第三十四話「共同作業⑥」
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カフェでの論戦を終え、春馬は遭遇リスクの防御に対する対価として「時間」を提供し、アパレルショップに入った。春馬は蒼奈との間に1.5メートルの論理的な距離を保っている。
「ねぇ、春馬くん。私が求める論理的な対価は、『春馬くんの服選びに付き合ってもらうこと』だよ」
「拒否する。俺は服という資源を必要としていない。俺の『孤独の最適解』は、視覚的なノイズを最小化した服装で効率的に維持されている。また、君に服を選んでほしいという非論理的な欲求も観測されていない」
春馬は、蒼奈の提案を「必要性のない非効率な行動」として一蹴した。
「対価を支払うのは俺だが、君の要求は俺の『利益』に直結しない。そもそも、君が『楽しさの変数』を観測したいだけなら、君自身の服を選び、君自身がその対価を支払うべきだ。俺が関与する必要はない」
「ふふっ。そこが論理的だよ、春馬くん。でもね、春馬くんが『必要としていない』と言うこと自体が、私が必要とする最も重要な変数なんだよ」
蒼奈は、春馬の『孤独の最適解』の代名詞であるグレーのパーカーとは真逆の、明るい水色のパーカーを手に取り、春馬に差し出した。
「このパーカーが、私が求める論理的な対価。私と一緒に次の研究をするとき、これを着てきてほしいの。」
春馬の身体に、瞬間的な硬直が走った。彼の脳内で、その水色という色相が、過去の「論理的な排除の記憶」とリンクした。
「(データ照合:水色。あの明るく、目立つ色は、俺の存在を周囲から浮かせ、いじめの標的として強制的に視線を集中させた。あの時の排除の記憶と、この明るさは符号が一致する!)」
(春馬はトラウマが生まれた小学生時代に水色のパーカーを着用する機会が多くを占めていた。いじめを受けて女性不信になっていった日々の中で自分が水色のパーカーを着用していたという事実から、自身が着用していた水色のパーカーはリスクが高い服装として認識している)
春馬の反射的な、感情的な拒絶が露わになった。
「拒否する!その色は、裏切りと嘲笑という非論理的な負の変数を最大化する!俺の生存戦略に絶対に反する!」
「やっぱり拒否すると思った。でも、春馬くんがこの色を『悪意』だと定義するのは、非論理的な過去の記憶に依存している。つまり、論理的な判断の誤分類だね」
蒼奈の口調は冷静だが、その指摘は春馬の防御の脆弱性を突いた。
「春馬くんは、『裏切りへの恐怖』から、『楽しさ』という大きな利益を、自分で拒否している。これは、論理的な自己矛盾だよ」
「そして、私は、春馬くんの『楽しさの責任』を共同で負うと約束したよね?裏切りリスクは私が制御する。それが『共同の最適解』の初期定義だよ」
蒼奈は、春馬の論理的な防御を論理的に破壊し、自分の論理の正当性を主張した。
「この水色のパーカーは、『悪意のない論理』私が、春馬くんの『過去の悪意の符号』に勝利できるかを証明する観測ツールだよ。これが、私が求める論理的な対価だね」
春馬は、論理的な敗北(拒否)を避けるため、受諾以外の選択肢がないことを演算した。
「……わかった。観測ツールとして購入する」
「ありがとう、春馬くん!じゃあ、この『観測ツール』、さっそく調達しちゃおうね!」
蒼奈はパーカーを手に取り、レジへ向かった。春馬は、距離を保ったまま、渋々その後を追った。
「待て。その『観測ツール』の調達経費は、俺が支払う。俺の論理的な利益(防御壁の提供)に対する対価だ」
「ふふっ。春馬くんがそう定義するなら、いいよ。本当は私が払ってプレゼントしようと思ってたけどね。じゃあ、共同研究の予算として、春馬くんが支払い係だね!」
春馬は、水色のパーカーの代金を支払った。「論理的な調達経費」というラベルを貼られたその服は、春馬のバッグに入れられた。春馬は、非論理的なはずの『楽しさ』が、彼の論理的な財布から資源を引き出させたという事実を観測し、『共同の最適解』プロトコルの予測不能な脅威が、一層高まったことを認識するのだった。




