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聴取室の余白

 河港町の朝は、濡れた木の匂いがする。


 川霧がまだ低く漂い、舟の舳先が白くぼやける。荷下ろしの掛け声は遠く、代わりに掲示板の文字がやけに鮮やかだった。昨日見た板札は、今日も同じ場所で同じ顔をしている。


 証言者保護局


 守る、と書いてある。守る、と言われる。守られる、と信じたくなる。


 だからこそ、檻になる。


 リュシアは掲示板の前に立ち、貼り付けられた紙を一枚ずつ目で追った。規程、案内、問い合わせ先、支援の内容。紙は丁寧な字で整っている。整っているからこそ、穴がある。


「ここ」


 彼女が指したのは、紙の下の小さな追記だった。


 ――保護対象者の面会は、原則として本人の同意を要する。

 ――同意の形式は所定の書式による。


「本人の同意」


 エルディアが低く繰り返す。


「同意すれば出られる、ってことか」


「同意すれば“出せる”形になる、ってこと」


 リュシアの声は硬い。


「でも同意の中身が沈黙なら、出ても消える。外に出た檻よ」


 エルディアは、剣に触れずに息を吐いた。抜けば簡単だ。壊せば早い。けれど壊すと、そこにいた人が“犯罪者”として塗り替えられる。合法の檻は、壊した者を悪にする。


「まず読む」


 リュシアが言った。


「檻の設計図を」


 保護局の受付は、河岸から少し上がった石造りの建物だった。軍施設ほど無骨ではなく、役所ほど古くもない。新しい組織の新しい壁。入口に花が飾られ、支援窓口の札が掛かっている。入る者に安心を与えるための装飾だ。


 リュシアは窓口で「規程の閲覧」を求めた。公文書院の記録官としての身分は、まだこの町で通る。受付の女は一瞬迷い、しかし断れない顔になって奥へ消えた。


 やがて持ってこられた冊子は、薄いが硬い紙で綴じられていた。タイトルは美しい字で書かれている。


 証言者保護局 運用規程(抄)


 抄。最初から切り取られている、と名乗っている。


 リュシアはその場で読み始め、要点を紙に写した。出所、手続き、面会、押収、同意。読みながら眉がわずかに動く。


「ここも」


 彼女の指が止まる。


 ――保護対象者の押収品は安全のため保管し、必要に応じて返却する。

 ――返却の可否は監督官の判断による。


「監督官」


 エルディアが言った。


「レオニスか」


「彼か、その代理」


 リュシアはうなずく。


「鍵を持つ人間の名前が書かれていない。責任が滑る書式」


 責任が滑る。

 滑る責任ほど、人を切る。


 冊子の最後に、同意書の雛形が挟まっていた。薄い紙に、丁寧な文字。読む者を眠らせるような美しさ。


 同意書

 私は保護局の聴取に協力し、保護局の判断に従う。

 私は保護局の指示する範囲で発言を控える。

 私は保護局監修の抄録に異議を唱えない。


 リュシアの唇が薄くなる。


「……沈黙契約」


「同意して出る代わりに、言葉を奪う」


「それだけじゃない」


 リュシアは紙を指で弾いた。


「『異議を唱えない』。これは注釈を殺す文言」


 注釈は、抗体だ。抗体が殺されれば、言葉はまた一方通行になる。


 エルディアは小さく息を吐いた。


「救う方法は二つだ」


「壊すか、滑らせるか」


 リュシアが即答する。


「壊したら、彼は犯罪者になる。滑らせるなら、合法の穴を使う」


 合法の穴。

 檻は固い。だが固いものほど継ぎ目がある。


「まず、彼のところへ行く」


 エルディアが言う。


「面会だ」


「原則、本人同意」


 リュシアは冊子を閉じた。


「同意を取りに行くしかない。——正面から」



 その夜、宿の裏口で、誰かが小さく石を投げた。


 窓を叩かない。扉を叩かない。足音を残さない。読む人の合図だ。


 エルディアが窓を少し開けると、暗がりに小さな影があった。若い女。髪を布でまとめ、手に紙束を抱えている。服は保護局の書記のもの。袖口が少し擦れている。机に向かう仕事の擦れだ。


「……朝の約束」


 女は小声で言った。


 リュシアが返す。


「朝の約束」


 女は息を吐き、名を名乗った。


「ミラ。保護局の書記です」


 リュシアの目が鋭くなる。


「どうして、ここへ」


 ミラは紙束を抱え直し、震える声で言った。


「……守りたいんです」


「誰を」


「みんなを。……でも、今のやり方は」


 言葉が詰まる。詰まったところに、現実がある。


 ミラは紙束の一枚を差し出した。聴取記録のテンプレートだ。欄が整いすぎている。


 ――質問

 ――回答

 ――監督官所見

――抄録案


 そして欄の隅に、小さく印刷されている一文。


 ――抄録案は監督官の裁量で整形される。


 リュシアが目を細める。


「整形」


 ミラはうなずいた。


「『誤解が起きないように』って。そう言われます」


 エルディアが訊く。


「写本職人は」


「います。聴取室に。……疲れてます」


 ミラは声を落とした。


「罪人扱いはしていません。ずっと『名誉のため』って。優しく。丁寧に。……でも、削れていく」


 優しさで削る。

 合法の刃は鋭い。


 リュシアは一拍置いて言った。


「面会は可能?」


「形式上は」


 ミラは紙をめくり、押収品目録を見せた。写本職人から取り上げられた紙束、写本道具、そして——


「……注釈欄付きの紙」


 リュシアが呟く。


「奪ってる」


「安全のため、って」


 ミラは唇を噛む。


「でも、あれが危険に見えるのは……分かります。危険なのは“注釈”じゃないのに」


 リュシアはミラを見つめた。


「あなたは、どこまで協力できる」


 ミラの喉が動く。


「……面会手続きを通せます。本人の同意が必要です。だから——同意を取るための紙を、あなたに渡します」


「同意書?」


 エルディアが言うと、ミラは首を振った。


「保護局の同意書じゃない。面会同意の紙です。『面会を希望する者と会う』だけの」


 ミラはさらに声を落とした。


「でも、面会に入るには“保護局の書式”が要る。書式がないと、門番が止めます」


 リュシアは、静かに頷いた。


「分かった」


 エルディアが言う。


「俺たちは正面から行く。あなたは、裏で手続きを」


 ミラは震えながら頷いた。


「……一つだけ」


 彼女は紙束を抱え直し、目を上げた。


「もし、あなたたちが勝ったら……保護局は『守るために必要だった』って言うと思う」


 リュシアが答えた。


「そう言える余白は残します。ただ、その余白に“誰が削れたか”も書く」


 ミラは泣きそうな顔で笑った。


「……それが、読むってことなんですね」


 そして彼女は暗がりに消えた。



 翌日、昼。


 エルディアとリュシアは保護局の正面玄関から入った。


 明るい廊下。花の匂い。整った机。親切な案内札。ここが檻に見えないようにする工夫が、隅々まで行き届いている。


 受付の男が二人を見る。


「ご用件は」


「面会申請」


 リュシアが淡々と言う。


「昨夜連行された写本職人に会いたい。本人同意の手続きを」


 男は眉を寄せ、控えめに笑った。


「保護対象者の面会は原則——」


「原則は知っています」


 リュシアは規程を取り出し、該当箇所に指を置いた。


「本人同意。所定の書式。提出先。ここです」


 受付の男は言葉を飲み込んだ。規程の文言は、彼の盾であり、彼の鎖でもある。


 そこへ、廊下の奥からミラが現れた。仕事の顔だ。何も知らない顔で、紙を運ぶふりをして近づき、受付へ書類を置いた。


「面会申請、通ってます。監督官承認も、形式上は」


 形式上。

 その言葉は、綱渡りの合図だ。


 受付の男が書類に目を落とし、渋い顔で頷いた。


「……面会は短時間です。発言の記録は取ります」


「取っていい」


 エルディアが言った。


「ただし、出所を明記しろ。誰が記録したか、誰が整形したか」


 男が口を開きかけ、閉じた。規程はそこまで書いていない。書いていないことは、彼にとって怖い。


 案内される廊下は、窓が少なかった。音が吸われるような壁。ここで声を出しても外へ届かない。


 聴取室の前で、金具の音がした。鍵が回る。扉は重く、しかし清潔だ。綺麗な檻。


 中にいたのは、写本職人だった。


 椅子に座り、背中が丸くなっている。手は膝の上で握られ、指先が白い。あの指先が、紙を触る時の熱を失っている。


 目が上がり、リュシアを見て、エルディアを見た。


 笑おうとして、笑えない。


「……来たのか」


 声が乾いていた。


 リュシアは椅子の前に立ち、低い声で言った。


「ごめんなさい」


 写本職人が首を振る。


「謝るな。……守ろうとしたんだろ」


 その言葉が痛かった。守ろうとして削れる人間がいる。守る側の倫理は、いつもそこで折れる。


 エルディアが言った。


「出す」


 写本職人が目を細める。


「どうやって。……ここは正しい場所だ。正しい手続きで、俺を正しい形にしようとしてる」


 正しい形。

 それは、削った結果の形だ。


 リュシアは紙を一枚差し出した。ミラが用意した面会同意の紙ではない。リュシアが書いた、新しい紙だ。


「同意書です」


 写本職人が苦く笑う。


「同意書で、檻が開くのか」


「開きます」


 リュシアは言った。


「ただし、同意の中身を変える」


 写本職人が紙を見る。そこには、保護局の書式を真似た枠がある。だが、枠の中に“注釈”がある。


 同意書(注釈付き)

 私は保護局の聴取に協力する。ただし、協力は「事実の確認」に限る。

 私は発言を控える。ただし「出所不明の情報への断定を避ける」ためであり、沈黙そのものを義務としない。

 私は抄録に異議を唱えない。ただし「監修版と注釈版を併記する」ことを条件とする。

 私は本書の注釈を、本文と同等の効力として扱うことを求める。


 写本職人の手が震えた。


「……こんな紙、通るのか」


「通らせる」


 エルディアが言った。


「保護局は“同意すれば解放”と言った。なら同意する。ただし、同意は剣じゃなくて余白で縛る」


 余白で縛る。

 檻の鍵に、鍵をかける。


 写本職人はしばらく黙って紙を見つめた。目の奥が揺れる。恐怖と、怒りと、希望が混ざっている。混ざっているのが人間だ。


「……俺がこれに署名したら」


 彼はかすれ声で言う。


「外に出ても、また削られる」


 リュシアが答える。


「削られる。でも、削られたと書ける」


 写本職人が目を伏せる。


「……書けるのか」


「書けます」


 エルディアが言う。


「あなたの沈黙も、沈黙として残せる。言えないなら、言えない理由を書ける」


 写本職人の指が、紙の余白をなぞった。かつての彼の手つきが少し戻る。


「……余白がある」


 彼は呟き、ゆっくりとペンを取った。


 署名は、彼の名ではなかった。職名でもなかった。小さな印。写本工房の印。家族の名を守るための形だ。


 リュシアは息を吐いた。

 同意は、屈服ではない。自分の言葉を守るための署名だ。


 扉の外で、誰かが紙を受け取る気配がした。ミラだろう。足音が静かに遠ざかる。手続きが動き始める。


 写本職人が小さく言った。


「……ありがとな」


「まだだ」


 エルディアは言う。


「出るまで終わりじゃない」



 廊下の向こうで声が上がった。


「これは——書式違反だ」


 男の声。監督官の部下か。


「書式は保護局のものだ。注釈は認められない」


 ミラの声が震えながらも返す。


「規程に、注釈を禁じる条文はありません。『所定の書式』は枠と項目を指す。本文内容の一字一句を固定するとは書いてない」


 沈黙。

 条文の穴に、言葉が落ちる音がする。


「監督官に伺う」


 足音が遠ざかる。

 伺う。責任が滑っていく。


 待つ時間は長かった。聴取室の空気は薄く、時間だけが増える。写本職人は椅子に座り、何度も指を握り直した。


 リュシアは彼に言った。


「あなたは沈黙していい」


「……沈黙していい、って」


「沈黙は悪じゃない」


 リュシアは静かに言う。


「悪になるのは、沈黙を“存在しない”ことにされる時。だから沈黙は沈黙として残す」


 写本職人は目を閉じ、短く頷いた。


 その時、外の廊下がざわめいた。


 足音が整う。紙の上を滑る足音。


 扉が開き、黒衣の男が立っていた。


 監察官レオニス。


 彼は中へ入らず、扉の枠に手を置いたまま微笑んだ。微笑みは柔らかい。柔らかいから刃になる。


「素晴らしい工夫ですね」


 レオニスは言った。


「注釈付き同意書。……あなた方は、秩序の穴をよくご存じだ」


 リュシアは立ち上がった。


「秩序のためです。秩序が人を消さないようにするため」


 レオニスは頷いた。


「その志は尊い。ですが——」


 彼は視線を写本職人へ向ける。


「彼は守られるべきです。外は危険です。噂が彼を切るでしょう。市場が値段を付けるでしょう。だから——」


 レオニスは少し声を落とした。


「保護の名のもとに、彼をここへ置くのが最も安全だ」


 安全。

 また、その言葉。


 写本職人の肩が震える。


 エルディアが言った。


「安全のために、彼の言葉を奪うのか」


「奪うのではない」


 レオニスは微笑んだまま言う。


「整えるのです。誤解が起きないように。彼が傷つかないように」


「傷ついてる」


 写本職人が、かすれ声で言った。


 レオニスの目が、ほんの一瞬だけ細くなった。怒りではない。計算だ。


「だからこそ、外は危険です」


 レオニスは続ける。


「あなた方の注釈版が流通すれば、混乱が増えます。混乱が増えれば、保護局は介入せざるを得ない。介入はあなた方に不利益になる」


 脅しではなく、予告。合法の予告。


 エルディアは剣に触れずに言った。


「同意したら出す、と規程にある。なら出せ。あなたが正しいなら」


 レオニスは、しばらく沈黙した。沈黙は、相手の言葉を測る時間だ。


「……出しましょう」


 彼は最後に言った。


「ただし、注釈版の取り扱いは“参考”に留める。監修版を正式とする。それが秩序です」


 リュシアが言う。


「併記です。条件に書いた」


「条件は読みました」


 レオニスは微笑みを崩さない。


「ですが、解釈は秩序が持つ」


 その言葉の冷たさが、聴取室を冷やした。


 扉が閉まり、足音が遠ざかる。

 それでも、手続きは動いた。


 しばらくして、鍵が回り、写本職人は“形式上”解放された。


 外の空気は冷たく、甘い。檻の中の花の匂いとは違う、現実の匂いだ。


 写本職人は河港町の路地に出た瞬間、膝が笑いそうになった。エルディアが肩を支える。


「……出られた」


 写本職人が呟く。


「出られた。でも、狙われる」


「狙われる」


 リュシアは頷いた。


「だからこそ、先に書く」



 その日の夕方、町の掲示板に新しい紙が貼られた。


 勇者、保護局に協力

 注釈写本は監察局公認

朝の約束、保護局へ集まれ


 紙は整っていた。整っているから危険だ。噂が“記事”になる。記事が“真実”になる。


 旅商人が駆け込んできて紙を見せた時、リュシアの顔色が変わった。


「……来た」


 予告通りの反撃。


 救出した瞬間に、仲間割れを狙う。輪を折るための噂。合法と市場が同時に動く。


 写本職人が青い顔で言った。


「俺が……売ったみたいに」


「売ってない」


 エルディアは短く言った。


「売らせない」


 リュシアは机に紙を広げ、筆を取った。迷いが減っている。恐怖は消えていない。だが恐怖が筆を止めない。


「合図を進化させる」


 彼女は、昨日の雛形を引き寄せた。注釈付き写本の雛形。そこに“合図欄”を追加する。


 ――合図(言葉)

――合図の出所

――経路(誰から誰へ)

――確認(別経路)


「言葉だけの合図は偽造される」


 リュシアが言う。


「だから、言葉+形式にする。出所を書けない合図は従わない。経路が書けない合図は“出所不明”として扱う」


 写本職人が呟く。


「合図にも注釈を付けるのか」


「付ける」


 リュシアは言い切った。


「短い言葉は強い。でも強いから奪われる。奪われない形にするには、余白がいる」


 エルディアは宣言文を書いた。短い声明を、今度は“注釈版”として複数に分ける。


 一枚目には本文。

 二枚目には欠落と推察の範囲。

 三枚目には反証欄。


 同じ文でも、束ね方を変えるだけで改ざん耐性が増える。どれかが切り取られても、他が残る。


「同時に配る」


 エルディアが言った。


「一箇所からじゃなく、複数の読む人へ。商会の流通の前に、注釈の流通を走らせる」


 旅商人が頷く。


「運ぶ。経路も書く。……俺が“噂”を運ぶ側だったから、逆もできる」


 写本職人も息を吸い、言った。


「写す。写して、注釈を付ける。俺の手はまだ動く」


 その瞬間、彼の指先が少しだけ戻った。紙に触れる手の熱が戻る。


 リュシアは頷いた。


「動く手が増えれば、檻は狭くなる」


 檻を壊すのではない。檻の中に出口を作る。出口が増えれば、檻は檻として機能しにくくなる。


 夜。河港町の灯りが川面に揺れ、噂が歩き始める時間。


 その時、旅商人が息を切らして戻ってきた。懐から紙を出す。紙の端に、見慣れた言葉。


 ――朝の約束/注釈あり。


 その下に、短い文。


 ――ユノ、追い込まれた。

――保護局が名で囲う。

――次は「読む人」を一網打尽にする。


 リュシアが紙を握りしめ、指が白くなる。


「……ユノ」


 エルディアは窓の外を見た。河港町の夜は綺麗で、綺麗だから危ない。綺麗な夜ほど、合法の刃がよく通る。


「次は、ユノだ」


 エルディアが言う。


「救いに行く」


 写本職人が小さく言った。


「救えるのか」


「救う」


 リュシアが答えた。


「でも、救うのは一人じゃない。救うべきは“読む人の線”」


 彼女は机の上の紙束を見た。注釈付き写本の雛形。合図欄。経路欄。反証欄。余白。


「線を引く。逃げ道を作る。読む手が散っても繋がる形にする」


 エルディアは頷いた。


「剣じゃなく、線で」


 窓の外で、川がゆっくり流れている。

 水は形を持たない。形を持たないから、檻をすり抜ける。


 余白も同じだ。

 余白は掴めない。掴めないから、消しきれない。


 夜明けはまだ遠い。

 それでも、朝の約束は残る。


 次の朝、彼らは河港町を発つだろう。

 写本職人は救われた。だが救われた事実が、別の噂に切り取られる。


 だから、書く。

 切り取られたと書く。

偽造されたと書く。

救えなかったなら救えなかったと書く。


 聴取室の余白は、外へ持ち出された。


 檻の中に、出口が一つ増えた。

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