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第四十九話「体育祭⑤」


【第四十八話】で、春馬は蒼奈の「信頼」という言葉に直面し、二人はバランスを崩した。ロープで結ばれた足首は、物理的に二人の関係を物語っている。春馬の心臓はまだ激しく鼓動していたが、彼はそれを「物理的な運動負荷」と「高リスク状況下のストレス」として処理しようとしていた。


「(演算結論:今の失敗は、解析速度の遅延に起因する。『信頼』という計測不可能な変数を導入せずとも、適切な外部同期システムがあれば、論理的な成功は可能である)」


「ふぅ。やっぱり、論理的な解析だけじゃ歩けないね、春馬くん」

蒼奈は笑いながら、春馬の論理的なプライドを否定せず、「論理的な解決策」に見える非論理的な手段を提示した。


「ね、春馬くん。論理的に考えよう。私たちは今、歩く速度、歩幅、重心移動という三つのデータを同時に同期できていない。これらを一瞬で同期させるには、最も効率的な手段が必要だよね?」


「その通りだ。非効率な手段は時間の浪費だ」


「その最も効率的な手段が、『リズム』だよ。私の動きを予測するのに解析を使うから遅れる。でも、掛け声という外部からの指示があれば、考える時間をショートカットできる。論理的には、最短で協調を達成する手段だと思わない?」


春馬の頭の中のシステムは、「外部同期システム」という言葉に反応した。「掛け声=リズム=非論理的」という旧来の式が、「掛け声=外部からの論理的な指示=効率的な手段」という新しい式に書き換えられた。


「……分かった。試行する。どのような音のデータが、最も同期効率を高めるか?」


実証実験フェーズ1:

蒼奈は嬉しそうに頷き、ロープの結び目をチェックしてから、最初の提案をした。

「じゃあ、基本から!『いち、に!』でやってみよう!」

【掛け声:『いち、に!』】

春馬は、「いち」で右足を、「に」で左足を出す、という明確な命令として処理した。


「いち……(歩幅80cmを演算)に……(同期速度1.2秒を演算)」


二人は、最初の五歩は完璧に歩いた。しかし、五歩目以降、春馬が「リズム」ではなく「数値」に意識を集中したため、僅かにタイミングがずれた。

「あー、惜しい!春馬くん、解析するから遅れるんだよ!『いち、に』は、命令じゃなくて心臓の音だよ!もっと感情的なリズムで!」


「しかし、感情的なリズムは計測不可能であり、再現性に欠ける。俺は、論理的な命令として処理する方が効率的だ」


実証実験フェーズ2:

蒼奈は、春馬が「感情」を徹底的に嫌悪していることを逆手に取った。


「分かった。じゃあ、論理的な掛け声にしよう。『右足!左足!』」


【掛け声:『右足!左足!』】


「右足……(脳が部位を認識)左足……(部位に移動指令)。……!遅延!」

春馬が論理的な処理を優先したため、部位の名称を認識する思考の時間が発生し、同期速度はさらに低下した。


「だーめ!やっぱり言葉の意味を考えると、体が固まっちゃうよ!じゃあ、非論理的な掛け声を試すよ!」

「『蒼奈!春馬!』でどう?自分の名前だと、他者との連携を意識しやすくなるかもしれない!」


【掛け声:『蒼奈!春馬!』】

春馬の体が、最も強い拒絶反応を示した。私的な名前を、集団的なリズムとして利用することへの強い抵抗だった。


「(最大警告!『蒼奈』という非論理的な変数を、自己の行動を制御する命令として用いることは、自我の放棄に等しい!)」

二人の歩調は、二歩で完全に乱れ、春馬は思わずロープを結んだまま蒼奈から距離を取ろうとした。


「ははは!春馬くん、顔が真っ赤だよ!そんなに私の名前に抵抗あるんだ?じゃあ、最後の提案!」

蒼奈は、春馬の動揺が「感情的な羞恥心」であることを確信し、抵抗を弱めるための最もシンプルなリズムを提示した。


「じゃあ、『せーの!…(間)…で!』でいくよ。『せーの』で予測と信頼を溜めて、『で』で感情的に踏み出すの!」

【掛け声:『せーの!…で!』】

春馬は、「せーの」で蒼奈の重心の動きを極限まで解析し、「で」という感情的な命令を「予測の完了」という論理的なトリガーとして利用した。


「せーの!…」


「(解析完了)」


「…で!」

その瞬間、二人の足は完璧に同期し、二人はスムーズに十歩、二十歩と歩み続けた。春馬は、自分の論理的な解析と、蒼奈の非論理的なリズムが融合したことに気づいた。


「(演算結果:成功!この『せーの…で!』という非論理的なトリガーが、論理的な解析を最短で実行する最優解だった。これは、感情が論理的な効率を高めるという、新たなデータを証明している!)」


春馬の顔には、論理的な勝利と、蒼奈との密着による成功から得られた予測不能な喜び(見返り)が浮かんでいた。二人三脚の最初の関門は、「論理と感情のリズムの融合」によって突破されたのだった。

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