第八十一話「近づく第1期末テスト②」
朝のホームルーム。担任の教師が教壇に立ち、いつものように連絡事項を伝えていた。窓の外からは部活動の掛け声が聞こえ、教室内には気だるい空気が漂っている。
やがて、スピーカーからノイズと共に校内放送が始まった。
「(……ふん。放送による集団への一律な情報伝達か。内容は推測できる。遅刻の厳禁、カンニング等の不正行為に対する罰則規定の再確認、及び試験範囲の最終告知。……俺のように『平均点』という中心値で安定稼働している個体にとって、これらの警告はノイズ(雑音)と同義だ。聞き流すのが最も時間対効果が高い)」
春馬は視線を落とし、心の中で「平均点死守プロトコル」の最終調整を行っていた。
放送の声が、定型文のような注意事項を読み上げていく。しかし、その最後の方で、春馬の耳が聞き慣れない文言をキャッチした。
『――最後に、今回の第一期末テストより、補習の対象者について一部変更があります。これまでは欠点、いわゆる赤点を取得した生徒のみが対象でしたが、今回からは、全科目において「平均点以下」となった生徒も補習の対象となります。』
「…………は?」
春馬の思考が、一瞬で凍りついた。
「(……待て。今、何と言った? 『平均点以下』も補習だと? ……そんな馬鹿な。統計学的に見て、集団の約半数は平均点以下に位置することになる。その膨大な人数の生徒を補習に回すというのか? ……いや、学校側は『全科目において平均点以下』と言った。つまり、一つでも平均点を超える科目があれば回避できる……。だが、俺の戦略は『全科目で平均点を狙う』ことだ。つまり、一歩間違えれば、俺は……補習対象者(落ちこぼれ)としてリストアップされるということか!?)」
春馬は微動だにせず、真っ直ぐ前を見つめていた。しかし、その瞳の奥は、かつてないほどの激震に見舞われていた。
「(これは制度的なテロだ! 俺が長年築き上げてきた『平均点という名の最適解』が、一瞬にして『補習のリスク』へと反転した。平均点を目指すということは、統計的な揺らぎによって数点下振れしただけで、即座に補習という名の強制労働に従事させられることを意味する。……この学校は、俺のような効率主義者を根絶やしにするつもりか!?)」
声に出せば、自分の敗北を認めることになる。春馬は必死にポーカーフェイスを維持しようとしたが、その指先が机の上でわずかに痙攣しているのを、彼は隠しきれなかった。
その時、隣の席から「く、くく……」という、押し殺したような変な音が聞こえてきた。
見れば、蒼奈が両手で口を抑え、肩を小刻みに震わせている。彼女の顔は、笑いを堪えるあまり真っ赤になっていた。
「(……ぷっ、あはは……! 春馬くん、顔! 顔がすごいことになってる! 『平均点が一番コスパいい』みたいなことを言った直後にこれなんて……神様、面白すぎるよ……!)」
彼女は必死に声を出すのを我慢していた。ここで爆笑すれば春馬が本気で怒り、共同学習のチャンスが消えるかもしれないからだ。しかし、あまりにも出来過ぎた「論理の崩壊」に、彼女の腹筋は限界を迎えていた。
「(……若宮。お前、笑っているな。この、俺の危機を、エンターテインメントとして消費しているな……!)」
春馬は、ゆっくりと、呪いをかけるような視線を蒼奈に向けた。
「……若宮。何か面白いことでもあったのか?」
「……っ、ふぅ。……ううん、なんでもないよ? ただ、『平均点って、意外とスリル満点な位置なんだなぁ』って思っただけ。……ねえ春馬くん、やっぱり一緒に勉強しよ? じゃないと、夏休み、補習で埋まっちゃうよ?」
蒼奈の言葉は、今の春馬にとって、どんな最強の論理よりも重く、拒否できない「正論」として突き刺さった。
「(防壁、完全崩壊。……俺の夏休みというリソースを死守するためには、最早、この『全教科100点の怪物』の軍門に降る以外の選択肢は残されていないというのか……!)」
春馬は、絶望の色を隠せないまま、窓の外の青空を睨みつけることしかできなかった。




