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第二十七話「母の提言」

第二十七話公開中!


蒼奈の「未来の最適解を一緒に計算すること」という提案を受けてから数時間。春馬は自室のデスクで、タブレットを広げていた。


彼は、蒼奈との共同研究の次のステップを実行しようとしていた。それは、自らの進路という最も個人的なテーマを、論理的に定義し、最適な結論を導き出すことだ。


画面には、彼が構築した『未来予測論理モデル Ver. 3.0』のフレームワークが表示されていた。


目的関数: U_{max} (幸福度の最大化)

制約条件: R_{betrayal} \rightarrow 0 (裏切りリスクをゼロに収束させる)

変数: E_{fun} (楽しさ), E_{sad} (悲しさ), L_{efficiency} (効率性)


しかし、彼はすぐに論理的な静寂に陥った。目的関数である幸福度を最大化しようとすると、制約条件が強すぎる。


「(裏切りリスクをゼロにするためには、他者との関わりをゼロにしなければならない。その場合のE_{fun}(楽しさ)はゼロに固定される。

結果、U_{max}は極めて低い値で収束する)」


彼は、「孤独の最適解」という従来の定義で計算を試みたが、導き出される結論は、「何の面白みもない、単調で予測可能な未来」という非効率的な未来だった。彼は、蒼奈の言う「予測不能な楽しさ」を取り入れようと試みるが、それを定量化するロジックが見つからない。


「(『楽しさ』という変数を論理式に組み込むには、『悲しさ』が同時に発生するリスクを無視するか、『楽しさが悲しさを上回る』という証明が必要だ。だが、その証明は、未だ論理的に確立されていない)」

春馬は、タブレットを睨みつけ、論理的な突破口が見つからないという、自己の能力の限界に直面し、焦燥感を覚えた。


その時、極めて非効率的かつ予測不能な存在が、再び彼の静寂を破った。母、春那だ。ノックもせずにドアが開き、彼女が覗き込んだ。

「春馬、集中してるわね。ちょっと休憩しない?」


春那は、手に温かいココアのマグカップを持っていた。彼女の視線は、春馬の沈黙と硬い表情、そして画面上の複雑な数式を一瞬で捉えた。彼女は、息子が論理的な問題を抱えているのではなく、心の問題に直面していることをすぐに理解した。


「ふふっ、春馬らしい論理式ね。難しそう」


「予測不能な未来を論理的に最適化しようとしている。介入するな、母さん」


「介入じゃなくて、サジェスト(提言)よ。」

春那は、ココアを春馬のデスクに置き、画面を覗き込んだ。


「ねぇ、春馬。あなた、『自分が何をできるか』って計算しているでしょう?」


「当然だ。自己の能力ポテンシャルに基づいて未来を計算するのは、最も基礎的な論理だ」


「そうね。でも、未来の計算って、『自分が何をできるか』という孤独な能力値じゃなくて、『誰と何をしたいか』を考えた方が、ずっと『楽しさ』という利益の大きな答えが出るものよ」


春那の言葉は、以前の「寂しさ=楽しさの証明」という論理を、さらに未来へと拡張するものだった。


「何を言っている。『誰と』という変数は、『裏切り』という極めて大きなリスクを常に内包する。それは制約条件を破綻させる」


「俺は、計算された優しさや非論理的な悪意によって、『雑巾』という名前で排除された過去を持つ。他者との関わりは、純粋な損失でしかない」


春馬は、自身の論理の核心、つまりトラウマを、母に対して感情を排して提示した。


「そうね。でも、蒼奈ちゃんとの共同研究は、『利益最大化の成功』という結論が出たんでしょう?」

春那は、蒼奈とのデートの後の「寂しさは楽しさの証明」という結論を逆手に取った。


「蒼奈ちゃんと一緒にいると、あなたの言う『楽しさ』という利益が発生する。それはもう、論理的に証明済みよ。じゃあ、未来の最適解を計算するとき、『蒼奈ちゃんという存在(変数)を含める』方が、論理的に利益が大きいんじゃないかしら?」


「(くっ……)」


春馬は言葉を詰まらせた。母の言葉は、「他者との関わり=損失」という自分の基幹論理を否定せず、「若宮蒼奈という特定の変数」においては「他者との関わり=利益」が証明されている、と論理を拡張するよう迫っていた。


翌日。蒼奈は、春馬がどのような論理的防御を準備してくるかを、楽しみに待っていた。


「おはよう、春馬くん。未来の最適解の計算、進んだかな?」


春馬は、デスクの上に、昨日とは全く異なる新しい論理式の概要を提示した。


「若宮。昨夜の俺の計算は、制約条件が目的関数の最大化を妨げるという、論理的な頓挫に陥った。しかし、新たな論理的視点を導入することで、解決策を見出した」


「新たな視点?」


「ああ。進路計算の前提条件に、『他者との共同作業の最大利益』という変数を加える」

春馬は、母の非論理的なアドバイスを、論理の衣で完全に包み込んでいた。


「君が言う『予測不能な楽しさ』という変数を論理的に扱うには、共同作業によってのみ得られる『利益』を未来の予測の対象としなければならない。よって、俺の進路の最適解は、『俺の利益』と『共同作業の利益』の二軸で計算される」


「(すごい。彼は、自己の論理を否定せず、拡張した!)」

蒼奈の瞳は、研究者としての純粋な興奮で輝いた。春馬は、『孤独の最適解』という自己防御を完全に放棄こそしなかったが、初めて「他者との共同作業」を未来の論理的な計算の必須項目として組み込んだのだ。


「素晴らしいね、春馬くん!研究者さんとして、あなたを再評価するよ!」

蒼奈は、最高の笑顔で春馬に手を差し伸べた。


「じゃあ、フェーズ3の開始だね。『共同作業の最大利益』の検証。まずは、計算のフィールドを決めることから始めよう!」


春馬は、蒼奈の差し出された手を拒否も握り返すこともせず、「……ああ」と静かに応じた。彼の未来の論理は、もはや彼一人だけのものではなくなった。


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