あなたを採用します
俺こと、水野圭祐は現在中学三年生。といっても、もうすぐ高校生になるのだが。
まあ、そんなことは置いといて、残り少ない春休みを満喫……しきれていなかった。
今日も今日とて、家の近くを特に用事もなくうろうろしていた。
今歩いているのだって、何か面白いことでもないかなー。ぐらいの考えでだ。
別に、家にいたって良かったのだが、なんとなく外の空気が吸いたくなったような気がしたんだ。
でも、家の近くではどこも普段と変わったところはないだろう。そんな気はしてたんだ。
実際、家を出てから十数分、特に変わったところはない。
「そろそろ帰るかなー」
と、回れ右をした時だった。
あった。あったよ変わったところが。
そこは、前通った時には何もなかったはずだ。まあ、空き地だと示す看板はあったが。
それが、どういうわけか、今はそこに店がある。
店の看板には、『道具屋』と書かれている。
それよりも、気になったのはその店の外観だ。
木だ。木でできている。
このあたりの建物は、ほとんどがコンクリートでできているはずだ。それなのに、この店だけ木造だ。
そして、こんな目立つのに、通行人は誰も見向きもしない。まるでここには何もないかのように。
とりあえず入ってみよう。この『道具屋』とやらに。
それで、少しは暇が潰せるだろう。
俺はドアの取っ手をつかむと、手前に引いた。ドアは何の抵抗もなくスッと開いた。
店の中に入ると、店中に様々な商品が置いてあった。そして窓が一つもない。壁や天井に何か白い物体が所々くっついていて、それがぼうっと光っている。そのおかげで店内は明るい。
店に置いてあるものは、本や皿、アクセサリー、メガネ、服、などなど。全く統一感というものがない。
おそらく、リサイクルショップか何かなんだろう。面白いものが置いてあるかもしれない。
そして、俺は店の奥の方に行ってみた。
レジカウンターみたいなところがあった。そこに商品を持っていって買うのだろう。
「そういえば、さっきから誰も居ないな」
客どころか、店員の姿も見当たらない。この店ほんとにやってんのかな。
と、人の気配を感じた。たぶんレジの後ろの方。ここからは見えないが。
「ちょっと見てみるか」
俺はレジまで行くと、上から後ろを覗いてみた。
人がうつぶせで倒れていた。
「だ、大丈夫ですか?」
近寄って声をかけてみると、その人はもぞもぞと起き上った。
長く伸びた白い髪。それはとてもつややかで
赤い右目に青い左目、それはまるで宝石のようで。
そしてその服装は、魔女のようで。
なんかのコスプレかなぁ。
そしてその人は、
「少しおなかがすいてしまって……」
と、力なく答える。
身長からして中学生、下手すると小学生。声も年相応に幼い感じだ。
しばらくお互いに言葉を発することなく見つめあった。
それにしても、この少女は何者なのだろうか。
状況からしておそらくここの店員だが、他に人がいる様子はない。それに、その恰好もかなりおかしい。ここの店主は一体何を考えているのだろうか。
などと考えていると、いつの間にか店の奥のドアの中に入っていった少女は、紙と財布を持って戻ってきた。
「あの……おつかいに行ってきてもらえませんか?」
少女は申し訳なさそうに尋ねてきた。
色々気にはなるが、特に断る理由もないので、
「いいですよ」
俺はあまり考えることなく承諾した。
「それでは、これをお願いします」
少女が紙と財布を渡してくる。そこには簡単な地図と店の名前、そして商品の名前が書いてあった。
そういえば、敬語じゃなくて良かったかな。俺の方が年上だろうし。まあいいや。
少女に頼まれたものは大福だった。数は三つ。店の名前は聞いたことがあったが、入ったことはなかった。
それにしても、会っていきなりおつかいを頼むとは、かなり不用心ではないだろうか。
財布をそのまま持ち逃げされるとは考えなかったのだろうか。
まだそんなことは思いつかないほど純粋なのかな。
などと考えているうちに、店の前に戻ってきていた。
店の中に入ると、少女はレジの所にいた。
「大福、買ってきましたよ」
まだ、敬語のままだった。
「お疲れ様です。それではこちらにどうぞ」
そう言うと少女は、店の奥のドアを開け、中に入っていく。俺もそれに続いた。
ドアの奥は、リビングダイニングだった。キッチンにテーブルにいすに、ソファー。テレビまである。
「ここに座っていてください」
少女は、いすの一つを指し示すと、俺から大福が入った袋を受け取り、キッチンに向かう。
やかんでお湯を沸かし、皿の上に大福を置いて、お湯でお茶を淹れている。
「どうぞ」
少女は、テーブルの俺の前の所に、大福が乗った皿と、お茶が入った湯のみを置いた。
大福とお茶。なんとも『和』な感じだ。とことん少女と合わない。
そして、少女は俺の向かいに座ると、
「それでは、いただきましょうか」
そう言って、大福を食べ始めた。
「あ、じゃあ、いただきます」
俺も大福を一口食べる。なかなかにうまい。
しばらく、黙々と大福を食べ、お茶を飲む。
少女は、大福を食べ終えると、
「あなたを採用します」
とだけ言った。
「…………………………はい?」
反応するのにずいぶんと時間が必要だった。
採用? おそらくアルバイトか何かだろうが、あいにく俺はバイトの面接を受けに来たわけじゃない。客として来たんだ。
しかし、困惑する俺にかまわずに、少女は色々と話し始めた。
まず、名前。シルクというそうだ。
そして、年はなんと、俺より上だそうだ。しかも十歳以上離れているとか。
さらには、その恰好はコスプレなどではなく、髪の毛も地毛で、目もオッドアイというやつで。
そしてそして、
魔法使い
だ、そうだ。
この妙に広かった店も、中の空間を魔法で広げているらしい。
しかし、それでも俺には信じられなかったので、
「じゃあ、証拠を見せてくれませんか? あなたが魔法使いだっていう証拠を」
百聞は一見にしかずというやつだ。実際に見れば、信じられると思う。
「……分かりました。あんまり使わない方がいいんですけど」
少女、シルクさんは、やれやれといった感じで呪文を唱え始めた。ただ、小さな声だったのであまり聴こえないし、聴こえてもその意味を理解できなかった。
そして、呪文を唱え始めてから数秒の後に、もう何も乗っていなかった皿に、俺の目の前の皿に、大福が現れた。
「どうぞ、召し上がれ」
シルクさんは、俺に食べるように促す。
俺はおそるおそる大福をつかむと、それを食べてみた。
うん、おいしい。さっきの大福と同じだ。
そして、シルクさんは大福が入っていた袋を持ってくると、俺に中を見せた。
なるほど、空っぽだ。さっき食べたのが最後の一つなんだろう。
俺が買ってきたのは三つ。ちゃんと数も合う。
「そこの袋の中から、そこのお皿の上に、大福を移動させました」
シルクさんが説明する。
「なんか、あっさりしてますね」
あまり驚きはなかった。だって、なぁ。
「あまり強力な魔法は、使いたくないんです」
シルクさんは、少し困ったような顔で言う。
「そうなんですか」
「そうなんです」
俺は、そこでやめておくことにした。
「それよりも――」
そう、それよりも、
「さっきの『採用』って何なんですか?」
そうだ、そっちの方が重要だ。
「何って、アルバイトですよ」
シルクさんはさらりと言う。
「やっぱり……。じゃ、なくて! 俺は、バイトの面接に来たんじゃないんです!」
そう。俺はバイトの面接に来たんじゃない。客として来たんだ。
「時給八百円でどうですか?」
しかし、シルクさんは俺にかまわず話を進める。
「あの――」
「あと、こんなことは言いたくありませんけど……。首を縦に振らないと、帰してあげませんよ?」
シルクさんは、笑顔でそんなことを言う。
しょうがない。どうやら従うしかないようだ。
「分かりました」
俺が首を縦に振ると、
「では、明日からお願いしますね」
シルクさんは、笑顔で言うのだった。
その後、しばらく話した後、俺はシルクさんに見送られながら店を出た。
はたして俺は、春休み終了直前に、魔法使いの店で働くことになってしまった。
もちろん不安もあるが、少し期待している俺がいたりする。
シルクさんだって、腹黒いかもしれないけど、悪い人には見えなかった。それに、すっごくかわいい。
とにもかくにも、明日からバイトが始まるんだ。今日は早めに寝よう。
「まあ、なんとかなるよなー」
そんなことをつぶやきながら、俺は家路についた。
この作品は、土台のようなものです。これから、書きたいことを書くための。
そのための『魔法』だったりします。
すでに、いくつか頭の中に話がありますが、この先どうなっていくかはまだ分かりません。
この作品が、僕と一緒に成長していく、そんな作品になればいいなと思っています。




