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第七十八話「高速振動の虚勢」


西日が差し込む放課後の教室。春馬は完全に意識を覚醒させ、まずは深く、長く息を吐いた。


「(意識の断絶時間は約50分。手の甲には若宮の付箋。寝言の指摘……。……落ち着け。これは、若宮による高度な心理戦、すなわち『カマかけ』の可能性はないか? 彼女は俺が意識を失いかけていたのを察知し、実際には寝ていない時間も含めて『寝ていた』と定義することで、俺の自白(自爆)を誘っているのではないか?)」


春馬の脳内では、自らの失態を「なかったこと」にするための論理的再構築が、超高速で開始された。


「(……とはいえ、単に『寝ていない』と主張するのは、付箋という物的証拠がある以上、無策に等しい。……必要なのは、『寝ているように見えたが、実は高度な知的活動に従事していた』という物理的説明だ)」


春馬は、隣でノートを整理しながら、今にも吹き出しそうな顔でこちらを伺っている蒼奈に向き直った。彼はあえて、冷徹な「研究者」の表情を完璧に作り上げた。


「……若宮。先ほどの付箋の内容だが、根本的な観測エラーを指摘させてもらう。俺は寝てなどいない」


「えっ? あんなに規則正しく寝息立ててたのに?」


「それは呼吸法による精神統一だ。……そして、お前が『目を閉じていた』と判断したのは、俺の『超高速まばたき』による残像現象に過ぎない」


「……はい?」


春馬は一切の迷いなく続けた。


「人間が視覚情報を処理するフレームレートには限界がある。俺は極度の集中状態において、眼球の乾燥を防ぎつつ視覚情報を遮断しないよう、1秒間に数十回の高速まばたきを繰り返していた。お前の動体視力では、その開閉の瞬間を捉えきれず、結果として『まぶたが閉じている』という静止画として脳が誤認したのだ。……寝言についても、それは思考の高速化に伴う脳内情報のリーク(漏洩)であり、生理的な睡眠とは無関係だ」


春馬は、自分のこの「理論」が、いかに物理的に不可能(まぶたの筋肉が持たない)かを自覚していたが、今の彼にはこれしか盾がなかった。


一瞬の静寂の後。


蒼奈は、これまで見たこともないような勢いで机を叩いて笑い出した。


「あはははは! 酷すぎる! 春馬くん、それ本気で言ってるの!? 『高速まばたき』って……! 残像って……! お願い、もう一回やってみてよ、その高速まばたき!」


「……笑うな! これは極めて高度な身体制御の結果であり、安易な再現は筋肉の損傷を招く……!」


「お腹痛い……! 春馬くん、そんなに『寝てた』って認めるのが嫌だったんだね。……いいよ、分かった。春馬くんは寝てたんじゃなくて、『超高速で瞬きしながら、脳内情報をリークさせてた』ってことにしといてあげる!」


春馬は、自分の必死な言い訳が、蒼奈にとって「最高の娯楽」として消費されてしまったことを悟った。教室に残っていた他の生徒たちも、蒼奈の笑い声に誘われてこちらを振り返り、春馬の真っ赤な顔を見てクスクスと笑い始めている。


「(……壊滅的だ。高速まばたき理論、採用失敗。……だが、これによって『若宮にカマをかけられて自爆する』という最悪のシナリオだけは回避した……はずだ。……いや、笑われ続けている時点で、社会的ステータスは既にゼロ以下だが……)」

春馬は再び、今度は「高速まばたき」ではなく、羞恥心から本当に目を固く閉じた。その耳は、夕焼けよりも赤く、激しく燃えていた。

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