森から出たら
番外2の3。
残酷な表現があります。
彼は、必死だった。
何時もの様に十字路を渡り――――――いきなり、森の中に放り出されたのだ。
四方に木々が立ち並び、薄暗い空間が広がっている。
早く此処から出なければ、と、彼は一先ず一歩踏み出した。
幸い、彼の腕時計には方位磁石が付いており、あちらこちらと動くよりはと一方向に定め、まっすぐに歩き続けたのだ。
彼の手には、コンビニの袋が握られている。
彼の手には、皮の鞄が握られている。
彼は、社会人で会社員だった。
此れも幸いではあったが……彼はウォーキングを趣味にしている関係で、通勤時は歩き易いスニーカーを履いているのが常であった。
多少の悪路は、彼にとっては単なるアクセントでしかない。
周囲はいっそ不気味な程に静かだ。
何の音もしない。
何の気配もない。
「まあ、気配なんか読めないけどな」
野生児じゃあるまいし、と彼は呟き、方向を時折見定めて只管に歩いた。20代後半とは云え、日頃地味に体を動かしていた彼は、多少疲弊しつつも森の外に出る事に成功した。
其処は、野原だった。
広い広い野原は、緩やかな丘陵になっているらしく先が見えない。吹きすぎる風もいっそ穏やかだ。
あまりの穏やかさに誘われ、彼は森から一歩、其の身を出した。
ふうと風が吹き、彼の頬をそっと撫ぜる。
心地よさに一瞬瞑目し……再び目を開くと、其処に、人が居た。
人が、立っていた。
「え……」
唐突に現れた人影に、彼は思わず立ち尽くす。
――――――が。
相手は其れを気にする風もなく、ゆっくりと彼の方に歩み寄ってきた。
近寄ってくれば、細部が見える。
細面、目が大きい。唇が赤く、背が高い。髪は長く、黒い。
不思議な装いだが、原宿辺りや渋谷辺りで何処かエスニック系を好む人間ならしていそうな格好だ。いっそ、創作和服、と云ってもいいのかもしれない。
草を踏んで歩くのに、足元の草が一切揺れない事に彼は気づかず、躊躇しつつも自分から近寄り、相対する。
「あの、此処って」
「人?」
問おうとした声に被る様に、相手から発せられた疑問。
「は?」
思わず眉を寄せた彼を見る瞳に瞳孔が無い事を、彼は気が付かない。
「あの」
「此の臭い……人ではない」
臭い?と再度疑問を持つ彼の前で、細面に配された口唇が動き、ぱくりと笑みを刻んだ。
本能的な嫌悪と恐怖を感じ、彼が思わず身を引いた刹那。
血臭が、満ちた。
彼の瞳から生気が消える。
彼の体から力が抜ける。
彼は最早此の地に無く――――――彼は最早亡き者だった。
「オイシイ。オイシイ。やっぱり、ヒトだった」
嬉しげな其の存在が、手持ちの袋に彼だった肉体を押し込めていく。歪に歪んだ肉体は、死んだ事が原因という訳では無い……彼が噛みつかれた首、其処から肩にかけて、ぼこりと肉が失せた様に窪んでいるのだ。
「珍しい獲物が手に入った。きっと皆、ヨロコブ」
人一人入った様には見えない袋を担ぎ、それはそれは上機嫌で、其の生き物は去って行った。
結論
安易に外に出ると、美味しく喰われます(あらゆる意味で)。