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第二十九話「共同作業①」

第二十九話公開中!


休日の午前。春馬は、蒼奈との「共同作業」の集合場所である、市内の巨大ショッピングモールの入口で待機していた。


彼の全身は、前回、映画館での研究活動の際に母・春那が選んだネイビーのジャケットと白のインナーだ。


「一度リスクを評価した服装を再利用する方が、新たな服装を選ぶよりも効率的である」という判断に基づいた再利用だが、この服装が『孤独の最適解』の制服グレーのパーカーよりも、周囲の視線という非論理的な変数を集める高リスクな服装である事実は変わらない。


「(損失回避のため、周囲との視線接触を最小化しなければならない。なぜ、俺はこんな非効率的な場所で、非効率的な服装で、非効率な待ち時間を過ごしている……。これも『共同作業の最大利益』という新しい論理の初期投資と定義するしかない)」


彼は、感情を排除し、ひたすら自己を論理的な観測装置として機能させようと努めた。


その時、予測不能な変動性そのものである蒼奈が、待ち合わせ場所に現れた。


今日の彼女の服装は、白パーカーとベージュのスラックスを合わせたコーデ。


「春馬くん、お待たせ!今日の共同研究、楽しみだね!」

蒼奈は、明るい笑顔で春馬の前に立った。


「ねぇ、春馬くん」


彼女は、少しだけ首を傾げ、春馬の論理的な評価を待つ体勢に入った。


「今日の私、どうかな?共同研究のテーマ、『未来の最適解』の変数を収集するのに合う、効率的な雰囲気かな?」


春馬の脳内で、瞬時に過去の会話データがフラッシュバックした。映画館でのデートの際、彼女に服装を尋ねられ、「制服姿とは違って新鮮だ」と無難な最適解を提示したデータだ。


「(デジャヴ。前回と同じ回答は、『思考の停滞』と『論理の再現性欠如』という非効率的な印象を与える。別の論理で回避する必要がある)」


彼は、論理的な回避行動を優先し、目の前の最も顕著な物理的変化を指摘しようと試みた。それは、彼女の頭部の構造変化だ。


「……若宮。君は髪型を変えたのか?」

春馬は、「変えた」か「変えていない」かという二択の論理で、この非論理的な質問を終わらせようとした。


蒼奈は、一瞬の硬直の後、大きく目を見開いた。その驚愕の表情は、春馬の予測した『楽しさ』でも『からかい』でもない、計算外の純粋な反応だった。


「え?!……今、気がついたの?」


「(データ異常。なぜ驚愕する?この質問は、論理的に最も効率的な質問のはずだ)」


「ああ。数日前に変えた、というデータは確認できない。しかし、現在の髪型は、以前のハーフアップとは異なるポニーテールだ。その構造の変化を指摘しただけだ」


春馬は、「単なる構造の観測」であると自己の行動を正当化した。しかし、蒼奈は、その論理的な正確さを、楽しさの変数で打ち砕いた。


「ふふふっ!春馬くん、面白いね!」

蒼奈は、堪えきれないといった様子で笑った。


「この髪型、数日前から学校でもしてたよ。席も隣なのに、気がつかなかったの?」


「(くっ……!!)……俺は、常に論理的な情報のみに意識のベクトルを集中させている。非効率的な外見の変化は、観測の優先順位が低い」


「そっか〜。変えた時に気が付いたけど、指摘することが恥ずかしかったから何も言わなかったのかと、期待してたけど」

蒼奈は、「春馬くんの奥ゆかしい優しさ」という、彼女の願望を混ぜた非論理的な仮説を提示した。


「残念。じゃあ、春馬くんは鈍感だね」


蒼奈は、「鈍感」という、論理的な観測者である春馬にとって最も避けたい欠陥データを、悪意のない笑顔で突きつけた。


春馬の脳内の演算回路は、「鈍感」という新しい欠陥データに対する防御論理を、高速で構築し始めた。


「自意識過剰だな、若宮。論理的な定義に基づき反論する」

春馬は、感情的な反論を避け、論理の盾を振りかざした。


「君は、周囲から『マドンナ』という非論理的な呼称で呼ばれている存在だ。しかし、それが示すのは、君の容姿が一定の評価基準を満たしているという客観的な事実のみだ。自分が何かを変えたからといって、誰もがその一挙手一投足を見ているわけではないからな」


春馬は、「俺が君の行動を観測していないのは、論理的に正しい」という、客観的事実に基づいた自己防御を試みた。


「ふーん」


蒼奈は、春馬の理屈っぽい防御に対し、一言で対応した。そして、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、「論理的な優位性」を完全に確信している者のそれだった。


「でも、春馬くん以外の人はすぐに気が付いて、褒めてくれたけどな~」


「(うぐっ)」

春馬の論理的な防御は、完全に崩壊した。

彼の論理は、「マドンナの一挙手一投足は誰もが見ていない」という一般論に基づいていた。しかし、蒼奈は、「俺以外の『他者』は、その変化を高効率で観測し、ポジティブな感情を返した」という観測された事実データで、春馬の論理的な観測能力が他者よりも劣っているという欠陥を証明した。


「(くそ。俺は、『鈍感』という計算外の欠陥データを若宮に観測された。このデータは、俺の『論理的な観測者』としての信頼性を著しく損なう)」


春馬は、裏切りへの恐怖とは全く異なる「自己の欠陥を露呈したことへの羞恥心」という、新しい負の感情を観測した。


「さあ、春馬くん!共同研究のフィールドに入ろうか!」

蒼奈は、春馬の欠陥データを「楽しさの変数」として定義し、春馬の手を引こうと一瞬だけ動いたが、春馬は反射的にその動きを避けた。


「勝手にしろ。ただし、物理的な接触は、論理の効率を低下させる」


春馬は、論理的な言い訳で、感情的な動揺を隠し、人ごみへと向かう蒼奈の後を、一歩遅れて追った。


彼の頭の中では、「鈍感さ」という新しい欠陥データを、「裏切り回避のための高効率な集中力」として再定義する、非効率的な計算が永遠に繰り返されていた。


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