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第七十七話「論理の強制シャットダウン」


午後一番、五限目の古典の授業。昼食後の血糖値上昇と、前夜の徹底した検索による睡眠不足が、春馬の脳を容赦なく蝕み始めていた。


「(前頭前野の機能低下を検知。視界のフレームレートが著しく低下している。……落ち着け。これは単なる『脳波の徐波化』だ。深呼吸を行い、覚醒レベルを維持しろ……)」


彼は、古典の先生が朗読する『枕草子』の音節を物理的な振動データとして処理しようとしたが、その心地よいリズムは、今の彼にとって抗いがたい「スリープ・プロトコル」へと変換されてしまった。


隣の席では、蒼奈が春馬の様子をジッと観察していた。朝の「ロボットモード」とは打って変わり、時折、首が数センチだけカクンと揺れる春馬の姿。


「(……あれ? 春馬くん、もしかして……)」


「(……だめだ。意識が、事象の地平線へと吸い込まれる……。昨夜の俺は、検索という情報収集に……時間を……割きすぎた……。……睡眠不足は……論理的思考の……最大の……敵……)」


春馬の思考が断片化していく。


「無機質化」という盾が手から滑り落ち、彼の意識はついに、暗い海の底へと沈んでいった。


春馬は、ついに教科書の上に突っ伏してしまった。


規則正しい寝息。眼鏡が少しだけズレ、鉄壁の無愛想な表情は消え去り、そこにはただの「疲れ果てた高校生」の無防備な顔があった。


「……本当に寝ちゃった。あんなに朝、偉そうなこと言ってたのに」


蒼奈はクスクスと音を立てないように笑い、それから、自分にしか許されない「特別な観測」を開始した。彼女は、昨日貰ったばかりのノートを取り出し、新しいページにペンを走らせる。


『6月10日、午後2時。最強の論理主義者、睡魔に敗北。寝顔は意外と、子供っぽい……』



蒼奈は、春馬が起きないことを確認すると、そっと彼の寝癖を指先で直してあげた。そして、彼の閉じた瞼のすぐそばで、小さな声で囁く。


「お疲れ様、春馬くん。……頑張って、私への対策を練ってたんでしょ?」


放課後。西日が教室に差し込む頃、ようやく春馬の意識が浮上した。


「(……っ! システム再起動リブート……! 眠っていた……だと? この俺が、学校という公的な観測の場で……!)」


慌てて周囲を見渡すが、授業は既に終わっていた。そして、自分の手の甲に、一枚の付箋ふせんが貼られていることに気づく。そこには蒼奈の丸い文字でこう書かれていた。


『寝言で「それはただの筋収縮だ……」って言ってたよ。面白いからノートに記録しといたね!』


「…………っ!!」

春馬は、昨夜の自分の努力が、全て「寝言」という形で蒼奈への格好のネタとして提供されてしまったことを悟り、絶叫(心の中で)を上げながら、再び机に突っ伏すことしかできなかった。

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