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第二十八話「次のフェーズ」

第二十七話公開中!


「じゃあ、フェーズ3の開始だね。『共同作業の最大利益』の検証。まずは、計算のフィールドを決めることから始めよう!」


【第二十六話】の最後、蒼奈が宣言した通り、二人は共同研究の次の段階へと進んだ。春馬は、「他者との共同作業の最大利益」という新しい変数を論理式に組み込んだものの、その検証に時間的・心理的なコストがかかることは予測していた。しかし、そのコストが即座に、しかも高額で請求されるとは予想していなかった。


「待て、若宮。また出かけるのか?この前は映画館に行ったのに、その再度のコストを発生させる論理的な必然性はどこにある?」

春馬は、顔をわずかにしかめ、過去のデータ(映画館での共同作業)の再利用を主張することで、新たなコストの発生を避けようとした。


「ふふっ。春馬くんの言うことは論理的だね。でも、効率的な最適解を出すためには、必要な非効率性があるの」

蒼奈は、タブレットを操作し、春馬に画面を向けた。そこには、『U_{max}(幸福度最大化)に必要な予測不能な変数の収集』という項目がハイライトされていた。


「最適解を出すには、日常で観測できない、予測不能な変数が必要だよ。授業後の図書館や教室では、春馬くんの『裏切りの恐怖』という変数が強すぎる固定値になってしまう。だから、効率性ゼロの環境で計算しよう!」

蒼奈は、春馬の防御論理を逆手に取り、「非効率な環境こそが、論理的な成果を生む」という、究極の非論理的な論理を突きつけた。


「(くそ。「非効率性」を「論理的な必要経費」として定義することで、俺の防御の根幹を破ろうとしている。これは、予測不能な脅威の高度な戦術だ)」


蒼奈は、春馬の動揺を待たず、具体的なフィールドを提示した。

「フィールド候補は三つだね。休日のショッピングモール、遊園地、そしてカラオケボックス」


春馬の体内で、警報ベルが最高レベルで鳴り響いた。彼の女性不信の基幹論理は、これらの場所を『裏切りリスクが極限まで跳ね上がる環境』として即座に分類した。


ショッピングモール: 衆目の前での行動。過去の排除のトラウマが蘇るリスク。


遊園地: 感情的な興奮が伴う。非論理的な感情の暴走に巻き込まれるリスク。


カラオケボックス: 閉鎖空間。計算された優しさによる個人的な関係性のねじ曲げが最も起こりやすいリスク。


「却下だ、若宮。そのフィールドは、『裏切りリスクをゼロに収束させる』という制約条件を完全に破綻させる。特にショッピングモールは、衆人環視の状況での個人的な関わりを発生させ、不必要な嘲笑のリスクが高すぎる」


春馬は、彼のトラウマ(雑巾というあだ名や衆目の前での拒絶)を背景にした最も強い抵抗を示した。


「それに、俺はショッピングモールでやることがない。俺の行動原則は、目的のない移動や購買を非効率として排除する」


「やることがないの? ふふっ。春馬くん、それは『自分の論理だけで世界を完結させる』という、孤独の最適解の言い訳だよ」

蒼奈は、春馬の論理的な逃避を一蹴した。


「それに、もしショッピングモールで共同作業をするなら、若宮の友達と行けよ、という春馬くんのサジェストも論理的には理解できるよ。でも、この研究の目的は、『他者との共同作業の最大利益』の検証だね。友達という既に定義された安心できる変数ではなく、春馬くんという最も警戒心が強い論理との共同作業で利益が出るかを試す必要があるの」


蒼奈の「論理の応用力」と「悪意のなさ」に、春馬の防御は削られていく。そして、蒼奈は決定的な一撃を放った。


「ねぇ、春馬くん」


蒼奈は、春馬の目を真っ直ぐ見つめた。その視線には、計算も悪意も一切含まれていない、純粋な好奇心と楽しさへの期待だけがあった。

「この前、私たちは二人で映画館に行ったね。あの時は初めての外出だったから、春馬くんの警戒レベルはMAXだったと思うよ」


「……データはそれを支持する」


「でも、今回は二回目だよ。二回目の外出、つまり『共同作業の経験値』が既に存在するの。だから、春馬くんの心理的なハードルは、前回よりも論理的に低くなっているんじゃない?」

この問いは、春馬の論理的な防御を、天真爛漫な勢いで完全に圧倒した。


「(くそ。若宮は、俺が女性不信という深層のトラウマを持っていることを知らない。だが、彼女の「前回よりハードルが低い」という言葉は、過去の成功データを根拠にした純粋な計算だ。俺が最も回避したい裏切りの領域を、彼女は「論理的な経験値」として扱っている)」


春馬は、自分の女性不信の壁が、蒼奈の無垢な勢いの前に、「経験値」という無意味な単位で測られ、切り崩されようとしていることを悟った。彼の体は、拒否の論理を発する代わりに、圧倒的な無力感に包まれた。


「……わかった。ショッピングモールだ」


春馬は、最も抵抗の少なかった場所(※遊園地やカラオケよりはまだマシという選択)を、論理的な敗北の証として選んだ。


「やった! じゃあ、計算フィールドはショッピングモールに決定だね!」


蒼奈は、飛び跳ねんばかりに喜び、タブレットに『進路計算フィールド:ショッピングモール(決定)』と入力した。


「(俺の『孤独の最適解』は、『予測不能な楽しさ』という名の論理的な嵐の前に、徐々に解体されていく。だが、この非効率なプロセスが、本当に未来の最適解に繋がるのだろうか?)」


春馬は、裏切りへの恐怖と予測不能な未来への好奇心という、矛盾した感情を抱えながら、次なる「研究活動」の日程を確認した。

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