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プロローグ

 白。

 龍泉学園高等部の地に足を踏み入れてから、初めて見た色は白だった。

 当然、僕ら新入生を歓迎するように彩られた桃色の桜並木、まだ創立して間もない薄いグレーの校舎、受付の学生が着ている紺色の制服も目に留まったが、僕が見た色はそれでも白だった。

 純白とは穢れ無き童心、美しき乙女の象徴。青春の香りが導いたその色は、現代の穢れきった心の持ち主たちでは到底扱いきれない神々の産物。白とは最もポピュラーな色としても浸透している。着飾らないこと、基本形こそが最強であるという思想から白を選択するものは多い。僕はそれを否定はしない。

 だが、本当に白を選択しているのか? 白という無難な色に逃避し、白という色に踊らされているだけではないだろうか?

 僕は、最近の女学生たちに問いかけたい。

 君の選択した色は、本当に白なのかと。

 靴下の色は選ぶのに、ケータイの色も選ぶのに、ぱんつの色は白でいいのかと!

 白がまるでベーシックカラーのように、ランドセルの色はとりあえず赤で良いやとでも言うように、彼女らの多くが白いぱんつをはいている。折角桃色の風が女の子の股の下を滑走しようとも、そこで見ることが出来たものがどうにもしっくり来なければ落胆するのが男というものだろう。ぱんつならなんでもいいとかいう輩は帰れ。お前にぱんつを見る資格はない。

 とにかく、白という色は高等部女学生という立場になってから、凶悪なまでに難易度を要する色なのだ。これを履きこなすというのは、至難の業を極めるだろう。白をわざわざ選択すること。それがいかに難しいかを僕は理解しているつもりだ。

 そう、思っていた僕の前に、その白は現れたのだ。

 竜胆あかり先輩。

 腰まで伸びた黒髪を靡かせ、きらりと黒縁めがねを光らせ、新入生が校門にやってくるのを、敵を待ち構えていたかのような威圧感で迎える。皺一つ無い制服をきっちり着込み、スカートを小さく風に揺らしている。学園一の「感じの悪い女の子」として名を馳せることになる、龍泉学園屈指の優等生。

 僕は竜胆先輩を見た瞬間、電撃が走ったかのような強い痺れを感じた。手足の指先がじんじんと僕に何かを訴えかけるかのように、心臓の鼓動と同じペースでもどかしい痛みを送ってくる。僕の中に眠る野性的な本能が、彼女には近づくなと、否、あえて戦いに行けと告げている。僕は知らぬ間に、彼女のスカートから目が離せなくなった。

 彼女のぱんつが見たい。

 想像が出来なかった。いつもなら瞬時に女の子のベストぱんつを見極められる僕だが、その時の竜胆先輩のぱんつは想像出来なかった。ハイニーソックスに黒もありえただろう。薄い寒色系もありえた。流石にハイレグ系は無いだろうと思ったが、その考えも否定に容易かった。もはやあらゆるぱんつの可能性が、僕の脳内を太陽系を回る惑星のようにぐるぐると回っていた。

 一体、どんなぱんつをはいているんだ……。

 その一心で、僕は他の生徒の邪魔になることも厭わず、ただスカートが捲れ上がる瞬間を待った。その時間は石の上で百年の時を待つ男を思い出させるほどだったように思う。

 ふっ、と頬に風を感じた。細い指で輪郭をなぞられているかのような感触。風が言っている。さぁ、前を見なさい、あなたの望むものを見せてあげましょう、と。

 青き風が地を走って行くのが分かった。やがて風は彼女の足元へたどり着き、その魅力的なふとももに螺旋を巻くようにして駆け上がる。風とは着の身着のままに生きるもの。自らの目的も無く、ただ自分の欲求に合わせて走り回る旅人。決して彼らを迷惑な自由人などと称してはならない。僕らは、風が無ければぱんつの一枚さえ見ることが叶わないのだから。

 風は竜胆先輩のスカートに直撃すると、無残にもその姿を散らせて行った。

「きゃあっ」

 急いでスカートを上から押さえようとするが、遅い。むしろ、スカートとは押さえれば押さえようとするほど捲くれ上がるもの。片手では、どうにも出来ない。

 僕は小さく身を屈め、その中身を垣間見た。

「なっ、なにぃ!?」

 思わず叫んでしまった。

 春の陽光を瑞々しく反射させる白。レース柄も何も無い、完全無地の白ぱんつ。ぴっちりと肌に吸い付くようなサイズの選択ではなく、ほんの少しゆとりを持たせたことが伺える絶妙な皺加減が見える。お尻の形が完全に浮き彫りにならない、自然にそこにあるかのようなぱんつ。ほんのりと温かみさえ感じるそれは、衛生的にも完璧なぱんつ。洗ってから間もないぱんつは、太陽の香りさえするだろう。

 あれは、何だ……!

 まるで宇宙に星が誕生した瞬間を見たかのような衝撃。

 僕は震えていた。歯を食いしばり、それを必死に抑えていた。

「し、静まれぇぇ!」

 脚が、腕が、そのぱんつへと僕を誘おうとしている。

 そう、僕は思ってしまったのだ。あのぱんつに触れてみたいと。決して足を踏み入れてはならない禁断の場所へと、行きたいと願ってしまった。

 だがダメだ。

 あのぱんつに触れていいのは、彼女自身がそれを許したものだけだ。

 女の子のぱんつに触れること。それは不可能なことではない。しかし、彼女たちの想いを無碍にしてまでたどり着いて良い場所じゃない。女の子無くしてぱんつ無し。彼女たちの選択こそがその奇跡を生み、僕らを感動させる。

「くぅっ、なんて、なんて素晴らしい……!」

 あまりにも僕が挙動不審な行動を取っていたのか、意地悪な風から開放された先輩が僕のほうへ歩み寄ってきた。

「ど、どうしたの君。新入生よね? 何かあった?」

 近くで見ると、僕よりも少しだけ身長が低かった。上目遣いで覗き込むように彼女は言った。

 僕はついに、涙を流してしまった。鼻血も流している気がするが、気のせいにしておこう。

 罪悪感だ。ぱんつを見る側はいつもこんな幸せなのに、ぱんつを見られる側はいつだってそのことに気づいていない。彼女に、少しだけでもこの幸せを分けてあげられたら、なんて出来もしないことを夢想してしまう。

 僕はそこで、初めて彼女の苗字を知った。制服の胸元についた六つのバッチ。その横にピンで留められた名札には、『竜胆』と書いてあった。僕は、この名前を一生忘れないとその時に誓ったのだ。

「ねえ、本当に大丈夫? 調子悪いなら保健室に案内するけど……」

「大丈夫です。調子は悪いどころか絶好調です」

「そ、そう? あ、鼻血……」

「戦場で負った傷は勲章です。僕は、他の紳士たちのためにもここで血を流さなければならないんです。ですから、気にしないで下さい」

「良く分からないけど、痛々しいからティッシュ使いなさい」

「ありがとうございます」

 素直にポケットティッシュを受け取って、丸めて鼻に詰めた。

「入学式そろそろ始まるから急ぎなさい。体育館の場所は分かる?」

「はい、大丈夫です」

「そう、じゃあ行ってらっしゃい」

 先輩は綺麗な笑顔を浮かべて、僕の背中を叩いた。なんて温かい歓迎だろう、思わず良い意味でも涙しそうだった。でも、ちょっと待って欲しい。僕はあなたに伝えたい事があるんです。

「先輩、ティッシュありがとうございました」

「良いのよ。さ、早く行って」

「それと……」

 僕は右手の親指を立て、持てる限り最大の笑顔を見せつけ、左足を一歩後ろに下げた。

「最高の、ぱんつでした!」

 最大速力で逃げ――げふぅ!

 逃走を図ろうと後ろを向いた瞬間、僕の首を目掛けて長い腕が伸びてきた。それは確実に僕の襟を捕らえ、女の子のものとは到底思えない力で引き戻された。蟻地獄に捕らわれた蟻のようにもがいたが、無常にも捕食者は僕を完全に捕らえ、ドスの利いた声で囁くように言った。

「ごめんなさい突然引き止めてしまって。良く聞こえなかったんだけど、今、君、なんて言ったの」

 日本語学的には疑問文の語尾は上げて読むものなんですよ、先輩?

「パンツって、言わなかった? ねえ、言ったよね?」

「バリバリ聞こえてるじゃないですか!」

「言ったのね? ふうん、じゃあもう一つ質問するけど、何が最高のパンツなの?」

 一語一句漏らさず聞き取られてました。

「いえ、あ、その、ここの校舎ってなんかぱんつの形に似てませんか? なんか三角っぽいし」

「そうね。それで、何が最高のパンツなの?」

 聞いてらっしゃらない。心持、襟に加わっている握力が時間を経るごとに増している気がする。首が次第に絞まっていき、気道が確保できない。息が。

「正直に言って。私のを、見たのね?」

「ぐぐぐ、苦しいです先輩……」

「答えなさい。さもないとこのまま絞め殺すわよ」

 あれ、さっきまで優しかった先輩が鬼神のように見えるのは何故だろう。

「み、みました」

「色は」

「白です。無地の白色で、恐らく近くのスーパーで売っている上下セット1,050円のものかと思います」

「――っ!」

「ぐへぇっ!」

 身体がぐいっと浮き上がった。

 チョークスリーパー! 入ってる! 入ってる! うわぁ、胸とかも当たってなんかどうしたいいのか分からない! どちらにせよ何か気持ちいいかもしれない。

「君島くんというのね。君島くん、今すぐ私に関する記憶を全て消しなさい」

「なんか悲しい別れのシーンみたいなこと言わないで下さい! それに、恥ずかしがることはありません、あれは完璧なぱんつでした!」

「変なこと大声で叫ばないで頂戴。本当に締めるわよ」

「うぐぐぐ……しかし、僕はことぱんつに関しては自分に嘘をつきたくないっ。先輩のぱんつが最高だったということを忘れたくは無いっ!」

「くっ、変態だったのね君は。優しくしてあげた私が馬鹿みたいじゃない」

「馬鹿じゃありません! 先輩は最高です!」

「なっ、何を……」

 首を絞める腕がほんの少しだけ弱まる。これならなんとか抜け出せるかもしれない。少しだけ名残惜しいが。

「僕は感動したんです。先輩と、先輩のぱんつが奏でるものに。言うなれば最高の指揮者と最高の演奏者が一心同体となって音楽を奏でるようなもの。これを涙せずにはいられません。滅多に味わうことにできない究極の調和、それが先輩にはありました」

 するりと腕から抜け出すことに成功する。赤くなった首をさすりながら先輩へと振り返ると、顔を真っ赤にして口をパクパクさせている、なんだか面白い姿の先輩がいた。

「これはそう、まさに恋とも呼べましょう」

「こここここ、恋!?」

「そうです。一億六千万という日本、いえ、六十億強という人の数の中で見つけ出した、たった一つの出会い! これを恋や愛と呼ばずしてなんと呼びましょう!」

 思ってもいないことがポロポロ出てくる。僕の悪い癖だった。ぱんつに対して高説を垂れる時、どうにもやたらと誇張してしまう節がある。直さなきゃいけないと思っているのだが、まあぱんつに関しては嘘を言っているわけではないので諦めている。

「う、うぁぁぁぁ!」

 突然、発狂したような声を上げると、先輩は僕の両こめかみをがっちり掴む形で顔面を握りこんできた。所謂、アイアンクローという奴だ。というか、痛いっ!

「な、何なのよ君はっ! 分かったわ、誰かに嫌がらせを頼まれたんでしょう。罰ゲームでブスな女の子にラブレター送るような悪質な嫌がらせなんでしょう!」

 頭蓋骨を破壊せんとする勢いで力が込められていく。次第に僕の身体は桜散るアスファルトから離れていき、完全に持ち上がった。

「誰よ、誰に頼まれたの。(いつき)? あの子に頼まれたの?」

「い、樹って誰ですか? 僕は正直に自分の気持ちを口に出しただけです!」

「それはそれで恥ずかしいから嫌ぁぁぁ!」

 ふわっ、と僕の身体が浮き上がった。これはそう、アイアンクロー・スラム。相手の顔面を手のひら全体で掴んだまま持ち上げ、地面に叩きつける技。いや、死ぬよ僕。普通に。

「落ち着いてください先輩! ここはリングじゃありません、僕死んじゃいます!」

「君を殺して私は逃げる!」

「至極まともな意見だ!」

 反転、青空。

 僕の視界は綺麗な桜並木を通り過ぎ、雲ひとつ無い青空をいっぱいに捉えた。そう、白いぱんつとはまるで青空のようだ。どこか見るものを澄んだ気持ちにさせる。生まれたばかりの赤ん坊に抱く、母性的な優しさとも言える。空には鳥が飛んでいた。彼らが自由に大空を羽ばたけるように、僕の性癖も享受されないだろうか。

 この世界は美しいが故に生きにくい。僕は女の子がはくぱんつを軽々と見ることは出来ないし、そんなことしようものなら社会的な抹殺、場合によっては身体の拘束までされてしまうのだ。時には女の子から「きもーい」「死ね」と罵られ、同士からは勇者だと賛美を受けても彼らは僕を庇おうとはしない。結局、同士もぱんつより自分が大切なのだ。それはある意味では正しい生き方に思える。でも、僕は自分に嘘をつきたくない。最高のぱんつと、それをはきこなす最高の女の子さえ見つかればそれでいい。そのためならば、どんな罵声も受けよう。僕はこの世界で、ぱんつという女神を探しているのだ。罰を受ける事すら厭わない。

 龍泉学園高等部、中等部と比べ格段に短くなったスカート。神は僕に女神を探すチャンスを与えた。この学園でしか達成しえぬ僕の望み。それを叶えるための生活がこれから始まる。

 学園のすべての女学生。彼女たちのぱんつを僕がプロデュースすること。僕が望んだぱんつをはいた女の子しかいない、究極のユートピアを作ること。

 それが、僕こと君島幸一の望みだった。

 

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