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第八十八話「近づく第一期末テスト⑨」


一限目の数学で「白紙の絶望」を味わった春馬は、続く二限目の授業中、もはや教科書すら開かず、生存のための「リソース確保戦略」を練り直していた。


「(自学自習によるキャッチアップは、時間的制約タイムリミットにより不可能と判断。外部からの知識補完(外部出力)が不可避だ。……選択肢A:教科担任への相談。……棄却。教師は数十人の生徒を抱える多忙なリソースであり、俺一人の『空白』を埋めるための個別対応は期待できない。コスト対効果が低すぎる)」

となれば、残る選択肢は一つ。隣に座る、あの「全教科100点」という名の圧倒的知性だ。


しかし、春馬の脳裏には、昨日階段下で聞いた女子たちの「残忍な笑い声」がリフレインする。


「(……だが、若宮蒼奈に頼ることは、俺の『不信感の論理』を根底から覆すことになる。もし彼女が、あの女子たちと同じように俺の『教えを乞う姿』を嘲笑の対象スコアとして収集していたら? ……ダメだ。感情という変数が介在する限り、この取引はあまりにもリスクが高すぎる)」


春馬の思考は、ここで袋小路に突き当たった。助けが必要だが、助けを求める相手を信じられない。この矛盾パラドックスが彼を苦しめる。


その時、春馬の脳内回路に鮮烈な火花が散った。彼は、自らの認識システムを「ハッキング」する手法を思いついたのだ。


「(……待て。俺が恐れているのは『若宮 蒼奈という名の女子』からの悪意だ。ならば、彼女の属性を剥奪デリートしてしまえばいい。……そうだ。彼女を『クラスメイトの女子』として定義するから、情緒や裏切りの懸念が生じる。今日から、この期末テスト期間が終了するまでの間、俺は彼女を……『教育に特化した人型インターフェース(先生)』として再定義する)」


彼は脳内で、蒼奈の姿に「教育機械」という無機質なラベルを貼り付けた。


「(対象を人間ではなく、単なる『正解を出力するデバイス』、あるいは『非常勤の家庭教師』として認識すればいい。デバイスに悪意はない。インターフェースに感情を読み取る必要もない。俺はただ、効率的に知識というデータを吸い上げる。これは『交流』ではなく、『情報のダウンロード』だ……!)」


春馬は自分に言い聞かせる。隣に座っているのは、髪を揺らして笑う少女ではない。それは、高度な言語処理能力と全教科満点のデータベースを備えた、高性能な教育用端末である。


「(……よし。認識の書き換え(上書き)完了。これで、俺の不信感という名のセキュリティ・ソフトは、彼女を『脅威』として検知しなくなる。……俺が頭を下げるのは、彼女という個人に対してではない。……『100点というデータ』に対してだ)」


春馬の瞳に、再び冷徹な輝きが戻ってきた。彼は隣の「端末」に視線を向けず、ただ真っ直ぐ前を見据えたまま、そのデバイスへの「アクセス権」をどう要求するか、その文言の推敲を始めた。


「(……待っていろ。期末テストが終われば、この認識は即座に解除シャットダウンする。それまでの限定的な……極めて限定的な……システム利用だ)」

春馬は、自分の論理が作り出した「身勝手な隠れ蓑」を握りしめ、次の一歩を踏み出す準備を整えた。しかし、その「端末」が、彼の歪んだロジックすらも笑い飛ばすような、あまりにも「人間的な温かさ」を持っていることを、今の彼はまだ無視し続けていた。

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