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第八十五話「近づく第1期末テスト⑥」


終礼のチャイムが鳴り終わるのとほぼ同時に、春馬は鞄を掴んで立ち上がった。隣で何かを言いかけようとした蒼奈に視線を向けることすらせず、彼は機械的な足取りで教室を後にした。


「(演算停止:……これ以上のデータ収集は不要だ。……周囲のノイズを拾う必要もない。……ただ、この空間から自己の存在を物理的に消去する。それが今の最優先事項だ)」


階段を下り、昇降口で靴を履き替える動作にすら、一切の感情が宿らない。いつもなら「校内放送の不当性」や「効率的な暗記法」について巡らせていた思考の歯車は、完全に噛み合わせを外され、空転していた。


校門を抜け、駅へと向かう道すがら、春馬の瞳には何も映っていなかった。


「(……テスト? ……補習? ……そうだ、そんなことがあった。だが、今の俺にとって、それらは『生存』に直結しない低次の変数だ。……夏休みが補習で潰れようが、平均点を割ろうが、それがどうしたというのだ。……あの女子たちが笑っていた、あの『ゲーム』の一部になることに比べれば、補習など単なる時間の浪費に過ぎない)」


彼は、自分の「平均点死守」という目標すらも、滑稽な茶番のように感じ始めていた。結局、どれだけ効率的に立ち回ろうと、他者の悪意という巨大な不条理の前では、個人の論理など紙屑のように吹き飛ばされる。


夕暮れの街を歩きながら、春馬はかつてないほどの「静寂」の中にいた。


「(……考えない。何も……。……若宮の笑顔も、彼女が100点である理由も、俺の点数を知っていた事実も。……全てを『ノイズ』として一括削除デリートする。……脳内メモリをクリアし、明日を凌ぐための最低限の電力だけを維持する)」


彼は、自分の不信感を「解消」しようとはしなかった。ただ、その不信感の海に深く沈み込み、外部からの刺激を一切遮断した。補習への不安も、蒼奈への申し訳なさも、あの時感じた胸の痛みも、全てを「非論理的なバグ」として処理し、意識の奥底へ封印した。


自宅の前に着いた時、春馬は自分がどうやってここまで歩いてきたのかすら定かではなかった。


「(……着いた。……これで、誰とも話さなくていい。誰の計算高い親切に触れることもない。……ここだけが、俺の唯一の『独立した領土』だ)」

鍵を開け、暗い室内に入る。電灯も点けぬまま、彼は玄関で立ち尽くした。


本来なら、今頃は「全教科100点」の蒼奈に対抗するための学習計画を練っていたはずの時間。だが今の春馬にあるのは、ただどこまでも続く、空虚で冷え切った「絶対的な凪」だけだった。


「(……明日。……明日も、ただの観測者として……透明な背景の一部になればいい。……それ以上は、何も望まない)」

窓の外では、夜の闇が静かに街を飲み込んでいく。春馬の脳内から「期末テスト」という単語が完全に消滅し、彼はただ、重い眠りの淵へと吸い込まれていった。

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