婚約破棄されたので辺境へ消えたら、冷酷公爵が異常なまでに溺愛してきます〜浮気男と略奪令嬢は復讐対象です〜
――最低。
それが、リシェル・アルヴェーンの第一声だった。
「リシェル、お前との婚約は破棄する」
王城の大広間。
貴族どもが並び、楽団が止まり、ワイングラスを持っていた連中までもが「おっ」と顔を上げる。
そして、婚約者だった男――レオニス・バルディアは、まるで自分が悲劇の主人公みたいな顔をしていた。
いや、浮気した側だろうが。
「理由を、お聞きしても?」
「お前は嫉妬深く、陰湿だ。私は真実の愛を見つけた」
その瞬間、レオニスの腕に絡み付いた女が、勝ち誇った顔で笑った。
ミレイユ・フォスター。
最近やたらとレオニスの周囲をうろついていた伯爵令嬢だ。
「リシェル様って怖いんですものぉ。レオ様、ずっと苦しんでおられて……」
「は?」
思わず声が漏れた。
いや待て。
苦しんでたのは私だ。
夜会のたびに消える婚約者。増えていく香水の匂い。堂々とした腕組み。隠す気ゼロの不倫。
しかもコイツ、私の金で女に宝石買ってたからな?
終わってる。
「レオニス様」
「なんだ」
「私、貴方の浮気の証拠、全部持ってますけど」
空気が凍った。
レオニスの顔色が変わる。
ミレイユの笑顔が引きつる。
リシェルはニッコリ笑った。
「南街区のホテル。宝飾店。あと別荘。三股だったんですね」
「なっ――!?」
「ちなみにお相手、ミレイユ様だけじゃありませんでしたよ」
ざわぁっ、と会場が揺れた。
ミレイユがレオニスを見る。
「えっ……? 三股?」
「ち、違う!!」
「違わねぇだろうがよ」
低い声が響いた。
その瞬間。
会場の空気が、一気に変わる。
入口に立っていたのは、黒の軍服を纏った長身の男。
銀髪。
鋭い赤眼。
王国最強と呼ばれる辺境公爵。
ゼルヴァイン・クロード。
「氷血公爵……!」
誰かが息を呑む。
リシェルですら驚いた。
なんでここに。
ゼルヴァインは真っ直ぐ歩いてきて、リシェルの前で止まった。
「迎えに来た」
「……はい?」
「手紙を寄越しただろう。“仕事を下さい”と」
あ。
出した。
婚約破棄されたら王都に居場所なくなるから、半分ヤケで辺境勤務希望の手紙送った。
返事来てなかったから忘れてた。
「採用だ」
「早くないですか?」
「お前、計算能力高いし書類仕事速い。あと顔が好みだ」
「最後なんです?」
周囲がザワつく。
レオニスが青ざめた。
「ま、待て! リシェルは俺の――」
「元婚約者だろ」
ゼルヴァインが冷たく言い放つ。
「しかもお前、有責側だ」
「……っ」
「浮気した挙げ句、婚約破棄を女に押し付ける。男として終わってんな」
強い。
言葉が強い。
でも全部正論だった。
ミレイユが涙目でレオニスに縋り付く。
「レオ様……三股って本当……?」
「ち、違――」
「違わない証拠ならこちらに」
リシェルは鞄から書類を取り出した。
調査報告。
領収書。
密会記録。
完璧である。
レオニスが絶望の顔になった。
そしてミレイユは叫んだ。
「最低っ!!」
「お前が言う?」
リシェルのツッコミが綺麗に入った。
◇
「というわけで、辺境へようこそ」
「説明雑すぎません?」
馬車を降りたリシェルは、目の前の巨大な公爵邸を見上げた。
雪深い辺境。
冷たい空気。
なのに。
「暖炉近くに座れ」
「はい」
「寒いだろ」
「はい」
「毛布追加しろ」
「至れり尽くせりですね?」
ゼルヴァインの溺愛が、初日から重かった。
しかも仕事ができる。
顔も良い。
部下から慕われてる。
なんだこのハイスペック。
欠点どこ。
「……あの、なんでそんな親切なんです?」
尋ねると、ゼルヴァインは少しだけ目を逸らした。
「昔、お前に助けられた」
「え?」
「十年前。王都で倒れてた俺にパンをくれたガキがいただろ」
リシェルは目を見開いた。
いた。
ボロボロの少年。
貴族街の隅で蹲っていた子供。
「……あれ、貴方だったんですか」
「あぁ」
ゼルヴァインは静かに笑った。
「ずっと探してた」
その言葉が、胸に落ちる。
熱い。
泣きそうになる。
婚約者に裏切られて、全部失ったと思っていたのに。
ちゃんと見ていてくれた人がいた。
「だから今度は俺がお前を守る」
反則だろ、そんなの。
リシェルは顔を押さえた。
「無理です」
「何がだ」
「今ので惚れない女いると思います?」
一瞬、沈黙。
次の瞬間。
部下達が「うおおおおお!!!」って盛り上がった。
ゼルヴァインは無表情のまま耳だけ赤かった。
◇
一方その頃。
レオニスは終わっていた。
「なんでこうなるんだ!!」
三股発覚。
横領発覚。
さらにリシェルが管理していた領地運営が崩壊。
破産寸前である。
そしてミレイユもまた社交界で孤立していた。
「リシェルの婚約者を奪った女」
そう陰口を叩かれ続け、ついに逆上した彼女は辺境へ向かった。
「全部、アンタのせいよ!!」
公爵邸へ怒鳴り込む。
だが。
「うるさい」
ゼルヴァインが一言で黙らせた。
怖すぎる。
ミレイユが震える。
「リシェルを傷付けた奴は嫌いだ」
静かな声だった。
だが、その圧だけで空気が割れる。
「二度と近付くな」
「ひっ……!」
ミレイユは泣きながら逃げ出した。
完膚なきまでの敗北である。
◇
「……終わりましたね」
「あぁ」
雪が降っていた。
辺境の夜。
静かなバルコニーで、リシェルは空を見上げる。
「復讐って、もっとスカッとすると思ってました」
「虚しいか?」
「少しだけ」
するとゼルヴァインは、そっと彼女の肩を抱いた。
「なら忘れろ」
「え?」
「これからは、お前が幸せになることだけ考えろ」
優しい声だった。
リシェルは目を細める。
「……甘やかしすぎでは?」
「嫌か?」
「大好きです」
即答だった。
ゼルヴァインが僅かに笑う。
氷血公爵。
冷酷無慈悲と恐れられる男。
だけどリシェルにだけは、驚くほど甘かった。
「結婚するか」
「流れでプロポーズしました?」
「嫌ならやり直す」
「嫌じゃないです」
雪が降る。
静かな夜だった。
裏切りも、涙も、全部乗り越えて。
ようやく掴んだ幸せを、リシェルは確かに抱き締めたのだった。
音声




