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平民隊長の最後と…

掲載日:2026/02/21

初めての投稿です。諸々拙い所はご容赦願います。

「見事な負け戦だな、おい」


言いながら男が槍を振るえば味方の兵が二・三人吹き飛んだ。軽いとはいえ全身傷だらけでありながら、この膂力を見せつける男は敵軍からすれば脅威だ。勝ち戦で死にたくはない、そう思う心が芽生えれば身を捨て味方を逃がすためだけに奮戦しているの男に勝負を挑む者は少なくなる。死ねば褒賞を貰えないのだから。


「俺達の意見が通らなかった時点で負け確だったろうが!」


先の男に答えを返しながらもう一人の男もハルバードを横薙ぎにする。やはり自軍の兵が数人吹き飛んだ。


「負け戦の為に建てた策が役に立つってなぁ、何とも言えねぇ気分だぜ!っらぁぁあっ!!」


「人死には少ない方がいいじゃねぇ…かっよぉっ!!」


勇気と無謀を履き違えた……命令に忠実だったのか手柄に目が眩んだのか、数人の兵が二人に挑みかかるも槍とハルバードに吹き飛ばされる。


「そろそろいいだろ。おい、お前ら!!無駄死にしねぇようにゆっくり追ってこいよ!」


「死んだら終いなんだからな」


潮時を見定めた二人の男は死地に不似合い過ぎる明るい声で叫ぶと馬を走らせた。男達もそうだが、駆っている馬もまだ体力を残しているのが驚異的だ。人も馬も自分達寄せ集め兵とは違う生き物だと理解させられた。走り去る二騎を追う者は居ない。




「そろそろの筈だが……お、いたな」


「流石は俺の仲間だ、しっかりと仕事している」


馬を走らせ二騎は半刻を駆けたところで味方の一団と合流を果たす。槍を手にした男の策通りだ。


「隊長!副隊長もよくご無事で!!」


「おう、まだまだこんなもんで敵に殺られてはやれんさ」


槍の男が馬を降りながら言えば


「大半は返り血だからな」


ハルバードの男も意気揚々と口にする。どこまでが事実かわからないが、それを聞いた二人の部下達は口々に褒め称え気勢を上げた。


「大将達は陣幕か?」


「…はい。総大将は一目散に逃げて行方不明、陣幕には副大将と……」


「わかった、行ってくるわ。オメーらは次の準備をしといてくれ」


「了解です!」


指示を出せば様々に動き出す部下達。それを見ることなく二人は奥にある陣幕へ足を向ける。



「ボードウィンだ、失礼する」


「カルストです、同じく」


緊急時にわざわざ許可を持つことはしない、一声ずつかけて入り口の幕を潜った。


「……よく戻ってきてくれた」


重々しく口を開いたのは髭を蓄えた偉丈夫だ。髪や髭に白いものが多く、寄る年波を感じさせる。歳上であり爵位も高い人物でありながら平民のボードウィン等に対して労いを口にするあたり、人格の高さも備えているとわかる。


「無事でよかった」


偉丈夫の隣に立っている人物からも声がかかった。戦場には似つかわしくない鈴を転がしたような美しい声。


「副大将も令嬢将軍もご無事でなにより!」


大げさなくらいに声を張り上げたボードウィン。その言葉に令嬢将軍と呼ばれた人物は苦笑した。呼び方が気に入らないけれど、軍のトップクラスと麗しき令嬢将軍が敗残兵と共に居ると知らしめ士気を上げたいのだと彼女は分かっている。だから苦笑で済ませたのだ。平時であれば口喧嘩に発展していたろう。


「休憩はとれましたかい?」


カルストの問いに頷く副大将。簡単な食事も済ませたことも告げ、次に移る意思を見せた。


「ならこのまま先に退いて下さいや、俺達もここで小休憩してから追いますんで」


カルストが言う。


「私も残りましょう、少しでも兵がいた方がよいでしょうから」


令嬢将軍の言葉に今度はボードウィンが苦笑を浮かべた。


「いやいや令嬢将軍も退いてもらわないと意味が無い。大将の威信がガタガタになったんだ、副大将と令嬢将軍は無事に退いてもらわにゃ後が続かねぇ。誰が国の支柱になるんです?」


慌てて理屈を重ね押し留めるカルスト。お前が言えよとボードウィンを睨むが知らぬふりを決め込んでいる。


「ですがそれでは貴方達が犠牲に…」


「それが俺達平民部隊の仕事だ。お偉い様のために命張って、生き残った奴が褒美を貰える。そうだろ副大将?」


言い募る令嬢将軍にヤレヤレといった風情でボードウィンが口を出す。水を向けられた副大将は重々しく頷いた。


「それでもっ!!」


「そうやって言ってくれるだけで俺達の仲間は喜んで戦いに赴くだろうさ。その後は俺達の領分、任せて先に行くのがお偉い様の領分だ」


ボードウィンの正論に形のいい唇を噛みしめる令嬢将軍。副大将とて理解はしていても納得は出来ていない、眉根を寄せ苦虫を噛み潰したような顔をしている。立場からそう成すべきと無理矢理飲み込んでいるのだ。


「先に逃げた大将まで守ることになるのは業腹だが、そんな顔してくれるお二人さんの為ならと納得出来る。だから先に行って準備したらさっさと国境を越えてくださいや。その合図が早けりゃ早いほど俺達が逃げられる確率も上がりますんで」


カルストが敢えて笑顔を見せ戯けたので雰囲気が幾らか軽くなった。それからすぐに副大将が撤退を伝令に伝え走らせた。令嬢将軍にも声をかけ副大将は陣幕を出ていく。


「……………………」


「あー…俺ぁちょっと外に出…」


「二人共…どうか無事に」


「ああ」


「お前、もうちょっとこう言い方が…」


「気にしないわカルスト、彼はずっとこうだもの。粗雑な彼と陽気な貴方、本当にいいコンビだわ。一見合わなさそうだけれど」


「腐れ縁ってやつですよ、コイツに負けたくねぇってがむしゃらに走ってここまで来ただけで」


「…お前が追い立てて来るから前を走るしかなかっただけだ。お前がいなければここまで来てないぞ、俺は」


「ふふっ、本当に負け戦の戦場に居るのかしら?こんな話を笑いながらしているなんて」


戦場でもたおやかに麗しく笑う令嬢将軍。全軍の憧れを一身に集める存在も、今は年相応の…ただ一個の人間だった。


「……行くわ。絶対に戻ってきなさい。なるべく兵達も無事に帰して上げて」


残した言葉は貴族の仮面を被った令嬢将軍に相応しいもので。


「わかった」


「令嬢将軍のご命令とあらば」


応える二人は……いつも通りの無骨さと、冗談めかした拝礼で。


令嬢将軍は後ろ髪を引かれながらも陣幕の出、そこに牽かれてきた乗騎に跨る。


「撤退します、作戦通りの物を所持し殿軍が待機する場所へ運びなさい。誇り高く勇猛な彼等を生かすも殺すも私達次第!!手抜かりがあればこの手で斬り捨てます!進発せよっ!!」


先程までとは違う、凛々しい令嬢将軍の檄に敗残兵とは思えない咆哮が轟く。いかに慕われているのか改めて実感させられるボードウィンとカルスト。


「女にしとくのが勿体無ぇな。あのお方が男なら勝ってたろうよ」


「言ってやるな、アレが一番思ってるだろうさ」


「それはそうなんたが…アレは無いだろう?」


「アレでいい。その方がアレも喜ぶ」


「へいへい、そーですか。全く…それで何度ヒヤヒヤさせられたか。周りに聞かれたら取っ捕まるってのに」


「知らんさ、そんな事は。それより俺達も飯だ、四半刻休んで出るぞ」


「わかった」


率先して部隊に声をかけていくボードウィンを眺め、馬鹿なヤツだとボヤくカルスト。色々と思うところがあるが、全ては帰ってからだと頭を振り雑念を落として指示に走った。




それから数時間後………




「ここが最終地点だな」


「ああ、しっかり矢避けも置いてある。令嬢将軍からのラブレターだな」


休憩を終え撤退を再開した二人の隊は幾度となく追撃をイナして逃げ続けた。先発の隊が撤退路に残していった

武器や矢を補給しつつ戦っては逃げ、逃げては戦って。ようやく自国の境近くにある川にまで辿り着いた。

あと一息、その安心感がカルストに軽口を叩かせる。


「そんな色気があるのかアレに?」


「そりゃあるだろうさ。最も書くよりも貰うほうが多いだろうがな!」


ボードウィンも安心感からか軽口に応えてみせたが、続くカルストの言葉にほんの一瞬だけ表情を歪ませた。


カルストは思う、馬鹿な男だと。腹の底まで令嬢将軍に信服し自分から殿軍を引き受けるくらいなのだから、言葉に態度に出せばいい。戯けて口にするだけでもだいぶ心が軽くなるのにそれをしない。令嬢将軍の方も、どう思われているか分かっていながら線を越えなかった。貴族と平民、どうにもならないからと理性を働かせ心を押し留めた。賢いのだろうけれど馬鹿だ。仕方が無いとはいえ不器用過ぎる。

自分とて令嬢将軍の為なら死んでやるくらいは簡単だ。それを真面目には言わず、酒の席で茶化し口にした。微笑みながら生きて帰ってくる方が嬉しいと言われ、それだけで満足出来た。その器用さがこの男には無い。トップになって部隊を率いれば必ず勝ってきた男のくせに、何故これだけ不器用なのか?本当に分からないとカルストは呆れてきたのだ。



「とにかく、ここでもう一踏ん張りだ。敵さんもここで追いつけなけりゃ諦めるだろうよ」


ひとりごちたカルストだったがすぐに切り替えた。


「そうだな……最後は俺がやる。矢を打ち尽くしたら退けよ?」


「そういうわけにはいかねぇよ、他の奴らも納得しねぇだろうさ」


カルストの言葉に周りの兵達もそうだと陽気に囃し立てた。


「ここで全滅するわけにはいかんだろう、誰かアレを支えるんだ?」


敵が来るであろう方を睨みながらボードウィンが言う。近くまで敵が迫っているかのような気迫を漲らせて。


「そりゃそうだ。だからこそお前が退くべきだろうがよ」


敢えて陽気な声で言うカルスト。事前の合議でもここだけは決まらなかった。


「お前…百戦将軍に勝てるか?」


「………無理だな、一騎討ちで粘っても保って十合ってとこだ」


「俺も勝てん。だが二十合は保たせる」


「変わんねぇなっ!!なら俺でいいじゃねぇか!」


「それでも…俺はあの男とヤリたいんだよ」


「……はぁ。今回は流石に止めるぞ?」


カルストの言葉から軽さが消えた。


「そう言ってくれるな、今まで全部譲ってくれたろう?」


「帰ってくるって信じてたからな。負けるってわかって行かせたら令嬢将軍に何て言やいいんだよ?」


「死にたがりが我儘を言ったでいいだろ」


「ふざけんな!!」


背を向けたままのボードウィン。その肩を強く掴み此方を向かせようとするカルストは叫んだ。


「アレは俺達の言い分をしっかり聞いて出来る限りの事をしてくれた。その恩に報いなきゃならんだろう?」


「だからお前が退けよ!!」


「……俺は百戦将軍に訊く事がある」


「はぁっ?!」


「ついぞ勝てやしなかったあの男は一廉の人物だ。馬鹿な貴族とは違うかも知れんだろ?」


「…令嬢将軍より上かもしれねぇってか?」


「さぁな…あの歳であの器量なら先がある分、百戦将軍よりアレのが上だろうな」


敵が迫りくるであろう方角を睨みながら語る声には確信が込められている。


「だったら…」


「残念だが深いのを貰ってる」


「っ!?!!?」


驚き目を見開くカルスト。この数時間深手を負っている事に気付かせなかった男の体をよくよくみれば、自身の身体に比べ乾かず固まらない血がある事に気付いた。


「帰っても長くはなかろうさ。だから脅威になりそうなヤツの腕一本でももぎ取ってやる」


「なら俺もっ!!」


「アレの手足両方が無くなればどうにもならんだろ」


「ぐっ…」


「ただ順番が回ってきただけだ。先に逝く俺と、アレの為に撤退するお前。そうだろう?」


ボードウィンの声には気負いが無い。無いからこそどうにもならない事を感じさせた。


「ああっ!わかった!!ここはお前が主役だ!お前に任せる!だが覚えていろ!俺はお前をただの一平民では終わらせてやらねぇ!!どんな手であろうとこの貸しを返してもらうぞ!」


「……ああ、わかった」


「何か言っとく事は有るか?」


誰にと言わずともわかる問い。


「お前なら出来る、あと幸せになれ」


「はぁ…じゃあな馬鹿野郎!!」


「あばよ親友」


最後の言葉を交わしたカルストは仲間に指示して所定の地点に潜伏する。もう誰もボードウィンと近しく言葉を交わすことは出来ない。戦場では誰もが次の機会をいつ失うかわからない。そのいつかが目の前に迫っているボードウィンだったが彼方を睨む瞳は淀まず、身体は震えず。仲間と希望を守る為の壁となった。




「よくもここまで暴れてくれたものだ」


あれから半刻、ボードウィン立つ橋に敵軍が迫った。敵軍を一喝し士気を挫いた彼は槍を振るい敵兵を屠る。振り注ぐ矢を藁束で受け止め、また敵兵を屠るを繰り返した。先と同じように勝ち戦で死にたくない敵兵達の攻め手は鈍った。その分だけ時間は稼げる。二度、三度と繰り返し八度目の途中でカルスト達潜伏隊の矢が尽きた。潜伏隊はそこで撤退したが、その時一方的に叫んだカルストの声は不明瞭だった。彼が怪我をした訳ではない。ボードウィンの意識が徐々に混濁してきていたのだ。

そんな時、遂に望みの人物が現れた。百戦将軍と呼ばれる豪傑、ボードウィンとカルストが知恵を凝らし二人がかりでやっと抑え込めた怪物。


「ふー…はっ……ぁ…、まだまだ…手は尽きてねぇぞ?」


高い壁のような豪傑を前にすれば混濁していた意識が嘘のようにスッキリとした。尽きかけていた気力が戻ってくる。…だが、軽口は鈍かった。


「ふん!死に体で偉そうな事を。王国の雑魚共よりはマシだろうが、それではもう何も出来まい。大人しくし首を差し出せ、せめて一息で逝かせてやる」


「……なぁ百戦将軍様よぉ。アンタにとって敵兵ってなんだ?」


「刈り取る雑草だ」


「その雑草達の家族はなんだ?」


「路傍の石である」


「………戦で勝ち占領した後、その路傍の石が素直に従うと思うかそれで?」


「負け犬など押さえつけ従わせればよい」


「それでアンタが生きてるうちに帝国が天下取れるのか?」


「貴様が死ねば可能だ」


気持ちがいいくらいに即答してくる百戦将軍。その答えのうちに自身が高く評価されていた事がわかり、少しばかり驚いたボードウィンだったがまだ問答は終わらない。


「………なら…俺が討った帝国兵は…アンタにとってなんだ?」


「わが手足である」


「その手足を何人も殺した俺が憎いか?」


「それが兵の務めだ」


「家臣なら」


「悼みはしよう」


「そうかい……どこかで聞いたんだがよ、一将功成りて万骨枯るって言葉があるらしいんだ」


「ほう、平民出と聞いていたが」


「アンタは何人殺した?」


「むっ?」


意図を掴みかねた百戦将軍が眉を顰める。


「その手で雑草や路傍の石を何人殺してきた?その命令で自国兵を国民を何人殺してきた?」


「……」


「百戦将軍と呼ばれ高まった名声の裏にどれだけの命を散らしてきた?」


「貴様とて変わるまい、戦場に出る者全てが負う業だ」


「ああ、俺の方が酷いだろうな。仲間を死地に駆り立て敵を討つ事しか出来ん」


つまらない問答にかかずらう必要は無い、そう思う百戦将軍だったが心のうちにある何かが行動する事を押し留める。死に体の男を眺め無駄な問答に付き合ってしまう。


「だがアンタはどうだ、貴族だろう?俺達平民を治める立場だろう?そんな男が俺程度と同じ考えでいいのかよ?」


「………」


「味方は死なないほうがいい、敵だって征服したら自国民になるんじゃないのか?仕事だ路傍の石だなんて言ってていいのか?」


ボードウィンの目に強い光が宿る。光る目を受け止めた百戦将軍が、初めてボードウィンを正面から認識した気がした。


「雑兵がぬかしおる」


「殺すしか出来ないのか?殺す以上に生かし生み出す事は出来ねえのかよ?」


「下郎が貴族の成すことに口を挟むな」


「その程度か百戦将軍!令嬢将軍は正面から受け止めたぞっ!!貴族として天下を見て、命との向き合い方を思索した!」


「小賢しい小娘が夢想に浸かっただけだろう!その程度の事で感じ入り信服する事が器の小ささを露呈している!貴様程度が我を語るなっ!!」


「ならその皺枯れ首は預けといてやるっ!夢想に浸かった小娘が何を成すか見られるようにな!」


そう言うや駆け出し槍を投げ捨てるボードウィン。腰に佩いた長剣に手をやりつつ百戦将軍へ向けまっしぐらに走る。


「負け惜しみをっ、貴様程度が我まで到れるものかよ!勿体無いが一応勇士として送ってやろう!燃え盛れぃっ!!!」


百戦将軍がその逞しい利き手を前に構え気迫と共に声を上げれば赤い燐光が舞い、それが収束して炎の球となった。


「死ねぇええええ!!!」


百戦将軍が放った魔法の炎球はボードウィンを目掛け撃ち放たれる。


「うぉおおおああああああああっ!!!!」


目の前に迫る炎球を避けることなく咆哮と共にぶつかるボードウィン。


ズドォオオオオオオッンン!!


爆発音にすら似た爆音が響く。炎が辺りに撒き散らされ光と煙が辺りに散らばった。


「愚か者め、無駄な囀りをせず頭を垂れればよかったものを……むっ?」


光と煙を遮るために手を翳す百戦将軍。その光源となっている炎の中に黒い揺らぎが見えた気がした。次の瞬間…


「っはぁあああああっ!!!!!!」


「なっ!!?!!??!!」


激しい炎中から飛び出す影、それは当然ボードウィンだ。髪も顔も鎧も服も焼けて痛々しいが当の本人はそれを気にすること無く、百戦将軍もそれを気にしていられない。すぐさま腰の剣に手をやろうとするが…


「ぐあぁああああっ!!」


百戦将軍の絶叫が辺りに響く。捨て身のボードウィンが振るった刃は見事に百戦将軍の利き手を斬り落とした。そのまま落ちた腕を炎に蹴り込む。


「はぁっ!はぁっ!ここ…までか……腕一本なら上出来だ…、な」


「うぐっ…貴様ぁ最初から捨て身で………」


衝撃と痛みで膝をつく百戦将軍は立っているのがやっとなボードウィンを見上げ睨みつける。


「戦えな…い身……でテメ…ェの行いと……これからを…しっかり考えろ………あと…アレの成…す……こ…と………も…」


言葉が途切れると同時にボードウィンは事切れ大地に斃れた。百戦将軍の斬られた腕から溢れ出た血を敷いて。


「閣下!ご無事でっ?!ああ!!!」


撒き散らされた炎で遠ざけられていた士官や兵達が百戦将軍の周りに集まり始めた。一番最初に彼を発見した士官は百戦将軍が腕を失い跪いているのを見て驚きの声を上げる。


「おのれっ!あさましい豺狼如きがよくも閣下をっ!」


逆上した士官は剣を抜いて事切れたボードウィンの遺体を斬り刻もうとするが


「止めろっ!それは冒涜にしかならん!我の油断が招いた失態だ」


「しっ…しかしっ!!」


「くどいっ!!我が国にもこれ程の勇士は少ない、丁重に扱え」


捨て身で事を成したボードウィンの評価を百戦将軍は大きく上げていた。だが、その中には戦いだけではなく交わした言葉に対する思いが含まれていることを本人は自覚していない。


「わ…分かりました。とにかく早急に治療を!魔法で腕を繋げなければ……」


辺りを見回し繋ぐべき腕を探す士官に百戦将軍は短く焼かれたと答え、それを聞いた士官は再び色めき立ったが再度宥め歩き出す。徐々におさまっていく炎の間を縫うようにして後方に下がったその背後に狼煙が二本立ち昇る。


「閣下、狼煙が…」


「ふ…逃げ切られたか。この男はしっかりと役目を果たせ満足だろうな……勝ち逃げされたか」


振り返り狼煙を眺め呟くと再び後方を目指す。徐々に兵が集まり隊列を成していく。


「追うのはここ迄だ、もう国境を越えて戻ったに違いない。斥候を放ち他は待機、辺りに潜む敗残兵を掃討する事を主眼におけ」


「承知致しました!!」


百戦将軍の指示に周りが慌ただしく動いた。帝国の勝ち戦、だが国家の矛と呼ばれた男は利き腕を失い一線から退く事となった。



この戦いで帝国は圧勝したが国境を越え王国に攻め込むまでは至らず、領地の割譲と金銭で和睦が成った。調印の際には、正使とは別に腕を失った百戦将軍も同席。帝国側からの要望で王国側の正使と共に令嬢将軍が同席した。

その和睦調印後、帝国から王国へ棺が一基受け渡される。納められていたのは当然ボードウィンの遺体であり、腐敗しないよう魔法で氷漬けにされていた。

それを見た令嬢将軍は一瞬表情を変えたものの、すぐに取り繕い謝意を示す。腕を失った百戦将軍からボードウィンへの賛辞を聞き強く頷いた令嬢将軍だったが、帰国後教会に納められた彼の棺に縋り号泣した。凛々しさも高貴さも無いただ一人の人間としての悲しみの発露。その背後にはカストル以下、ボードウィンが率いていた平民隊の生き残りが整列し涙を流していた。


撤退戦の功績と百戦将軍からの賛辞により、ボードウィンは伯爵を追贈された。平民墓地ではなく貴族墓地の端に埋葬され平民も墓参に訪れることを許された。

王国史に残る英雄として名を留めたが、敗戦の雰囲気を払拭する為の人気取りと揶揄される事もあり、その度に令嬢将軍や当時の副大将が理路整然と異を唱え彼の功績を辱めさせなかった。

その後、平民隊を率いる事になったカストルはボードウィンとの約束を守り、令嬢将軍を助け王国の威信を取り戻す。ボードウィンの死から五年後に起こり二年に渡った大戦で勝ちを呼び込み、二十年に渡る平和を実現する。その功績からカストルは子爵にまで出世。爵位は低いながらも令嬢将軍と並び王国の柱石と讃えられるようになった。





そして………





とある貴族家の領内に広がる草原。二騎が何をするともなく佇んでいる。片方は少年、もう片方は年配の男だ。


「若様、そろそろ館に戻られませ。御館様に怒られますぞ」


芦毛の馬に跨った少年は、騎乗し並ぶ従者に窘められていた。歳の頃はおそらく十に足りるか足りないか。その歳で一人馬に跨っているのは驚愕的である。


「もう少しいいじゃないか爺、ここの方が居心地いいのだ」


「それは………」


少年の言葉に爺と呼ばれた従者は口籠る。少年の立場の不安定さが理由だと従者は思ったが、少年の心中は全く別だった。かつての自分が仲間達と自由に駆け巡っていた場所、命懸けで駆け抜けた場所を感じさせてくれる草原が心地良かったのだ。

それはもう三十年近くも前の事らしいが、自身にとっては十年にも満たない前でしかない。記憶を忘れ風化させるには早かった。

彼と彼女は健在らしい、色々と立場は変わっているが噂は沢山流れてきている。過去の話から現在の事まで。満足出来る事から、余計な事をと毒づきたくなる事まで。だが、文句を言うことは出来ない。関わりは無くなった。見ず知らずの他人だ。

淋しい……それでも、生きて年老いてくれた事が嬉しかった。直接会うことは無いだろう、いや会わないほうがいい。顔を合わせてしまえば平静を装えない自信がある。それでも遠目から眺めるくらいはしたいと思った。もし…自分がこの辺境から王都に行くことがあったなら、と…。


草原に風が吹いた。日が陰り冷たくなりはじめた風に身を震わせる。


「そろそろ戻るか、爺が風邪をひいたら困るからな」


「はい、そうして下さい。若様に風邪をひかれたら私の首がどうなるやら」


「そんな事にはならないさ、爺には信頼がある」


「その信頼を若様の奇行が崩しておるのですが?」


「はははっ!それはすまないな、父上には俺からしっかり弁護しておくよ」


「若様、俺などと…」


「ここでだけだ大目に見てくれ。さぁ、戻ろうか」


「はっ!」


二人が馬腹を軽く蹴り手綱を引けば、馬は向きを変え歩き出す。


「せっかくだ、屋敷まで競争でもするか?」


「若様の気がそれで済むのであれば」


「今日こそ勝つぞ!」


「流石にまだ負けはしませんぞ」


二人は揃って馬を走らせ鞭を入れる。吹いている風に背を押されるかのようにどんどんと速度をあげた。馬蹄の響きも小さくなりやがて聞こえなくなる。

残されたのは風と、それに揺らされ鳴る草の葉擦れだけだった。

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