義名分として燦然と光り輝いている。
何時から続く血なのか。――――――最早解からぬ程に長い年月、彼の族は其の地に存在していた。其の戦乱に因り、他の族は興亡目まぐるしく、栄華を誇る其の口に刃が潜り込む事も少なくない。そんな中、幾筋か見逃せぬ勢いで台頭する族があるとはいえ、彼の族は彼の代になり、其の安定性を更に増した。
有能な将を幾人も抱え、当に盤石の体制を築いた……そんな時。
何処かが倦むのだ。
彼は、何時からかそう呟く様になった。
呟きは叫びになり、時折絶叫や怒号にすら成り。発作の様に湧き起こる其の感情に、彼は何時しか翻弄され、そして、流されて行った。穏やかである時は当に名君と呼ぶに相応しい存在であるのに、一度其の『倦み』に流されてしまうと忽ち女色を漁り酒に溺れ財に固執する暗君の態を成す其の様に、配下に存在する双璧と名高い存在が居たからこそ、此の族は存在しうるのだと囁く存在さえ現れる始末だ。……尤も、其の不敬は、己が命を以てして購われだが。
だが、彼が暗君と揶揄される原因も又、彼の内に在った。
天子と呼ばれる至上の存在を頂点とした公家と称される貴族以外、他の存在から何らかの摂取を行わずに存在する事が出来る存在等此の世界にはいない。定期的な力の摂取は当たり前の事だ……が、困った事に。彼は性として、他者の血に依って生きる為……存在し続ける為の力を得ており、そして――――――彼の最も好む血が女性に因り生成された血だった。しかも彼が其れを行うと何故だか漏れ無く人間で云う処の性行為も付随してしまい、最早趣味と実益を兼ねた行為なのか、『倦み』に流されたが故の行動なのかすら周囲には判別がつかない状況だった。其の判断が出来るのは双璧のみ、と云うのも外聞を悪化させる一因だろう。双璧……特にその武略神の如しと称され自国どころか他国にすら武勇を知られる壮年の将は公明正大にして正道突き進むと内外から賞賛を得ているものの、其の忠誠の篤さは知らぬ存在は居らず………………故に、其の証言は今一つ信憑性が無い。
何故、力の摂取に快楽が付随するのか。
神と称される将に叱責された折、彼は威風堂々と云ったものだ。
「血は、心の蔵の上から吸うだろう? 暴れられて傷でもついたら勿体無えから、優しく優しく扱うだろう? 心を解かして胸を開かせる頃には、相手は最早ヤる気だからなあ」
派手派手しいが端正に整った美貌が、やけに無垢な笑顔を浮かべているのを目にした瞬間、将は忠誠捧げる主の頭を振りかぶった拳で思い切り叩きのめしていた。
轢かれた蛙の様に上座の床に伏した姿に溜飲を下げつつ、将はふと思い出す。
……そう云えば、主の寝室は荒れては居らなんだな。
血を吸う存在は少なくはないが、其の中でも、彼の吸血方法は穏やかなのだろう。故に、周囲が血塗れであるとか肉片が飛び散るとか、そんな事は一度もなかった。其れは臣下としては本当に有難い事ではあるのだが。
……問題は、主の健啖家ぶりであろうな。
一晩で何処からか~其れこそ土地も次元も越えて連れてきた女性をずらりと侍らせて同時に喰らっているのを見れば、其れは乱れてると云っても間違ってはいないだろう。――――――其れ等諸々を把握する将にとって、無垢な笑顔であっけらかんと放たれた言葉は、拳一つでは到底抑えの利かないモノだったのだ。……其処を、思い切り振りおろしたとはいえ、一発の拳骨で済ましたのだから褒められても良い筈だと将は結論付け、次いで己の甘さに苦笑する。
「あのなぁあ!?」
突然、彼ががばあと起き上がる。
「お前、全ッ然甘くなんかねえからな!?」
其の言葉に、将は僅かに眉を上げからかう様な笑みを僅かに目元に刷く。刹那、彼は派手な外見に似合いのオーバーアクションでがああと不満を訴える咆哮を上げる。
「なんで云ってないのに解かったんだって顔してんじゃねえよ!!! お前顔に出てんだよ!!!」
表情から察するのならば、とてもそんな風には見えない将の表情をそう断じた彼へ、将は今度は本当に嬉しそうに目を細めた。
将は、表情に乏しい訳では無いが、己の感情が表に出る事を自然な表情を被せる事で隠す事が出来る。そうでなければ一軍率いての大戦なぞできはしないだろう。だが、将の主は、上に被せた表情の下の感情を昔から綺麗に読み取っていた。故に、顔に出ている、と云う言葉は、将が此の世で唯一主にのみ云われる言葉なのだ。
「ふむ……其れでは」
なんだか嬉しげな笑みを僅かに口元に刷きつつも、将は眼前の派手派手しい顔を見る。己の目線より僅かに低い位置にある其の顔が嫌な予感と不審に歪むのを確認し、将の目に覇気が宿る。
「吾が望む事も、勿論お判りでしょうな?」
絶叫が、西洲の一角から響き渡った――――――が、其れが聞こえた者たちは全て
「あ、まーた怒られてんだ」
の一言で済ませたという……合掌。
【吸血族】
渡る存在。
人間で云う処の食材集めで人間にも度々渡ってくる(大迷惑)。
吸血を所謂【食事】としている種は多く、男も女も美麗。そして、派手好き。
【美味しい食事】の為には!と追い求める性質。血を余す事無く得ようとすれば快楽に走り易く、多様な味を求めれば効率を追う為残酷な傾向になる。
基本的には同種で固まらずに、異種を配下にして生存域を築く為、配下との境目が他種族に比べて厳正な様で緩め。
コミュニケート能力が高く、気さく。だが、気紛れなので付き合いには注意が必要だが、口にした言葉を違える事は無い。