誰四十七話「体育祭③」
第四十七話公開中!
全校集会が終わり、生徒たちが騒がしく解散していく中、春馬は蒼奈と共に、誰もいない教室へと足早に戻った。彼の頭の中では、体育委員長の説明内容が「幸福の最大化」という新しい目的関数に基づいて解析されていた。
「(演算中。競技の中で『団結力』という最も計測困難で、厄介な要素が勝敗を分けるのは大縄跳びだ。個人の能力に依存しない、集団との強制協調が求められる)」
春馬は、以前の論理であれば即座に排除するはずのこの競技を、あえて選ぼうとしていた。それは、母・春那から提示された新しい公式を、最も厳しい条件で試すためだ。
「若宮。クラス対抗競技は、大縄跳びにリソースを集中すべきだ。これは、集団という名の高リスク(面倒)を伴うが、成功すれば最も大きな見返り(喜び)が得られる可能性が高い。これは、新しい幸福の公式の、最大の実験として適当だ」
「うん、了解!春馬くんが最も面倒な道を選んでくれて、共同研究者としてとても嬉しいよ。じゃあ、まずはクラスの参加者を……」
蒼奈は、春馬が集団でのリスクを引き受けたことに満足しつつ、すぐさま次の段階へと駒を進めた。彼女の視線は、二人三脚の競技説明の箇所に固定されていた。
「大縄跳びは集団で頑張るとして、二人三脚にも出ようよ、春馬くん。あれはペア競技だ。二人だけの協力で成果を出す、最高の共同研究じゃない?」
春馬の思考が、一瞬固まった。二人三脚。それは、互いの足を縛り、体温を感じるほどの密着を強制する、極めて高いリスクを伴う行動だ。これは、「身体的接触」という、彼のトラウマの最も深い層を揺さぶる領域だった。
「(高リスク変数出現。身体的接触(密着)は、旧論理において『裏切りの危険性』を伴うため、即時回避すべきだった。しかし、新しい公式は、見返り(喜び)のためにリスクの受容を命じる)」
春馬は、感情的な恐怖を論理的な疑問という鎧で覆い隠し、蒼奈に問いかけた。これは、「俺が最も論理的なパートナーである」という自負と、「他の男子生徒と組むリスク」を排除しようとする無意識の防衛が混ざったものだった。
「待て、若宮。二人三脚は協調性が最大の鍵となる。君は協調性が高いが、俺は論理的な解析は得意でも、身体能力や協調的な運動は未知数だ。クラスには、もっと身体能力が高く、協調性に優れる生徒が多数存在する。クラス全体の利益を追求するならば、他の生徒と組む方が、勝利という見返りは確実ではないか?
「この研究の目的から考えて、俺こそが、君の意図を最も正確に解析し、最も速く協調可能なパートナーだという論理的な根拠があるのか?俺である必要性を、明確に提示してもらおう」
春馬の言葉は冷静な分析を装っていたが、その奥には「他の誰かでは、この研究は成り立たない」という独占的な主張が潜んでいた。彼は、蒼奈が他の生徒という「非効率な変数」を選ぶ可能性を、論理的に排除しようとしていたのだ。
蒼奈は、春馬の論理的な優位性の主張を、完全肯定という形で受け止めた。彼女は、春馬の本心(俺と組め)を理解し、それを論理で包み直して返した。
「ありがとう、春馬くん。君の疑問は極めて論理的で正しいよ。確かに、勝利の確率だけを考えれば、身体能力が高い人と組む方が確実かもしれない。でもね、私は『最高の共同研究』がしたいんだ」
「春馬くん。私の意図を、他の誰よりも正確に、そして瞬時に解析できるのは君だけだ。二人三脚は、パートナーの次の動きを予測し、同時に動くという、究極の解析と協調が求められる競技だよ。『解析力』という君の最大の強みは、この競技で最高の見返りを生む。だから、この研究にとって、君が最も論理的なパートナー(最優解)だと、私は演算済みだよ」
春馬の論理的なプライドは、蒼奈の完璧な回答によって完全に満たされた。彼の「俺である必要性」は、「最優解である」という形で承認された。彼は、蒼奈との密着が「必然的な研究ステップ」であるという、最大の論理的な大義名分を得たのだ。
二人三脚の決定は、春馬にとって身体的なリスクの受容を意味したが、彼はそれを論理的な必然として受け入れた。
「……分かった。二人三脚のパートナーは、俺で承諾する。練習計画を策定するぞ。効率を最大化するため、交換した連絡手段を用いる」
「やった!じゃあ、今夜にでも送るね。ね、春馬くん」
蒼奈は、春馬の論理的な計画を受け入れつつ、新しい論理の真の目的である非論理的な感情を投入した。
「二人三脚の練習、なんだかすごく楽しみだね。春馬くんともっと早く、もっと正確に歩調を合わせられるようになろう!論理的な成功の裏には、いつも非論理的な楽しみがあるよ!」
春馬は、その「楽しみ」という感情を、もはやノイズとして排除しなかった。彼は、それを「論理の達成による見返り」というポジティブな要素として受け止め、蒼奈との共同研究という名の親密な時間が始まるのだった




