第六十三話「強制的な共同研究」
文房具店の通路。春馬は麗華の鋭い追及に対し、精一杯の「論理的なポーカーフェイス」を維持した。
「……若宮さんが仰るような『面白いこと』などありません。ただ、妹の若宮(蒼奈)が改めて脅威的な存在であることを再認識させられる日々に、多少なりとも翻弄されていただけです。……演算リソースが削られているのは事実ですが」
「ふふ、翻弄されてるって認めちゃうんだ。春馬くん、やっぱり素直だね。……ねえ、ところでさ、今週の土曜日って空いてる?」
春馬は眉をひそめ、即座に「時間資源の防衛」に入った。
「どうしてそんなことを聞くんですか? 予期せぬスケジュールの割り込みは非効率です。俺は基本的にインドア派なので、土曜日は自宅で知的活動の休息(引きこもり)に充てます」
麗華は棚の整理を終え、春馬の目を真っ直ぐに見つめた。
「今日は金曜日でしょ? で、来週の月曜日――6月8日は、蒼奈の誕生日なんだよ」
春馬の思考が一瞬停止した。「誕生日」。それは彼が人生において最も軽視し、排除してきた非論理的な記念日の一つだった。
「……若宮の誕生日? それなら、若宮本人の予定を聞くべきではないですか。俺に聞くのは論理的な筋違いです」
「はぁ……。春馬くんって、本当に『察すること』が苦手そうだね。そこが面白いんだけどさ」
麗華は呆れたように笑い、春馬にとって最大級の衝撃的な提案を投げかけた。
「蒼奈の誕生日プレゼント、一緒に買いに行かない?」
春馬は即座に首を横に振り、自身の「知識データベース」から猛烈な反論を開始した。
「お断りします。そもそも姉であるあなたが選んだ方が、最適解に辿り着く確率は高いはずだ。それに……」
春馬はここで、SNSの議論で得た「現代の対人リスク管理」の知識を披露する。
「ただのクラスメイトから突然プレゼントを贈られるのは、被贈与者にとって不気味でしかないというデータがあります。SNSの掲示板や投稿を見ても、『なんともいえない距離感の相手からの贈り物は困る』という意見が多数派です。これは論理的なリスク回避です」
「……ソースがSNSっていうのは、ちょっと情報が偏ってて危険なんじゃない? 統計データとしては、相手との『心理的距離』を計算に入れてないでしょ?」
麗華は楽しそうに春馬の論理の穴を突く。
「蒼奈の理解者であり、最強の身内であるこの私が、『春馬くんがいい』って推薦するんだから、不気味なはずがないでしょ。 むしろ、君が選ぶことに意味があるの。……はい、決定! 土曜日、駅前の時計台に10時ね。」
「……決定? 待ってください、俺はまだ同意のサインを……」
「異議は却下! これは『蒼奈を笑顔にするための共同研究』の強制依頼だよ。遅刻したら、もっと怖いペナルティがあるかもよ?」
麗華は悪戯っぽくウィンクして、奥のレジへと戻っていった。一人残された春馬は、手に持ったシャーペンの芯を見つめ、「SNSの論理が通用しない、若宮姉妹という特異点」に、深い絶望と、今まで感じたことのない不可解な焦燥感を感じていた。
「(演算不能:土曜日……10時……。……なぜ俺は、今の強引な決定を『論理的に論破』できなかったんだ……?)」




