第三十一話「共同作業③」
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ショッピングモール内のカフェスペース。春馬は、周囲のざわめきをノイズとして処理し、論理的な集中力を維持していた。
彼の目の前には、蒼奈が広げた進路指導用の書類がある。春馬は既に、その書類に記された「宙知大学 心理行動学部 認知論理学科」というデータを、脅威のスペックとして記憶していた。
「ねぇ、春馬くん」
その問いは、春馬の防御壁をすり抜け、論理の核心へと直接届いた。
「じゃあ、この共同研究で最終的に目指す未来って、具体的にどんな状態のことなの?『共同作業の最大利益』を定義する前に、まずは『春馬くんの理想のゴール』を知りたいな」
春馬は、感情を排した論理的な定義を提示した。
「定義する。俺の目指す未来とは、『悲しみや裏切りのリスクがゼロに収束し、論理的な効率性のみが支配する状態』だ」
「他者の非論理的な感情によって、人生の幸福度(U)がマイナスに転落する可能性が完全に排除された状態を指す。この状態を『孤独の最適解の維持』と呼ぶ」
「なるほど。論理的だね。でも、春馬くんの定義は、致命的な矛盾を内包しているね」
蒼奈は、春馬のトラウマ回避論理が自己矛盾を招いていることを指摘した。
「春馬くんは、『悲しみがゼロの状態』は、同時に『楽しさ(E_{fun})もゼロ』を意味するよ。それは、感情の波がない単調な状態、つまり、春馬くんが最も嫌悪するはずの『非効率な現状維持』じゃないの?」
「違う!俺の論理は生存戦略に基づいている!君の『楽しさ』は、裏切りという破滅的な損失(L_{betrayal})のリスクを伴う非効率な変数だ!」
春馬の激しい反論に対し、蒼奈は静かに、彼の論理的な恐怖の核心に触れるように言葉を選んだ。
「ふふ。春馬くんが『非効率な現状維持』を恐れているのはわかるよ。でも、春馬くんが『裏切り』という損失を恐れているからこそ、『楽しさ』という大きな利益を自分で拒否しているよ」
蒼奈は、春馬の視線の先にある進路希望調査の書類を指差した。
「私の進路希望を見たんでしょ?私立 宙知大学 心理行動学部 認知論理学科。私がやろうとしていることは、『予測不能な非論理的行動』が、『幸福度』という論理的な最終ゴールにどう影響するかを解剖することなの」
「(やはりそうだ!彼女の非論理的な行動の裏側には、『論理的な解剖』という知性の刃があった!)」
「(彼女の『予測不能な楽しさ』は、単なる感情の爆発ではない。それは、計算された知性によって、俺の論理の領域へと侵食してきている!)」
「春馬くんの悲しみをゼロにする論理は、『楽しさ』という利益を自分で拒否している。それは、裏切りのリスクを恐れるあまり、『寂しさ』という確定的な損失を、自分で選んでいるのと同じだね」
蒼奈は、春馬の論理的な敗北(寂しさという確定的な損失を自分で選んでいる)を指摘した上で、究極の共同提案を行った。
「だから、その損失(寂しさ)は、私が引き受けるよ!裏切りのリスク(R_{betrayal})は、私が観測し、制御変数として扱うね。そして、『楽しさ(E_{fun})』の部分は、私が変数として引き受ける!」
「春馬くんの未来の『楽しさ』の責任は、私と共同で負う!これが、フェーズ3の『共同作業の最大利益』の初期定義だね!」
春馬の回路は、「楽しさの責任を負う」という、無償の優しさという究極の非論理的な変数を前に、完全にフリーズした。彼のシステムは、自己防衛論理では処理不能な、絶対的な優しさというデータを叩きつけられたのだった。




