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第八十九話「近づく第一期末テスト⑩」


放課後のチャイムが鳴り、生徒たちが教室を後にする。春馬は自席で、脳内の「カテゴリー再定義」を最終確認していた。


「(隣にいるのは若宮 蒼奈という個人ではない。100点を出力する教育用インターフェースだ。俺は今から、このデバイスへのアクセス許可を申請する。……感情は不要。不信感は論理的に無効化されている。……よし、実行に移す)」


春馬は大きく息を吸い、隣の席で帰り支度をしている「デバイス」へと、ゆっくりと首を向けた。


「若宮。……。俺は、お前に――」


そこまで言いかけた瞬間、春馬の視界が歪んだ。

蒼奈がこちらを向いた時、彼女の背後に、昨日階段下で笑っていたあの女子グループの残像が重なった。


「――あはは、盛大に振るよ」

「勘違いさせて、告白させるの」


脳の最深部、理屈では決して届かない原始的な領域が、警報を鳴らし始めた。


「女性(敵)」が自分を見ている。自分を陥れようとしている。その「恐怖」が、春馬が必死に築いた「教育デバイス」という薄っぺらなラベルを一瞬で焼き切った。


「(……っ! 呼吸が……うまく、できない……。脳内の定義が……拒絶されている……!)」


肺が酸素を拒む。指先が震え、冷たい汗が背中を伝う。

春馬は自分の膝を、骨が鳴るほど強く握りしめた。


「(ダメだ……。論理で上書きしたはずなのに、本能が全力で拒否している。……俺は、これほどまでに……『女性』という存在が怖いのか。……昨日見たあの女子たちの悪意は、俺の過去の傷に塩を塗り込み、傷口をさらに深くしただけだった。……あいつらは、人を壊すことを『ゲーム』と呼んだ。若宮、お前も今、俺が壊れるのを待っているのか……!?)」


視界がチカチカと明滅し、過呼吸気味の呼気が漏れる。蒼奈の心配そうな顔すら、今の春馬には「獲物を品定めする捕食者の歪んだ笑み」に変換されて見えていた。


「春馬くん!? ちょっと、どうしたの? 顔色がすごく悪いよ……」

蒼奈が手を伸ばそうとする。春馬は反射的に身を引いた。その拒絶は、もはや「嫌い」というレベルではなく、死を恐れる生物としての「生存本能」だった。


「……来るな。……触れるな」

喉を掻き切るような掠れた声で、春馬は必死に絞り出す。


「若宮。……10分だ。10分だけ、俺に時間をくれ。 ……俺の、システムを……再起動リブートさせる必要がある。……その間、俺に構うな。視線を向けるな。……ただ、そこに待機していろ」

蒼奈は、春馬の尋常ではない様子に息を呑んだ。彼女は差し伸べようとした手を引き、ただ静かに、春馬の隣で時計の針が刻む音を待つことに決めた。


「(……惨めだ。全教科100点のデバイスにアクセスするだけで、俺の精神はここまで摩耗するのか。……だが、10分待て。この10分で、俺は再びこの恐怖を殺し、論理の仮面を被り直す。……そうしなければ、俺の未来(平均点)は……ここで終わる……)」

春馬は机に突っ伏し、荒い呼吸を整えながら、暗闇の中で自分という名の壊れた機械を、必死に繋ぎ合わせようとしていた。

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