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純愛

作者: LXXXVII
掲載日:2026/09/13

人生最大の恋だった。

薄暗い灰色の壁を見つめながら、君のことを思い出す。


プロローグ

「好きです。付き合ってください。」

雰囲気はばっちり。

この日のためにたくさん練習もしたし、告白をする場所も入念に下調べをしていた。

君は栗色の大きな瞳を見開いて、少し戸惑っているようだった。

しばしの沈黙の後、君はゆっくりと口を開く。

君は僕の気持ちに応えなかった。


1、主人公side(1年前)

ドラマや漫画では桜が満開だけれど、現実はもう散ってしまっている4月10日。僕は恋をした。

その日は入学式だった。クラス発表の紙を見ている生徒の中に、ひと際綺麗な女の子を見つけた。

栗色の瞳。横を通ればふんわりといい匂いのしそうなサラサラの茶髪。透き通るように白い肌。クラス名簿を見つめる凛とした横顔。

一目惚れだった。一瞬だけでもいいから、彼女の瞳に映りたいと思った。初めて見たのにね。


教室に入ると、そこに彼女の姿はなかった。

クラスが違ったのだ。

僕は絶望した。


僕は憂鬱な気持ちで帰路に着いた。

すっかり日が暮れて暗くなった景色は、気持ちが沈んでしまった僕の心を表しているみたいですごく不愉快だった。


1年生が入学して3日、初めての授業があった。1時間目と2時間目は選択授業だった。毎週火曜日に2時間、隣のクラスと合同である予定だ。

そこで彼女を見た。

運命だと思った。

彼女は、僕と同じ書道を選択していたのだ。


彼女に話しかけてみたい。

運のいいことに、彼女とは前後の席で、最初に話しかけるには環境は最高だった。


「た、田中さんだよね?よろしく…。」

僕はしどろもどろになりながらも、話しかけてみる。

彼女は一瞬きょとんとした顔をしたが、

「初めまして。今日からよろしくお願いします。」

と、微笑んでくれた。

最近の異常気象で発生する線状降水帯も、ダブルで発生するような台風も吹き飛ばしてしまうような、明るい笑顔だった。


こんな素敵な笑顔を、なんとも思っていない男に見せるはずがない。

きっと彼女も僕のことが好きなのだ。




2、田中side(現在)

私は書道が好きだった。

都市から少し離れた小さな町で、祖母は書道教室を営んでいた。

小さかった頃、休日に祖母の家に行くと書道教室の生徒さんが何人かいて、一緒に遊んでくれていた。

そこで興味を持った。

まだ4歳だったから漢字はよくわからなかったけど、黒い塊を水と一緒にすって、出来上がった液体を馬のしっぽみたいな棒でとり、ふにゃふにゃとした線を書いているのが何となくおもしろそうだと思ったからだ。

私は書道をやってみたくなり、週に1回、祖母の家に通って教えてもらうことにした。

母はおばあちゃんも大変だから迷惑でしょうと言っていたけれど、今思えば週に一回という高頻度で孫の顔が見れるのだから、祖母も嬉しかったのではないかなと思う。

4歳から書道を習っていた甲斐あってか、今では書道8段だ。


だからもちろん、高校の芸術選択は書道にしようと思っていた。

中学校の授業ではあまり書道はやらなかったし、書道部もなかったから、高校ではガッツリ書道ができると知って嬉しかったのを覚えている。

そう思うと受験勉強にも身が入り、無事に志望校に合格できた。


でもそんな私が、書道をやめたいと本気で思った出来事がある。




3、主人公side(9か月前)

僕と彼女はすぐに仲良くなった。僕も書道が好きで、彼女も書道が好き。

僕が10段を持っていると話すと、彼女は眩しいくらいの笑顔で、「すごいですね」と褒めてくれた。

ああ、やっぱり僕のことが好きなんだろうなあ。

僕は彼女と両思いだと確信した。

自分で言うのもなんだけど、僕はそこそこイケメンな方だとは思うし、なんせ書道が10段なのだから、彼女が僕を好きになるのは当然のことである。


だけど、引っかかることが一つあった。

彼女は僕に敬語のままなのだ。

最初の頃は、出会ってまだ日か浅い人には年齢関係なく敬語を使うタイプの礼儀正しい子なんだなとあまり気にしないでいた。

しかし、もう知り合って3ヶ月も経とうとしている。

さすがにおかしいのではないだろうか。敬語キャラなんて、アニメと漫画と小説でしか許されないよ!


仮に彼女が稀に見る敬語キャラだったとしても、辻褄は合わない。なぜなら、彼女は僕以外の人にはタメ口を使っているのだ。

なぜ僕だけ敬語?

僕の頭に疑問が浮かび上がった。が、すぐに結論が出た。

僕がイケメンで、書道10段で、尊敬すべき点が多すぎるから敬語なのだ。絶対にそうだと思う。尊敬してる人には敬語を使うからね、普通。


僕はニヤニヤしながら彼女の真剣な横顔を見つめた。

半紙にはかなり達筆な「煩悩」の文字。

僕は634メートルの東京スカイツリーくらい高い目線で、女子高生でここまで字が綺麗だとかっこいいなあと、心の中で批評した。




今思えば、この時の僕の脳内はお花畑であった。かなり馬鹿だったと思う。




4、田中side(9か月前)

1番最初の授業の時に、男の人に声をかけられた。

私と同じく書道が好きで、10段だという。すごいなと思った。

気になるのは異様に目が合うことくらいで、わりと好印象な人だった。


私たちはすぐに仲良くなった。

やっぱり趣味が同じだと、話が合うなあと思う。おすすめの半紙や筆、練習するのに最適な漢字など、書道についての知識をお互いたくさん共有した。

相手は色々なことを知っていた。さすが私より書道歴が長いだけある。7歳から始めたらしいけれど、もうかれこれ17年ほどやっているのだとか。



「ねえ、みゆ。あの人と関わるのやめなよ。」

急に友達から言われた。

「なんでそう思うの?」

すかさず問いかける。

友達はなんだか気まずそうな顔をする。

「だって…あの人なんか気持ち悪いよ。みゆに向ける目が。」

「そう?」

「とにかく、もう関わるのやめときな。せめてもう少し関わりを減らすとか…」

その時少し、友達のことがめんどくさいなと思う自分がいた。

「あー、わかったわかった!気をつけるから!」

私はそっけなくあしらった。





今思えば、この時の私の脳内はお花畑だった。あの時ちゃんと友達の忠告を聞いておくべきだったと思う。




5、主人公side(半年前)

入学してから半年が経った。

僕と彼女の関係は良好で、まだ告白はしてないけれど確実に付き合えそうな感じだ。


今日は文化祭。

彼女のクラスはメイド喫茶をやるらしい。僕は彼女のメイド姿を想像しただけで、危うく鼻血が出るところだった。


この学校には文化祭に関するジンクスがあるらしい。

文化祭の最後に花火が上がるのだが、その時に告白をすると必ず結ばれるらしいのだ。

これはいいチャンスだと思った。

先程述べたように僕と彼女の関係は良好だから、別に必ず結ばれるジンクスにあやかって告白をしなくても普通に付き合えるとは思う。

だけど、最近の女の子はムードとかロマンとかを大切にしているらしい。やっぱりロマンチックなことをした方が、彼女もきっと喜ぶだろう。


だから僕は、ロマンを演出するために事前準備をしていた。

花火がよく見えそうな教室を探し、その中でもなるべく職員室から離れた、人通りの少なそうな廊下沿いの空き教室をチョイスした。

あとは彼女を誘い出すのみ。

僕は大きく深呼吸をし、彼女のクラスへ足を進めた。


「おかえりなさいませ♡ご主人様♡」

一番最初に僕を出迎えてくれたのは、彼女ではなかった。彼女の友達の鈴木さんだ。

鈴木さんも可愛いとは思うが、今のところ僕は田中さん以外全く興味がないから無視をした。

僕は教室をぐるりと見回す。どこにも彼女の姿がない。

さっき無視をしてしまった手前かなり話しかけにくいが、鈴木さんに彼女の行方を尋ねることにした。

「田中さんはどこにいるの?」

鈴木さんは少し考えているような表情をする。自分の友達の居場所もわからんのかお前は。

「あ!みゆなら厨房で料理を作っていますよ!ぜひ食べて行ってくださいね!」


予想外の答えだった。

まさか彼女はメイド服を着ていないというのか!?

そういえば「文化祭でメイド喫茶をする」とは聞いていたが、別に彼女がメイド役をするとは誰も言っていない。

僕は絶望した。

でもメイド服の彼女が見られなくても、彼女の手料理を食べることはできる。

僕はちょうどお腹も空いていたし、オムライスを頼むことにした。


「お待たせいたしました!こちらご注文のオムライスになります!」

料理も鈴木さんが持ってきてくれた。

「おまじないをかけてもいいですか?」

丁重にお断りした。なぜなら僕は彼女以外に興味がないのだ。好きでもない女性の「萌え萌えきゅん♡」とかいう甘ったるい呪文など聞いて何が変わる。所詮オムライス、されどオムライスだ。

でも所詮オムライス、されどオムライスとはいえ、これは田中さんが作ったものである。僕のために丹精込めて作ってくれたものである。ありがたく頂くとしよう。

僕はオムライスを作っている彼女を想像しながら完食した。


厨房にいる人は衛生面もあってか休憩まで厨房から出られないということなので、僕は鈴木さんに彼女にメモを渡してもらうことにした。


「今日の18時に3階の空き教室に来てください。伝えたいことがあります。」




6、田中side(半年前)

今日は待ちに待った文化祭。

天候にも恵まれて、いい文化祭日和だ。

私のクラスはメイド喫茶をやるということに決まり、私は厨房でパフェを作る係にした。

女子はほとんどメイド役に行ってしまったけど、私はそういうフリフリした服を着るのがあまり得意ではないから、裏でパフェを作っている方が性に合っていると思う。友達のりあはメイド役になるということで、少し寂しいなと思った。


厨房では後藤くんがオムライスを作っていた。後藤くんはラグビー部ですごくガタイがよく、強面だからこんなに美味しそうなふわふわオムライスを作れるのはかなりのギャップである。私も休憩の時間になったら食べてみたいなと思った。


私が厨房でせっせとパフェを生産していると、あっという間に交代の時間になっていた。

休憩時間はりあと校内を回る予定だから、急いでエプロンを脱ぐ。


教室を出ると、すでにメイド服を脱いだりあが待っていた。

「もー遅いよ!いや全然いいけどね!笑」

「ごめんごめん、思ったよりも固く結んじゃっててエプロン脱ぐの大変で。」

私たちはマップを見ながら足を進める。

「さっき月木来てたよ。みゆのこと探してた。けどみゆ厨房から出れなかったからさ、メモ受け取っといたよ。」

「え、、?なんだろ、ありがとう。」


りあから受け取ったメモにはこう書かれていた。


「今日の18時に3階の空き教室に来てください。伝えたいことがあります。」




7、鈴木side(現在)

みゆと月木は仲が良かった。

書道という共通の趣味があるのだから、仲良くなるのも当然だと思う。

みゆは月木をすごく尊敬していた。

月木もみゆを尊敬していた。

でも、私にはその二人の関係がどうしても気持ち悪く見えていた。

特に月木。みゆに向けるあの目は、なんだかゾッとするものがある。

言葉では言い表せないような、二人の間にあってはならないような関係性を感じる目だった。


半年前の文化祭の日、みゆに渡してと月木から受け取ったメモ。

丁寧に折られた紙の裏からうっすら透けて見えた「来てください」の文字。


あの文字が見えていなければと思うと本当に恐ろしい。

でも、

私があの時、メモの内容を全部見ていたら、みゆが月木の元に行くのを止められていれば、みゆは書道を嫌いにならなかったのかな。




8、主人公side(半年前)

朱く染まった空き教室で、僕は一人立っていた。

彼女が来る前に告白の練習をしようと思ったのだ。

何度も何度も、家で考えてきた言葉を繰り返す。

「好きです。付き合ってください。」

たった二言の簡単な文章なのに、言葉が詰まってなかなか出てこない。

まだ本番じゃないのに、自分で思っている以上に緊張してるみたいだ。

もし彼女に拒否されたら。

焦るな月木進一。お前はそんな男じゃないだろう。たった二言だ。何を恐れている。彼女との関係は良好じゃないか。今更心配することなどない。ただ真っ直ぐ、己の気持ちを伝えるのみ!

僕は自分の頬を平手打ちした。



18時3分。

さっきまでの朱い空が嘘のように辺りはすっかり暗くなってきた頃、教室のドアが開く。

僕は小さく深呼吸をして、ゆっくりドアの方へ目をやる。


彼女は約束通り、僕の元へ来てくれた。

僕は嬉しさのあまり笑みがこぼれそうだった。

誰もいない空き教室。君と僕の二人きり。

彼女は窓にもたれかかってる僕の横に来た。


「遅れてごめんなさい。」

君は謝った。いいんだよ、3分くらい。そんなの遅刻じゃないさ。

「急に誘ったのは僕だから気にしなくていいよ。どうしても田中さんと花火が見たかったんだ。」

「ありがとうございます。」

彼女は柔らかい笑みを浮かべた。

こんなに可愛い顔を僕に見せていいのか。いや、むしろ僕にしか見せない表情なのかもしれない。

僕と彼女は他愛もない会話をした。


もうすぐ花火が上がるからか、グラウンドの方がガヤガヤしてくる。

そろそろ頃合いだ。


僕は2歩前に進んで、彼女の方へ振り返る。

小さな深呼吸をして、口を開いた。


「好きです。付き合ってください。」

雰囲気はばっちり。

この日のためにたくさん練習もしたし、告白をする場所も入念に下調べをしたんだ。

僕たちは結ばれる運命なんだ。

君は栗色の大きな瞳を見開いて、少し戸惑っているようだった。

しばしの沈黙の後、君はゆっくりと口を開く。

君の口から聞こえたのは、僕が想定していない言葉だった。




9、田中side(半年前)

「ごめんなさい!」


何が何だかわからなかった。

告白されたの?私が?月木に?嘘でしょ。だって彼は…。

ありえない、ぜんっぜん理解できない。

これって一体どういう…


悶々考えていると、突然ガッと肩を掴まれる。


「なんでOKじゃないんだよおおおお!!!!」

月木の叫びともに、私は床に押し倒された。

何が起きているのか、全然状況が分からない。

私は目の前が真っ暗になった。


そのあとのことはよく覚えていない。




10、鈴木side(半年前)

「なんでOKじゃないんだよおおおお!!!!」


叫び声が聞こえた。恐らく3階の教室の方。月木の声だ。

私は3階までの非常階段を急いで駆け上がる。途中で掃除用具入れから長めのホウキを手に取った。



「みゆから離れてください!!!月木先生!!」

私が駆けつけた時にはもう遅くて、月木の足元にブラウンのブレザーが落ちていた。

私は無我夢中でホウキを振り回す。

女子高生一人で目の前の成人男性に勝てるはずないのに。

でも、私は目の前にいる親友を、守らなきゃいけないんだ。


「黙れえええええええええええええ」

月木が拳を振りかざす。

でも私はここで負けるわけにはいかないんだ。

私は必死でホウキで抵抗した。

しかしそれも虚しく、月木の拳が私に迫ってくる。

もうだめだと、目を瞑ったその瞬間


「何をしてるんだ!!!!」

月木の拳が止まった。

騒ぎを聞きつけた体育教師が、刺股を持って駆けつけてくれたらしい。

「田中さんは、彼女は、僕のことが好きなはずなんだああああ!!!!」

月木は体育教師目掛けて拳を振りかざす。

が、17年間書道と勉強しかやってこなかった貧弱な体は、あっけなく体育教師の刺股に収められてしまった。


私はみゆに駆け寄って抱きしめた。

幸い、脱がされたのはまだブレザーだけだったみたいで、大事には至っていなかった。


月木は警察に捕まった。

教師という身で、女子高生を好きになった挙句、告白を断られたからと猥褻行為に及ぼうとしたのだから当然のことである。

5年くらいは出てこれないとのことだった。




11、鈴木side(現在)

みゆは月木のことを思いだしてしまうからと、書道をやめてしまった。

男性が怖くて、しばらく外にも出られなかった。


私は月木のことを一生許すつもりはない。

いくら捕まったとはいえ、月木は5年ほど経てば出てきてしまうわけで、そしたらみゆの元に再び現れる可能性は大いにある。


みゆが無事で本当に良かった。




12、田中side(現在)

あの時りあが助けに来てくれたおかげで、私は今があると思う。

来てくれなかったら、月木に何をされていたのか…考えるだけでも吐き気がする。

私は月木に好意を持たれている自覚が全くなかった。だって普通先生が自分のこと好きだとは思わないから。


私は書道をやめた。

大好きで、楽しかったけれど、筆を握るとどうしても月木の顔が思い浮かんで、吐いてしまう。


更生することはあるのかな。




エピローグ

僕は暇な時、彼女との甘い恋の思い出を思い出す。何度思い返しても、彼女が僕を嫌いになる点は見つからず、あの告白の返事は嘘だったようにも思える。そうだ、きっと嘘に違いない。突然の告白で戸惑いすぎてなんと返したらいいか分からず、思わず「ごめんなさい」と言ってしまったのだ。そういうところもいとおしいなと思う。


懲役が終わったら、彼女に会いに行こう。

彼女は僕のことが好きだから、きっと快く迎えいれてくれるはずだ。

今度こそ一緒に幸せになろうね。

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