第四十一話「若宮家訪問③」
第四十一話公開中!
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春馬が「不完全だ」と、自身の『孤独の最適解』の破綻を認めた瞬間、リビングに重い沈黙が訪れた。春馬は動けず、ただ目を閉じ、その論理的な敗北がもたらす非論理的な痛みを解析しようとしていた。
「春馬くん……」
蒼奈は、追撃の論理的な言葉ではなく、共感という非論理的な優しさを込めた言葉を放とうとした。しかし、その前に麗華が介入した。
「はい、緊急介入!論理的な解析は一時停止よ。春馬くん、頭使いすぎてオーバーヒートしているでしょう?残り時間、みんなで雑談しようよ」
麗華の悪意のない、太陽のような笑顔と、その軽やかな提案は、春馬のシステムにとって、最も対応が難しい「無目的の優しさ」だった。
「雑談……?目的も結論も設定されない会話は、時間の浪費に過ぎない。俺のシステムにとって非効率極まりない」
「あら、そう?でもね、『楽しむ』というのは、その時間自体が目的であり、利益になるのよ。効率なんて関係ないわ。さあ、論理武装を解除!」
麗華はソファーを移動し、春馬の近くに座った。蒼奈も頷き、雑談という名の非論理的な攻撃を仕掛け始めた。
「ねえ、春馬くん。蒼奈がこの間、数学のテストで計算ミスしたの。あり得ないでしょう?あんなに論理的な子が、非論理的なミスをするなんて!」
「お姉ちゃん!それは、私のデータから公開してはいけない情報だよ!」
「(演算中:姉妹間の信頼関係に基づいたからかいの行為。これには裏切りの意図は含まれていない。これは、友情や恋愛といった高リスクなカテゴリーではない、「家族」という特殊カテゴリーにおける、無償の親愛の証なのか?俺の親と一緒なのか?)」
麗華と蒼奈の、悪意のない、屈託のない笑い声がリビングに響いた。それは、春馬が小学校時代に経験した「計算された笑い」とは、周波数が全く異なっていた。
「その計算ミスは、システム上のバグに過ぎない。しかし、そのミスを笑い飛ばすという行為は、論理的な修復を妨げるノイズだ」
「ノイズじゃないわ。感情的な癒しよ。人生はバグだらけ。それを笑って乗り越えるのが、人間というシステムの最適化なの」
約束の二時間が、驚くほど速く過ぎようとしていた。麗華が時計を見て、春馬に声をかけた。
「あら、もうすぐ時間ね。春馬くん、二時間お疲れ様。論理的な任務、ご苦労様でした」
春馬は立ち上がろうとして、一瞬、体が拒否反応を示したのを感じた。
「(演算エラー!なぜ、帰宅という生存戦略にとって最も安全な行動に対し、システムが抵抗する?)」
「若宮(蒼奈)。本日行った観測活動の結果、俺の『孤独の最適解』は不完全であることが証明された。これ以上の観測は、俺のシステムにとって極めて危険であるため、帰還する」
「うん。ありがとう、春馬くん。疲れたでしょう。送っていくよ」
「また来てね、春馬くん。今度は『論理的ではない理由』でね!」
麗華の最後のからかいに、春馬は足を止めた。彼は、この二時間、「楽しかった」という非論理的な感覚を「時間の浪費」として処理しようとしていた。しかし、その処理は完全に失敗していた。
「(結論:この非論理的な空間で過ごした二時間は、俺のシステムに負の損失をもたらさなかった。むしろ、僅かな『楽しさ』という名の利益を演算した。俺は、この『目的のない楽しい時間』を、孤独な時間よりも快適だと認識した)」
春馬は、自身の感情が、孤独という論理的な城壁を裏切り、「楽しさ」という新しい変数を「必要経費」として承認したことに、最大の脅威を感じながら、若宮家を後にするのだった。




