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婚約破棄されたので辺境へ消えたら、冷酷公爵が異常なまでに溺愛してきます〜浮気男と略奪令嬢は復讐対象です〜

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/08

 ――最低。


 それが、リシェル・アルヴェーンの第一声だった。


「リシェル、お前との婚約は破棄する」


 王城の大広間。


 貴族どもが並び、楽団が止まり、ワイングラスを持っていた連中までもが「おっ」と顔を上げる。


 そして、婚約者だった男――レオニス・バルディアは、まるで自分が悲劇の主人公みたいな顔をしていた。


 いや、浮気した側だろうが。


「理由を、お聞きしても?」


「お前は嫉妬深く、陰湿だ。私は真実の愛を見つけた」


 その瞬間、レオニスの腕に絡み付いた女が、勝ち誇った顔で笑った。


 ミレイユ・フォスター。


 最近やたらとレオニスの周囲をうろついていた伯爵令嬢だ。


「リシェル様って怖いんですものぉ。レオ様、ずっと苦しんでおられて……」


「は?」


 思わず声が漏れた。


 いや待て。


 苦しんでたのは私だ。


 夜会のたびに消える婚約者。増えていく香水の匂い。堂々とした腕組み。隠す気ゼロの不倫。


 しかもコイツ、私の金で女に宝石買ってたからな?


 終わってる。


「レオニス様」


「なんだ」


「私、貴方の浮気の証拠、全部持ってますけど」


 空気が凍った。


 レオニスの顔色が変わる。


 ミレイユの笑顔が引きつる。


 リシェルはニッコリ笑った。


「南街区のホテル。宝飾店。あと別荘。三股だったんですね」


「なっ――!?」


「ちなみにお相手、ミレイユ様だけじゃありませんでしたよ」


 ざわぁっ、と会場が揺れた。


 ミレイユがレオニスを見る。


「えっ……? 三股?」


「ち、違う!!」


「違わねぇだろうがよ」


 低い声が響いた。


 その瞬間。


 会場の空気が、一気に変わる。


 入口に立っていたのは、黒の軍服を纏った長身の男。


 銀髪。


 鋭い赤眼。


 王国最強と呼ばれる辺境公爵。


 ゼルヴァイン・クロード。


「氷血公爵……!」


 誰かが息を呑む。


 リシェルですら驚いた。


 なんでここに。


 ゼルヴァインは真っ直ぐ歩いてきて、リシェルの前で止まった。


「迎えに来た」


「……はい?」


「手紙を寄越しただろう。“仕事を下さい”と」


 あ。


 出した。


 婚約破棄されたら王都に居場所なくなるから、半分ヤケで辺境勤務希望の手紙送った。


 返事来てなかったから忘れてた。


「採用だ」


「早くないですか?」


「お前、計算能力高いし書類仕事速い。あと顔が好みだ」


「最後なんです?」


 周囲がザワつく。


 レオニスが青ざめた。


「ま、待て! リシェルは俺の――」


「元婚約者だろ」


 ゼルヴァインが冷たく言い放つ。


「しかもお前、有責側だ」


「……っ」


「浮気した挙げ句、婚約破棄を女に押し付ける。男として終わってんな」


 強い。


 言葉が強い。


 でも全部正論だった。


 ミレイユが涙目でレオニスに縋り付く。


「レオ様……三股って本当……?」


「ち、違――」


「違わない証拠ならこちらに」


 リシェルは鞄から書類を取り出した。


 調査報告。


 領収書。


 密会記録。


 完璧である。


 レオニスが絶望の顔になった。


 そしてミレイユは叫んだ。


「最低っ!!」


「お前が言う?」


 リシェルのツッコミが綺麗に入った。


 ◇


「というわけで、辺境へようこそ」


「説明雑すぎません?」


 馬車を降りたリシェルは、目の前の巨大な公爵邸を見上げた。


 雪深い辺境。


 冷たい空気。


 なのに。


「暖炉近くに座れ」


「はい」


「寒いだろ」


「はい」


「毛布追加しろ」


「至れり尽くせりですね?」


 ゼルヴァインの溺愛が、初日から重かった。


 しかも仕事ができる。


 顔も良い。


 部下から慕われてる。


 なんだこのハイスペック。


 欠点どこ。


「……あの、なんでそんな親切なんです?」


 尋ねると、ゼルヴァインは少しだけ目を逸らした。


「昔、お前に助けられた」


「え?」


「十年前。王都で倒れてた俺にパンをくれたガキがいただろ」


 リシェルは目を見開いた。


 いた。


 ボロボロの少年。


 貴族街の隅で蹲っていた子供。


「……あれ、貴方だったんですか」


「あぁ」


 ゼルヴァインは静かに笑った。


「ずっと探してた」


 その言葉が、胸に落ちる。


 熱い。


 泣きそうになる。


 婚約者に裏切られて、全部失ったと思っていたのに。


 ちゃんと見ていてくれた人がいた。


「だから今度は俺がお前を守る」


 反則だろ、そんなの。


 リシェルは顔を押さえた。


「無理です」


「何がだ」


「今ので惚れない女いると思います?」


 一瞬、沈黙。


 次の瞬間。


 部下達が「うおおおおお!!!」って盛り上がった。


 ゼルヴァインは無表情のまま耳だけ赤かった。


 ◇


 一方その頃。


 レオニスは終わっていた。


「なんでこうなるんだ!!」


 三股発覚。


 横領発覚。


 さらにリシェルが管理していた領地運営が崩壊。


 破産寸前である。


 そしてミレイユもまた社交界で孤立していた。


「リシェルの婚約者を奪った女」


 そう陰口を叩かれ続け、ついに逆上した彼女は辺境へ向かった。


「全部、アンタのせいよ!!」


 公爵邸へ怒鳴り込む。


 だが。


「うるさい」


 ゼルヴァインが一言で黙らせた。


 怖すぎる。


 ミレイユが震える。


「リシェルを傷付けた奴は嫌いだ」


 静かな声だった。


 だが、その圧だけで空気が割れる。


「二度と近付くな」


「ひっ……!」


 ミレイユは泣きながら逃げ出した。


 完膚なきまでの敗北である。


 ◇


「……終わりましたね」


「あぁ」


 雪が降っていた。


 辺境の夜。


 静かなバルコニーで、リシェルは空を見上げる。


「復讐って、もっとスカッとすると思ってました」


「虚しいか?」


「少しだけ」


 するとゼルヴァインは、そっと彼女の肩を抱いた。


「なら忘れろ」


「え?」


「これからは、お前が幸せになることだけ考えろ」


 優しい声だった。


 リシェルは目を細める。


「……甘やかしすぎでは?」


「嫌か?」


「大好きです」


 即答だった。


 ゼルヴァインが僅かに笑う。


 氷血公爵。


 冷酷無慈悲と恐れられる男。


 だけどリシェルにだけは、驚くほど甘かった。


「結婚するか」


「流れでプロポーズしました?」


「嫌ならやり直す」


「嫌じゃないです」


 雪が降る。


 静かな夜だった。


 裏切りも、涙も、全部乗り越えて。


 ようやく掴んだ幸せを、リシェルは確かに抱き締めたのだった。






音声


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