第六十話「純粋性の存在証明」
給食が終わり、教室が昼休みの喧騒に包まれる。ほとんどの生徒がグラウンドや廊下へ流れる中、春馬は自席で一人、「純粋」という不名誉なラベルを剥がすための最終論理兵器を組み立てていた。
彼は、午前中ずっとこのことだけを考えていた。彼にとって「純粋」とは、無防備で、愚かで、裏切られるのを待つだけの脆弱な存在を指す言葉だったからだ。
若宮 蒼奈が、食後のリラックスした様子で春馬の前に現れる。
「春馬くん、まださっきの『純粋』のこと考えてるの?」
待ってましたと言わんばかりに、顔を上げ、教室の空気を一変させるような「論理的演説」を開始した。
「若宮。俺は昼休みの時間をすべて使い、君の主張した『純粋』という概念を完全に解体した」
「えっ、すごい。聞かせて?」
「いいか。そもそも『純粋』とは、人前に披露された言動の結果から他者が下す二次的な評価に過ぎない。つまり、中身が真っ黒な人間であっても、『純粋であると一般的に定義される言動』を計算して披露すれば、社会的にはその人間は『純粋』として定義される」
春馬の声が熱を帯びる。
「故に、観測不能な『中身(純粋性)』は存在しない。存在するのは『純粋に見える演技(出力データ)』だけだ。だから俺が君にかけた挨拶も、演算の結果出力された戦術であり、俺の中に『純粋』などという不確定要素は存在しない。正確には分からないはずだ!」
彼は自信満々に言い放った。「自分の心は誰にも分からない(だから純粋でもない)」という、彼なりの究極の自己防衛だった。
蒼奈は、春馬の長々とした演説を最後まで楽しそうに聞き届け、ふっと優しく、そしてトドメを刺すような笑みを浮かべた。
「ねえ、春馬くん」
「なんだ。反論があるなら論理的に……」
「『純粋って言われて、その言葉の意味を必死に考えて、答えを私に説明するために一生懸命演説しちゃう今の春馬くんの姿』……それこそが、純粋そのものなんじゃない?」
「………………え?」
「だって、普通は『純粋だね』って言われたら、照れるか、ありがとうって言うだけだよ。それを、わざわざ論理を組み立ててまで『俺は純粋じゃない!』って証明しようとするなんて、真っ直ぐすぎて、嘘がつけなくて、最高にピュアだよ」
春馬の思考がフリーズした。
「(演算エラー:『純粋を否定する行動』が、『純粋の証拠』として再定義された。否定すればするほど、その必死さ(純粋性)が増大する……。これは論理の無限ループ(デッドロック)だ!)」
春馬が何を言っても、蒼奈の「純粋」という観測フィルターを通すと、すべてが「一生懸命な可愛さ」に変換されてしまう。
「ふふっ。春馬くん、顔が赤いよ? それも論理的な演算の結果なのかな?」
「……これは、教室の空調の不具合による体温上昇と、高負荷な演算に伴う排熱……」
「はいはい、純粋な照れ隠し、いただきましたー! 今日のデータも最高にキラキラしてるね!」
春馬は、自分の最強の武器であるはずの論理が、蒼奈の手によって「真っ赤な顔をした少年」の素顔を暴き出すための道具に変えられていることに、絶望的な敗北感と、同時に、どうしようもない心地よさを感じていた。
「(最終観測記録:若宮蒼奈……彼女は、俺の論理を俺の感情に同期させる。……これは、極めて危険な……しかし、拒絶しがたい現象だ)」




