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第九十六話「テスト週間②」


「……一緒に勉強、だと? 若宮、お前は学習効率というものを理解していない。統計的に見て、複数人での勉強は、往々にして『会話』や『間食』といった目的外行為(脱線)へと逸脱する。結果として純粋な学習時間は極僅かとなり、最初から一人で孤独に机に向かう方が遥かに高いパフォーマンスを発揮できる。お前の提案は、論理的な自殺行為だ」


早朝の静謐な図書館。その一角で、全教科満点の才媛はこともあろうに、顔を少し下げる仕草まで完璧にトレースし、低く冷徹なトーンで「箕島春馬」という人格を降臨させていた。その再現度の高さは、もはや悪意を通り越して一種の芸術の域に達している。


「待て、若宮。……勉強を始めるんじゃないのか? 貴重な早朝のリソースを、なぜ俺の言動のアーカイブを再生することに浪費している」


春馬は、自分の過去の傲慢な発言が目の前で完全に再現されるという、この世の地獄のような羞恥に耐えながら、必死に机の上のノートを指差した。しかし、蒼奈は満足げに肩をすくめ、自らの演技の余韻に浸っている。


「えへへ、春馬くんモノマネ自信アリなんだよね! 私的には自画自賛できるレベルだよ。どう? 自分の言葉を客観的に再生される気分は?」


「似ているのか?……若宮は定期的に俺のモノマネを披露するが、よくよく考えたら、俺はそんなに『痛いやつ』だったのか?」


思わず溢れ出したのは、深刻な自己嫌悪に近い問いかけだった。自らの論理を絶対的な盾として振る舞ってきたが、それを他者の口から、それも楽しげに語られることで、自分の言動がいかに周囲から浮き、社会的に不適合な「痛々しさ」を孕んでいたかを、春馬は今さらながら突きつけられたのだ。


「うーん……痛いやつの定義によるけど、一般的にはそうかも! でも、私は面白いよ。春馬くん、意外と表情が分かりやすいから見てて楽しいよ!」

蒼奈はそう言って、椅子を少しだけ春馬の方へ近づけた。彼女の瞳は、研究対象を慈しむような、あるいは最もお気に入りの玩具を愛でるような光を宿している。


「それにしても春馬くん、今の言葉聞き捨てならないなぁ。『痛いやつだったのか?』なんて、普段の君なら絶対に使わないような、定義が曖昧で抽象的な表現を使って聞いてくるなんて。それって、よっぽど焦ったんだね?」

「……っ、それは、単に語彙の選択を誤っただけで――」


「はい、言い訳禁止! でも、そういう『揺らぎ』が出ちゃうところが、私にとっては一番の観測ポイントなんだよね。さて! 前置きはこれくらいにして、今回の『共同研究』の主題を発表します!」

蒼奈はパン、と軽やかに手を叩き、周囲の視線を一瞬だけ集めた後、いたずらっぽく、しかし真剣な眼差しで告げた。


「今回のテーマはズバリ、『一緒に勉強することで、本当にテストの点数を劇的に上げることができるのか?』の検証です! 春馬くんが言った『複数人だと効率が落ちる』っていう仮説を、私が100点の論理で粉砕してあげる。……いい? これは、私にとっても、君にとっても、負けられない戦いだよ」


春馬は、目の前の「先生」という名の挑戦者を見つめ返した。彼女が提示したのは、単なる教育支援ではない。春馬が頑なに守ってきた「孤独の論理」と、彼女が信じる「不確実な楽しさ」を賭けた、真っ向勝負の実験だった。


「……面白い。その挑戦、受理しよう。俺の点数が上がればお前の勝利、停滞すれば俺の論理の正しさが証明される。……だが、俺が補習になれば俺の人生が詰む。……負けられない理由なら、こちらに山ほどある」


「よし、交渉成立! じゃあ、まずは春馬くんのその『得意の数学』から、勉強していこうか!」


早朝の図書館。二人の間に広げられた教科書は、もはや単なる知識の塊ではなく、互いの存在をぶつけ合うための「作戦盤」へと変貌を遂げていた。

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