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静けさの中  作者: カルネ
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第1話 友人志願


 ――椿――


 祖父に付き添われて向った先は東京プリンスホテル。

相手の男性は相当金銭的余裕のある方だと分かった。相手の男性の顔写真は見せてもらってはいない。 どんな人なのかも分からない見合い。けれど不安も心配もない。伯母のいつも通りの冷たい態度のせいだろうか。優しいことなど一度もなかった伯母だというのにその変わらない態度が私を落ち着かせていた。このお見合いに何のメリットが有るのかは知らない。けど、皐月さんにとって有益であることは分かる。

 伯母は相手の方と先に会って話をすることになっている。私は祖父と一緒にホテルの一室で伯母の合図を待っていた。

「椿。」

 祖父の穏やかな声。

 私は窓際から祖父を振り返った。

「何?お祖父様。」

 もうすぐ七十五になる祖父はまだまだ現役だといって元気なだけあり、杖をつきながらもしっかりした足取りで歩いた。

「お前はこれでいいのか。由紀子さんの言うままに見合いを受けて。」

「ええ、いいの。どうせお見合いといっても形だけのようなものだもの。伯母様が何がしたくてお見合いになったのかは分からないけど。」

 祖父の心配はいつものことだがやはり嬉しいものだ。思わず頬がゆるみ、祖父に珍しい笑みを向けた。


 

 結局、伯母が呼びにきたのはそれから三十分後のことだった。

 長く待たせたというのに伯母はたいして悪いとは思ってないようだ。

 伯母は私たちが来たことに気付いてわざとらしく、笑顔を作った。どうも今日の相手の仲人の御婦人が、気になる相手らしかった。互いに親しげに話しているが、言葉の裏に潜む対抗意識に心の中で苦笑いが零れた。

 御婦人と伯母の方にばかり気をとられていて、相手の方に気付いたのはそれからずいぶんたってからのことだった。

 いかにも女性の好みそうな王子さま風な男性だ。雰囲気をやわらかくて優しげに感じさせる栗色の髪。穏やかな表情を浮かべて、こちらにわずかに笑みを向けたところを見ると、この状況を気にも止めていないようだ。

「どうぞ。」

 彼はさっきと同じ笑みを浮かべながら、完璧な所作で私の前の椅子を引いた。

かすかに頭を下げて彼に礼を言うと、こちらにまったく興味がなかったように思われた仲人の御婦人が、じっと彼を見ていた。それに彼は苦笑いを返し、自分の席に座りなおした。それらの視線には何の興味もないわけではなかったが、彼らの間には通じられるものがあるのだろう。御婦人とは近しい間柄なのかもしれない。

「申し遅れました。私はこの子の伯母で有栖川奈緒子と申します。この子は甥の泰彦です。よろしくお願いいたします。」

 上品な和服の女性だ。雰囲気がとても若々しくて、相手の方と兄弟だと言われても納得してしまうだろう。

「こちらこそよろしくお願いいたしますね。泰彦さんとは何度もお会いしていますし、私の自己紹介はいいでしょう。この子は私の姪の椿です。」

 余所行きの猫なで声で伯母は話した。

 正直に言えば、私は伯母のこの声が嫌いだった。伯母自身が何か私にしたことはないが、この声の裏に潜む感情や、仮面を剥がされたあとの冷たく絡み付くような声が嫌いだった。

 私は終始俯いてばかりいて、顔をはっきりと上げて聞いていたわけではないが、伯母たちの間で何か話し合われたようだ。お見合いではお決まりの、若い二人で…の件が口にされたのだろう。

 私たちはこれまたお決まりの『庭を見ながら散歩』になった。

 私たちは特に特別なことは話さなかった。主に、どんな仕事をしているか、を話しただけだ。一応私の年齢では華道の先生として生徒をもつことが許されていたので、前家元である祖父に習いながら華道を教えていると話した。彼はそれを驚きながらも誉めてくれた。

 彼は家の仕事を継いで家を守る役目にはないので、気楽に家の仕事を手伝っているのだという。

 たった数十分話しただけで何が理解できたわけでもないが、彼が誠実な人間であることはわかった。 彼をただ外見だけで判断するならば、カラーのような穏やかな華やかさを思わせるだろう。しかし、私には彼が空へと真っすぐにのびる力強い杉の木だと思えたのだ。

「また、会えますか?」

「えっ?」

「こんな形で会うことになりましたが、友人になっていただきたいんです。僕にはあまりいないから。」

 正直、困惑した。彼が求めるのはたまに会って、楽しく言葉を交わして後腐れなく別れるような親しさではなく、連絡しあって互いを心配したり思いやったりするような関係に思えた。私には親しい人は両手に余るほどしかいない。そんな私に彼の期待に応えられるとは思えないのだ。

「あなたの周りには親しく言葉を交わす友人はいないのですか?」

「親友がいます。けどあなたのような平等な方はいません。」

「なぜそれほど私の友人になりたいのですか?」

「……」

「答えにくいのでしたら……」

「いえ!いえ、答えられます。僕にはしたいことがある。そのために信頼できる仲間が必要なんです。」

 彼の言葉は真実だと私の勘が告げた。

 疑問はたくさんあった。したいこととは何なのか、そのために私が必要だといったが、何ができるのか。

 一先ず、私は彼を安心させるために微笑んだ。今の私は安心できる雰囲気にはほど遠いだろうから。

「私でいいのなら。」

 ずいぶんと譲歩して下した決断だった。

「ありがとうございます。」

 彼はそう言ってかすかに微笑んだ。

 顔のさわやかさに似合わず、ずいぶんと意志が強いというかごり押しだというか。すくなくとも悪気はないのだろう。話によれば二十一だというから、私よりも四歳も上だ。だが、彼の方が年下のように思える。


 結局、実り(?)のある一日だった。さわやかなごり押し男と友人になったし、お見合いはたぶんご破算になったし。



 まぁ、いいんじゃない?

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