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第七十話「6月8日の放課後」


放課後。部活動へ向かう生徒たちの声が遠ざかり、夕焼けが教室の床を赤く染め上げる中、春馬は自席で「その瞬間」を待っていた。


昼休みも、掃除の時間も、彼は隙を伺っていたが、蒼奈の周囲に絶え間なく発生する「祝福のバリア」を突破することはできなかった。

ようやく訪れた二人きりの空間。春馬の心拍数は、彼の設計した「平時維持プロトコル」を完全に無視して、警報レベルにまで上昇していた。


「(最終シミュレーション完了:これ以上の遅延は、今日という日付を跨ぐリスクを生じさせる。日付が変われば、この『贈与』は『誕生日プレゼント』から『意味不明な物品の譲渡』へと変質し、論理的説明がさらに困難になる。……今だ。今、この感情のデッドラインを越えるしかない)」


春馬は鞄の奥底から、丁寧にラッピングされた小さな包みを取り出した。指先がわずかに震えているのは、低血糖のせいではなく、「未知の変数(蒼奈の反応)」に対する生存本能的な恐怖によるものだ。


「あ、春馬くん。まだ残ってたんだ?」


蒼奈が帰り支度を整え、彼の方を向く。その無防備な笑顔に対し、春馬は練習した通り――いや、練習よりも遥かに早口でぶっきらぼうな声を放出した。

「……若宮。これを受け取れ。……いや、正確には『受領してくれ』」


彼は目を逸らしたまま、包みを蒼奈の机の上に、まるで爆発物を置くかのような手つきで置いた。


「えっ……? これ、もしかして……」


「勘違いするな。これは俺の単独の意志ではない。……この前、君の姉の若宮さん(麗華さん)と買いに行ったんだ。詳細は姉に聞いてくれ。 俺はただ、彼女の助言に基づき、君のノートテイクにおける非効率性を解消するためのリソースを調達したに過ぎない。……そう、これは『共同研究の維持費』のようなものだ」


春馬は一気に捲し立てた。麗華の名前を出すことで、このプレゼントが持つ「個人的な重み」を薄め、「姉に誘われたから仕方なく買った」という論理的な言い訳を必死に構築したのだ。


春馬の頭脳は、言葉を発するたびに言い訳の追加レイヤーを生成し続けていた。

「(脳内補足:そうだ。若宮(麗華さん)の名前を出せば、彼女は姉に確認を取るだろう。そこで麗華さんが『私が強引に連れて行った』と証言してくれれば、俺の『自発的な好意』という脆弱性は隠蔽される。これは完璧な責任転嫁のスキームだ。……しかし、なぜだ。なぜ、これほどまでに胸が苦しい。あいつが包みに手を伸ばすその動作一つに、俺の全神経が同期して、演算がショートしそうだ……!)」


彼は蒼奈の表情を見ることができなかった。もし見てしまえば、自分が構築した「姉のせい」という脆い防壁が、彼女の「嬉しそうな笑み」という一撃で粉々に粉砕されることを本能で悟っていたからだ。


「……とにかく、中身についての苦情は受け付けない。俺は、君の生活習慣における欠陥を補完するツールとして、それが最適だと判断した。……それだけだ。以上だ!」


春馬の「演説」が終わっても、蒼奈はしばらく何も言わなかった。ただ、大切そうに包みを両手で包み込み、革の香りを確かめるように鼻を近づけていた。

「……春馬くん。お姉ちゃんと一緒に、私のために……わざわざ時間を作って、選んでくれたんだね」


「……だから、詳細は姉に聞けと言っている。俺の関与は最小限……」


「ううん。ありがとう、春馬くん。お姉ちゃんから聞かなくても分かるよ。これが、春馬くんが一生懸命、私のことを考えてくれた結果だってこと。……最高の誕生日プレゼントだよ」

春馬は、ついに耐えきれず、鞄を掴んで立ち上がった。


「(最終警告:システム限界。これ以上の滞在は、全論理の崩壊を招く。……逃走を開始する!)」


「……ふん。勝手に解釈しろ! 俺は帰る!」


真っ赤になった耳を晒しながら、春馬は風のように教室を去った。背後で、蒼奈が「明日、早速このノートに最初の研究記録を書くね!」と弾んだ声を上げたのが聞こえたが、春馬はそれを「高周波ノイズ」として脳の奥に無理やり押し込み、階段を駆け下りていった。


夕暮れの校庭で、春馬は一人、天を仰いだ。

「(……失敗だ。朝に渡せばよかったなんてレベルじゃない。……姉の名前を出しても、結局、俺の『ピュア』な部分をあいつに全開で見せてしまった気がする……。……若宮蒼奈……お前は、どこまで俺を論破すれば気が済むんだ……!)」

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