第十五話「研究活動③」
第十五話公開しました!
最近忙しくてボリューム少なくてすみません。
照明が落ちたシアターの中で、俺の『若宮蒼奈の論理的解体記録』は、完全に機能不全に陥っていた。
映画『闇照らす笑顔』は、蒼奈が説明した通りの展開だった。裏切りによって心を閉ざした主人公の男子が、ヒロインとの関わりの中で非論理的な優しさに触れ、徐々に変化していく。
俺は、スクリーンに映し出される虚構の物語を、論理的な観測対象として処理しようと必死だった。
論理的な破綻だ! 裏切りは、計算された悪意によって実行される。このヒロインのように、何のメリットもなく優しさを注ぐ人間など、現実には存在しない変数だ。この映画は、希望的観測という最も非効率な感情を観客に押し付けるためのプロパガンダに過ぎない!
しかし、主人公がかつての女子にいじめられ、裏切られるシーンが映し出された瞬間、俺の脳内にトラウマのコアが直接フィードバックされる。「雑巾」というあだ名、冷たい嘲笑、大衆の前で好意を伝えれずに振られる、現実の音として耳に響く。
俺は、論理的な防御を維持するために、ポップコーンのバケツに握りしめた拳が、微かに震えるのを感じた。
隣の席の若宮蒼奈は、映画の悲しいシーンで静かに涙ぐんでいた。その予測不能で純粋な感情を、俺は観測するどころではなかった。俺の全エネルギーは、自身の論理を破綻させないための「自己防御」に費やされていた。
映画が終わり、シアターの照明が再び灯った瞬間、俺は深く呼吸を一つ吐き出し、論理的な平静を取り戻そうと努めた。
「ふむ。結論として、あの作品は矛盾に満ちた低評価のフィクションだ。現実の人間関係の論理性を一切考慮していない。データ収集の価値は低いと判断する」
俺は、感情の介入がなかったという偽りのアウトプットを出すことで、孤独の論理の防御が崩壊していないことを証明しようとした。
シアターを出て、明るいロビーを歩く俺の隣で、蒼奈は静かに口を開いた。
「ねえ、春馬くん」
「なんだ」
「映画を観ながら、苦しそうな顔をしてたけど、大丈夫?」
俺の論理回路が、一瞬停止する。俺は、感情を一切表に出していないと論理的に判断していたはずだ。
「何を根拠に言っている。俺は論理的な思考をしていただけだ。苦痛という非効率な感情は、一切発生していない」
「根拠? うーん……また『目の周りの筋肉が一瞬緩んで、口角が微かに下向きになる』というデータが取れたよ。映画の主人公が、昔の女子にいじめられ、裏切られるシーンで、春馬くんの感情の傾向値が最大になった」
この女は、虚構の物語を通して、俺の最も隠したい苦痛を、再び数値という論理で観測したのだ。
俺は、感情的な動揺を論理的な反論で覆い隠そうとする。
「それは、俺の論理的な苛立ちだ。あんな非現実的な設定に対し、論理的な矛盾を指摘していただけだ。特に、あれが気に入らない」
俺は、心の中で最も無関係な論点として設定した外見的な要素を持ち出した。
「あんな、絵に描いたようなイケメンが、そもそもいじめや裏切りに遭うという設定が、論理的に破綻している。イケメンは、社会的地位という絶対的な利益を持っているため、裏切りのリスクを最小化できるはずだ。あの作品は、論理的な現実性を無視している」
俺は、自分のトラウマの根源(裏切りと排除)を、「主人公がイケメンではない」という非論理的な論点にすり替えることで、感情的な苦痛から逃れようとした。
「そっか。春馬くんは、イケメンの論理に腹を立てたんだね」
蒼奈は、俺の逃避的な論理を、感情的に否定しなかった。
「でもね、春馬くん。外見がどれだけ絶対評価でも、人の優しさが計算だったら、裏切られた時の痛みは、誰でも同じじゃないかな?」
俺の脳内で、再びアラートが鳴り響いた。
【警告:論理的防御のコアに、感情的な真実が侵入。】
蒼奈は、俺の『イケメン論理』を、『痛みの普遍性』という、より上位の非論理的な真実で、静かに打ち崩した。
俺は、返す言葉を見つけることができなかった。




