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第九十七話「テスト週間③」


「さて、それじゃあまずは『複素数と方程式』から始めようか。春馬くん、この単元が何を目的としているか、自分の言葉で説明できる?」


蒼奈がノートの真っさらなページに、迷いのない筆致でその項目を書き込み、こちらを試すように覗き込んできた。春馬は一瞬、視線を泳がせ、喉の奥に詰まった「無知」という名の苦い塊を飲み込んだ。理解などしていない。だが、ここで「分からない」と即答することは、自ら爆破するに等しい敗北行為に思えた。


「……複素数、か。ふん、要するに現実には存在し得ない架空の概念を導入することで、数学という閉鎖的な系の中に、一時的な虚構の解を捏造するプロセスだろう。実社会において役に立たない抽象論の極致といったところか」


苦し紛れに、あたかもその本質を見抜いているかのような抽象的なレトリックで煙に巻こうとした。しかし、そんな言葉の虚飾など、隣に座る「全教科100点」の蒼奈には通用しない。蒼奈は吹き出すことも、ましてや軽蔑することもなく、ただ愛おしそうに目を細めて笑った。


「ふふっ。分からないなりに語彙を尽くして、必死にもがくのは春馬くんらしいね! でも、その『虚構』が、実は世界をより完璧にするためのパズルの最後のピースなんだよ」


蒼奈はそう言うと、シャーペンの芯を一つカチリと出し、春馬のノートに魔法をかけるように図解を始めた。


「いい? 『複素数と方程式』っていうのはね、数学Iで学んだ『2次方程式』のルールを上書きして、『どんな方程式でも必ず解ける状態にする』ことを目的としてるんだ。今の春馬くんの知識にある『解なし』っていう行き止まりを、全部取り壊して道を作る作業だと思って」


彼女の声は、図書館の静寂に溶け込むほど穏やかで、それでいて春馬の混乱した思考を一本の糸で手繰り寄せるような、圧倒的な説得力を持っていた。


「まずステップ1。複素数によって『解なし』がなくなる。中学からの数学では x^2 = -3 みたいな問題は『解なし』が正解だったよね。でも、2乗して -1 になる数 i (虚数単位)を導入する。a > 0 のとき、√-a = √aiと約束する。これだけで、負の数の平方根という禁忌が解禁されるんだよ」


春馬は、彼女が書く √3i = √-3 という数式を凝視した。今まで「あり得ない」と切り捨ててきた領域が、たった一文字の導入で「定義」へと変わる。


「次にステップ2。進化した『解の公式』。数学Iの公式


  -b ± √(b² - 4ac)

x = ------------------   はそのまま使えるよ。

   2a

ただ、ルートの中身がマイナスになっても計算を止めない。例えば x^2 - 2x + 5 = 0 なら、ルートの中は -16 になる。でも春馬くん、√-16はもう怖くないでしょ?√-16i、つまり、4iだから。x = 1 ±2i。

これを『虚数解』と呼ぶんだよ」


春馬は無言でペンを取り、彼女の展開を追った。不思議なほど、内容が頭に染み込んでくる。彼女の解説には、教科書の無機質な説明にはない「論理の連なり」があった。


「そしてステップ3。判別式 D のアップデート。D < 0 のとき、今までは諦めていたけど、これからは『異なる2つの虚数解』を持つと言い換える。しかもその解は必ず 2+3i と 2-3i みたいに、『i の前の符号だけが違うペア(共役な複素数)』になる。数学の世界にも、美しい対照性があるんだよね」


蒼奈は楽しそうに、そして最後に今日一番の重要事項だと前置きして、強力な武器を提示した。


「ステップ4。これが数学IIの目玉、『解と係数の関係』! 方程式を解かなくても、係数を見るだけで解の和と積がわかるんだ。2つの解をαβとすると、和は


      b

α + β = - ───

      a


  積は

    c

αβ = ───

    a

例えば『解が 2+i と 2-i である2次方程式を作れ』って言われたら、和が 4 で積が 5 だから、一瞬で

x^2 - 4x + 5 = 0って組み立てられる。便利だと思わない?」


蒼奈の説明が終わる頃、春馬の目の前には、バラバラだった知識が「一つの生命体」のように繋がった地図が広がっていた。新しい数を知り、それですべてを解ききり、性質を使いこなす。その一連の流れに、春馬の潔癖な論理回路が、不本意ながらも「美しい」と共鳴してしまった。

「……理解した。お前の説明は、情報の冗長性を排除しつつ、核心となる因果関係を明確に提示している。……認めよう。一人で独学するよりも、この『外部リソース』の処理速度の方が、遥かに効率的だ」

「あはは! 素直じゃないなぁ。でも、そうやって納得してくれたなら、『共同研究』は順調な滑り出しだね」

蒼奈は満足げに、そして春馬の横顔をじっと見つめながら、次の問題へとページをめくった。春馬は、彼女の隣で、自分が少しずつ「空白」を埋めていく感覚に、言いようのない高揚感を覚えていた。


「(……若宮蒼奈。お前はただの100点じゃない。……俺の閉ざされた世界に、新しい『定義』を持ち込む存在だ)」


次の瞬間、蒼奈がニヤリと笑い、練習問題を一問、春馬の前に突きつけた。

「じゃあ、理解度チェック! この方程式を、今教えた武器だけで30秒以内に解いてみて?」

   




明日(2/17)の20:30〜

おい!転生したらカメレオンなんですけど?

第6話公開予定!

内容は8000字になります。


暇な時間にでも読んでくれると嬉しいです!

第1話から第5話まで公開中です!

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