第六十七話「緊急共同研究④」
セレクトショップの中を三周し、春馬の脳内メモリは限界に達していた。麗華に指摘された「自分がどう思われるかのリスク計算」を排除し、「蒼奈の日常」をシミュレートする。その作業は、春馬にとって未知の演算領域だった。
「(再演算:若宮の日常……。彼女は常に周囲を観測し、笑顔を振りまき、エネルギーを消費している。……彼女の日常において、『最も頻繁に発生し、かつ彼女の論理を助けるノイズ』は何だ?)」
彼は棚の片隅、華やかな装飾品に隠れるように置かれた、ある実用的なコーナーで足を止めた。
春馬が手に取ったのは、手のひらに収まるサイズの、「高品質な革製のメモカバー」と、それに収まる「厚手の小さなノート」だった。
「お、ノート? 意外と普通……いや、春馬くんらしいね」
「……いや、ただのノートではありません。若宮さんは気づいていないかもしれませんが、若宮(蒼奈)は常に何かをメモしています。俺との会話で得たデータ、日常の些細な気づき。……しかし、彼女はいつもその辺にあるルーズリーフやレシートの裏を使っている。それは情報の保存性において著しく非効率です」
春馬は熱を帯びた手つきで、その質感を確かめる。
「この革カバーは、使い込むほどに馴染むが、決して主張しすぎない。そして中のノートは『交換可能(リフィル式)』です。……つまり、中身は『消えもの(消耗品)』でありながら、外側は『継続的な思考の器』として機能する」
若宮 麗華は、春馬が選んだその品をじっと見つめ、口角を上げた。
「……それ、完璧じゃない。蒼奈が『研究ノート』を書くための道具。しかも、君が贈ったものに彼女が新しいページを書き加えていく。……春馬くん、これを選ぶのにどれだけの葛藤があった?」
「……多大なるコストを支払いました。これが『重すぎる』というリスクは否定できない。しかし、彼女の『予測不能な楽しさを記録する』という行為を支援することは、俺たちの関係性)において、最も論理的な整合性が取れると判断しました」
彼は、自分自身の「消えもの理論」を一部修正した。
(修正後の論理: 「相手の本質的な活動を支援する道具であれば、それは『重荷』ではなく、『拡張機能』として定義できる」)
「合格! 蒼奈、これをもらったら絶対に『春馬くん、私のこと見ててくれたんだ!』って大喜びするよ。……良かったね、春馬くん。自分の殻から一歩、踏み出せたじゃん」
「……踏み出したわけではありません。ただ、最適なリソース配分を導き出しただけです。……会計を済ませてきます」
春馬は足早にレジへ向かったが、その背中は一時間前よりもどこか軽やかだった。麗華は、彼が選んだ「ノート」が、蒼奈にとってどれほど大きな意味を持つか、そして春馬自身がそれに気づいていないことを、温かい眼差しで観測していた。
「(最終ログ:プレゼント選定、完了。……6月8日。この物理的な記録媒体に、彼女が最初に何を書き込むのか。……それは、俺の論理ではまだ、予測できない)」




