第十六話「研究活動④」
第十六話公開しました!
個人的な話なのですが、体調崩しました。(←どうでもいい情報)
最近忙しくて文字数が少ない話が多くてすみません。
映画館を出て、俺は急速に論理的な防御態勢を立て直す必要があった。『痛みの普遍性』という蒼奈の最終的な論理攻撃に対し、俺は言葉を失った。この敗北を無かったことにするには、論理的な距離を速やかに回復しなければならない。
「若宮。これで本日の研究活動は終了だ。この地点から最短距離で駅に向かい、速やかに解散することが、両者の時間的コストを最小化する唯一の最適解だ」
俺は早口でまくしたて、蒼奈との物理的・論理的な距離を一気に離そうとした。
「えー、もう終わり? 研究者さん」
蒼奈は、俺の歩調に合わせて小走りになりながら、楽しそうに問いかける。
その時、最悪の事態が発生した。
グゥゥゥゥ~~
俺の腹部から、周囲に響くほど強烈な音が発せられた。それは、空腹という、最も非論理的で抗いがたい生理現象が発動した音だった。
「ふふっ」
蒼奈は、隠すこともなく、ただ純粋に楽しそうに笑った。その笑顔は、俺の完璧な論理的な平静が、一つの抗えない音によって崩壊したという事実を、決定的に証明した。
「……生理現象だ」
俺は、焦りを悟られないよう、不敵の笑みを強く引き結び、冷徹に言い放った。
「ふふふ。生理現象、ね。お腹減ったんでしょ?」
「違う。映画が長かったからだ。上映時間1時間45分という非効率な時間配分による、内臓の疲弊によるものだ」
「あーあ。ポップコーン食べながら観ればよかったのに」
蒼奈は、笑いを堪えながら、さらに追い打ちをかけてきた。
「ほら、春馬くんのモノマネするね。『おい、若宮。なぜポップコーンを買う?この菓子類は、映画鑑賞という行為において、論理的な利益を一切提供しない。黙って作品を見ればいい』って言ってたのにね」
彼女は、俺の論理を完璧にトレースし、悪意なくからかってくる。
「食べれば、お腹が膨れて人前でお腹が鳴るって不利益が出なかったかもしれないよ? 春馬くん、リスク回避の最適解を見誤ったね」
俺は、論理の自己矛盾を突きつけられ、顔が熱くなるのを感じた。
「そ、それは結果論だ!お腹が鳴る原因は空腹だけではないだろ!」
俺の論理的な防御は、もはや悲鳴に近いものだった。
「うん、そうだね。結果論だとしても、研究の結果は『春馬くんのお腹が鳴った』だね」
蒼奈は、その勝利のデータを、優しく笑って処理した。
「ね。このまま帰るのも味気ないから、どこかに寄って夕食を食べてから解散にしない? それも、今日の研究活動の一環だよ」
夕食。それは、さらに追加のコストと非効率な時間を要求する。
「夕食? 何を言っている。俺は家族と食べる。君も家族と食べた方が楽しいんじゃないか?」
俺は、「家族と食べる方が楽しい」という、公共の場で一般的に受け入れられている論理を、蒼奈に押し付けた。
「あ〜、楽しいって言ったね!感情だ!」
蒼奈は、俺が無意識のうちに口にした感情の変数を、鋭く拾い上げた。俺の論理は、自らの言葉の罠にかかった。
俺は、再び言葉を失った。この女の前では、論理的な発言でさえ、感情のデータとして抽出されてしまう。
「ふふ。どこで食べようか、研究者さん」




