第六十二話「演算エラーの帰り道」
校門を抜けて駅へと向かう道中、春馬の脳内では猛烈な自己批判が繰り返されていた。
「(重大なシステム障害:先ほどの捨て台詞……『純粋なのはお前の方だろ』。これは、俺の論理的防壁を自ら爆破するに等しい自壊行為だ。なぜあんな非効率な文字列を出力した? 脳内麻薬による一時的な演算機能の不全か?)」
彼は、自分の顔がまだ熱いことを自覚し、鞄のストラップを強く握りしめた。
「(反省。来週の朝、若宮とどのような顔をして対面すべきか。……いや、『昨日の発言は、君の理論の矛盾を指摘するための比喩表現に過ぎない』と、論理的な言い訳を今から100通り用意しておく必要がある)」
思考のループに陥っていた春馬は、ふと、自分の筆箱の中にあるシャーペンの芯が最後の一本だったことを思い出す。
「(リソース確認:HB 0.5mm。予備なし。学習効率を維持するためには、帰宅前に補充が必須だ)」
彼は、商店街の角にある古びた、しかし品揃えの良さそうな文房具店に足を踏み入れた。店内はインクと紙の匂いが漂い、春馬の荒ぶる思考をわずかに沈めてくれる。
彼がお目当ての芯の棚を探して通路を進んでいると、不意に背後から、蒼奈よりも少し低く、落ち着いた、しかしどこか見透かすような声が響いた。
「――あれ? 春馬くんじゃん。奇遇だね」
春馬が驚いて振り返ると、そこには店のエプロンを身に着けた、若宮 麗華が立っていた。蒼奈の姉である。
「……若宮さん?」
春馬は一瞬フリーズしたが、すぐに礼儀正しく、しかし警戒を解かない姿勢で頭を下げた。
「……ご無沙汰しています。この前振り……いえ、先日はお世話になりました。ちゃんと覚えていますよ」
「ふふ、『この前振り』って言いかけたね。相変わらず、人間を『フラグ』か何かで分類してるのかな? でも、私のことを覚えててくれたのは嬉しいな」
麗華は棚を整理する手を止め、面白そうに春馬を眺めた。
「記憶容量の無駄遣いかもしれませんが、特筆すべき存在は記憶に留めるのが俺の仕様ですから。……それより、大学に行きながら、ここでアルバイトをしているんですね」
麗華はエプロンのポケットに手を入れ、春馬に一歩近づいた。
「そう。大学がこの近くでね、時々手伝ってるの。……ところで、春馬くん。今、何か面白いことあったでしょ?」
「……何のことですか。俺はただ、シャーペンの芯という必須リソースを調達しに来ただけですが」
「嘘だね。今の君、『論理』で必死に何かを隠そうとして、隠しきれてないノイズが体中から出てるよ。……蒼奈と、何かあった?」
春馬は息を呑んだ。この姉妹は、揃いも揃って「論理の隙間」を見つけるのが異常に上手い。
「(緊急事態:若宮 麗華。蒼奈よりもさらに高度な心理分析能力を持つ個体。ここで下手な情報を与えるのは、さらなる論理的崩壊を招くリスクがある……!)」
春馬の「日常への帰還」は、文房具店でのこの予測不能な再会によって、さらなる波乱の予感に包まれるのだった。




