第四十話「若宮家訪問②」
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麗華が淹れた温かいハーブティーがテーブルに置かれた。春馬は湯気を見つめながら、目の前の「無償の親切」という解析不能なデータに警戒していた。麗華はソファーで蒼奈の隣に座り、まるで「家族の一員」として春馬を観測しているようだった。この空間の温かさは、春馬の論理的な防御を静かに侵食していた。
「じゃあ、春馬くん。論理的な進路相談を再開するよ。議題は、『孤独の最適解』が、『将来の幸福度(U)の最大化』という目的関数に本当に適合しているかの検証だね」
春馬は背筋を伸ばし、思考をクリアにした。
「適合している。悲しみ(損失)をゼロにすることは、幸福度を最大化する最も確実な方法だ。人間関係のリスクを排除することが、論理的な生存戦略の最適解である」
「ふむ。では、春馬くん。その『確実な方法』は、『楽しさという利益(E_{fun})』もゼロにしないかな?損失ゼロ=利益ゼロ。それは『最大化』ではなく、『現状維持』、あるいは『機能停止』だよ」
蒼奈の論理的な指摘に、春馬は反駁しようと口を開きかけた。その時、春馬はテーブルに置かれた麗華の大学の専門書のタイトルに目を留めた。春馬は、「実証データ」の不足を補うため、論理的な判断を下した。
「失礼、若宮(蒼奈)。観測を一時中断する。若宮さん(麗華)。あなたは大学生という、すでに進路の選択を完了したデータを持つ。あなたの選択の論理を、俺の進路選択の参考データとして提供していただきたい」
「あ、お姉ちゃんに聞くの?いいよ!」
麗華は笑みを深めた。
「あら、私に聞くの?いいわよ。具体的には?」
「あなたが通う大学と、その大学を選んだ際の最優先の論理的基準は何ですか?効率性、将来の利益、あるいは学術的な優位性、どれを最優先とした?」
「私の大学?ふふっ。最優先の論理的基準ね。んー……『なんとなく楽しそうだったから』。あと、『バイト先から近かった』とか?春馬くんが求めるような効率的で堅苦しい理由はないわよ」
「演算エラー……カフェ?論理的な利益に、飲食の嗜好は含まれない。冗談ですか?」
「冗談じゃないわ。私は『楽しさ(E_{fun})』こそが、モチベーションを維持する究極の効率だと信じているの。堅苦しい義務感で選んだ道なんて、非効率よ。それが私の論理」
春馬の頭の中では、激しい警告音が鳴り響いた。「成功したデータ(麗華)」が、「楽しさ」という解析不能な変数に基づいており、「効率性」を否定している。
「(矛盾!このデータは、俺のシステムを根本から否定している!彼女の選択のロジックは、生存戦略としては極めて危険だが、なぜ破綻していない?)」
蒼奈は、麗華の回答という非論理的なデータを使い、春馬の防御の核心を突き崩す。
「春馬くん。お姉ちゃんの言う通りだよ。あなたの『悲しみゼロの孤独』は、『裏切りのリスク』をゼロにするかもしれない。でも、『お姉ちゃんや私が持っているような、なんとなくの楽しい未来』という将来の巨大な利益を、最初から論理的に除外している」
「あなたは、過去の損失を避けるためだけに、未来の全ての利益を捨てる。それは『最適解(S_{opt})』ではなく、『極端なリスク回避(R_{extreme})』だよ。春馬くん、それは論理的な敗北だ」
春馬は、ソファーの上で硬直した。麗華の無償の優しさに晒され、蒼奈の正確な論理の指摘によって、もはや反論の余地がないことを悟った。
「……」
(沈黙。春馬は目を閉じ、激しく歯を食いしばる)
「俺の……俺の『孤独の最適解』は……不完全だ」
春馬が、自身の論理的な結論の不備を、女性の前で初めて認めた瞬間だった。彼の目尻の下に、一瞬だけ、過去の悲しみと現在の動揺が混じったような、微かな感情の揺らぎが走るのを、蒼奈は見逃さなかった。春馬の論理的な鎧は、若宮家の無防備な優しさの前で、ついに崩壊したのだ。




