欲張りだったら
番外2の2。
「なんだ?此処」
男はきょろきょろと辺りを見回した。
森だった。
紛う事無く、完膚無き迄に森だった。
「うわー、異世界トリップってやつ?」
軽く引きつりながらも、男は何処となく楽しそうだ。
男は、オタクではない。
だが、そう、其の手の読み物を知らない訳でも無い――――――有体に言えば、ライトノベルは結構好きで読んでいた。
「なになに、俺、チート?」
軽く飛び上がってみるが、いきなり空に舞い上がる様な事も無く、手近な木を思い切り拳で殴ってみても対象が砕ける事は無かった。
ただ、ざわり、と木が揺れただけだ。
「……なんだよ。つまんねえな」
些か不貞腐れ、男はしょうがねえと呟くとあてもなく歩き始めた。
森の中は存外光が多く、薄暗くはあっても不気味さを感じる事は無いのが、男の心を軽くしていたのかもしれない。
男は、イマドキの大学生だ。
普通に身なりに気を遣い、普通に親に甘やかされ、普通に勉学を疎かにする。
極普通の、大学生だった。
「げー、今日代返きかないコマがあったってのにー」
なんだよー、責任者出てこーい。
ぶつぶつと不平不満を呟きつつも、男は足取り軽く森を闊歩した。
と。
「……はああ!? なんだこりゃあ!?」
男の目に飛び込んできたのは――――――野に咲く、フライドチキンだった。
つん、とつつけば、フライドチキンの花はゆらりと揺れた。
フライドチキンは花弁の様に五つ一塊で咲いている。ガクの下には茎があり、普通に葉が生えていた。
徐にフライドチキンを一つ毟り取り、男は思い切ったように食らいつく。
「――――――う、めえ!」
驚きながらも男はフライドチキンをがつがつと食い荒らした。骨はその辺に投げ捨て、さして腹も減っていないのにどんどんとフライドチキンに手を伸ばす。
「なんだよ、こういう世界って事か? なんだっけこういうの? あれか、童話か!」
じゃあ魔女でもいんのかと急に恐ろしくなってきょろきょろし始めるが、周りに其れらしい影は無く、男は半ばしか食べていないフライドチキンを飽きた玩具を放り投げる様に地面へ投げ捨てた。
ざわり、と、木々が揺れた。
だが、男は全く気にせず、指についた油を舐めて口の端を引き上げた。
「もしかしてあれか? 俺が此の材料使って此の世界に料理革命おこしちゃうとか? それともやっぱ魔女がいて、俺がそいつぶちのめして英雄になるとか?」
うわー、テンプレ!
楽しげに勝手な事を云い、男は更に森を歩いた。
歩く度に、なんだか段々と周囲の木が大きくなっているかの様な感覚が生じ、男は訝しげに眉をひそめる。立ち止まってきょろきょろと辺りを見回しても、景色は全く変わっていないのに、違和感だけが何と無く纏わりつく。
「……なんだ?」
もしかして、此の世界ってアリスかよ?
有名な英国児童文学の金字塔を思い浮かべ、男は慌てた。先程のフライドチキンが原因で体が縮み始めたのではと考えたのだ。
「やべ! なんか食わなきゃ」
あの話の世界ならば、他のモノを食べれば大きくなる筈だと、男は草木の間を目を皿の様にして探し始めた。
そして、見つけた。
ビスケット。
パイ。
アイスクリーム。
チョコレート。
其れ等を男は手当たり次第に食べまくった。
食べて食べて食べて――――――何かあったらと己のポケットにも不必要な程に詰め込んだ。
そして。
男の姿は、森から消えた。
木漏れ日に揺れる黄粉の花の上に、二足歩行の虫が忙しなく蠢いて、地面に落ちる。
虫は近場の石の下に這い潜り………………其の姿を隠したのだった。
結論。
欲が深いと、嫌われます。