プロローグ
世界は救われた。
その言葉が、いまも王都の石壁に刻まれている。広場の中央に立つ記念碑には、魔王討伐の日付と、いくつかの名が並び、その最上段に「勇者エルディア」の名がある。人々はそれを見上げ、安堵の息をつく。もう剣を抜く必要はないのだと、互いに確かめ合うように。
実際、平和は続いていた。街道に魔物は出ず、夜を照らす街灯は消えない。冒険者ギルドは看板を下ろし、代わりに警備詰所へと姿を変えた。子どもたちは剣の握り方ではなく、読み書きを習う。
世界は、確かに救われていた。
だが、救われた世界には、いくつかの居場所が残されていなかった。
その一つが、勇者だった。
勇者エルディアは、記念碑の前に立たなかった。式典にも出ず、称賛の言葉を受け取ることもない。王から授けられた剣は鞘に収まり、聖なる光を失った刃は、ただのよく切れる鋼として腰に下げられている。
役目は終わった、と誰もが言った。
世界が救われたのだから、それでいいのだ、と。
だが、剣だけを頼りに生きてきた者にとって、役目の終わりは、生き方の終わりと同義だった。
平和な街の片隅で、勇者は今日も仕事を探している。
それが、この物語の始まりだった。
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