の、話。
番外2の6。
「――――――と云う噂があるんですよ」
此処は、森の四阿。
常であれば女が独りで暮らしている此処に、其の存在は座していた。
はんなりと微笑む、藤の貴種。
相変わらずの上品さ。だがしかし、紡ぎだされた言葉は其の姿に反していて。
「……至高殿……」
苦々しく紡がれたのは、若い男の声だ。
小柄ながらしっかりと抱き留め、宥める様に背を撫ぜる。其の姿に、上品な顔立ちが上品な笑みを刻んだ。
「此れは、甲斐甲斐しい事ですねえ。北の主と呼ばれる方とは思えませんねえ」
ほほ、と声が上がり、年若い男は黒と白の瞳を眇め抗議の意を示す。
藤の貴種の言葉に体を震わせ、小柄な体に縋りついているのは――――――なんの変哲もない、女だ。
力も無い、此の世界では最弱の存在。だがしかし、其の心根故に、数多の加護を得た存在。
女はがくがくと恐怖に震えながら、誘導された小柄な体に縋りついている。
怖ッ! 怖ッ!!! 此の世界って怖ぁぁあああ!!!
思いの外シビアな選択結果に、女は只管に怯えていた。
大丈夫、大丈夫と其の背を撫でながら、若い男はうっすらと口角を引き上げて殊更に優し気な声音を奏でる。
「森に居る限り、森の竜女は安泰故、怯える事なぞ何も無い」
森に、居る限り。
優しく優しく紡がれた響きに、藤の貴種はおやと僅かに眉を引き上げる。
其の仕草は、揶揄か、驚愕か。
曖昧な儘に、藤の貴種は上品に其の姿を見守っている。
刹那。
男の手から、女の姿が消えた。
僅かな間も許さず瑠璃の光が炸裂する。
光を物ともせず静座していた藤の貴種は、現れ出でた瑠璃の一対に楽しげに微笑みかけた。
「此れは此れは。又も過保護な事ですねえ」
はんなりとした声音に、瑠璃の一対は幼い風貌に不似合いな冷徹な笑みで恭しく礼をとった。
「主様の背の君様の親様には御機嫌麗しく存じます。主様の命を受けました百科が此の場の無作法をお詫び致しますと共に、春香様の御身を預からせて戴きました事をお知らせ致します」
滔々と冗長に。
瑠璃の片割れがそう云うと、無言を貫いたもう一方も礼をとった。そして、其の儘姿を消す。
あっと云う間の出来事だった。
「……さて。ではワタクシも戻りましょうねえ」
なかなかに面白い顛末でした。
藤の貴種は満足げに頷き、ふうわりと空気に溶ける様に其の姿を消した。
おそらく。
年若い貴種は思う。
此の場に在る衝立。此処に仕組まれている回廊を利用して、望む場へと向かったのだろう。
未だ未熟な己には無理な事よの。
そう心中で呟いて、年若い貴種は其の場を辞した。
暫くして。
四阿に戻った女は、静まった己の住居にほっと息をついていたと云う。
己の幸運に、感謝しながら。
もしもシリーズは以上で終わりです。